ねこ三国志 ― 玉璽をめぐる覇権

荒川 沈

第1話 義の誓い

第一章 義の誓い


 にゃん中原大陸の片隅、荒れ果てた村の広場で、一匹の若猫が空を見上げていた。

 薄汚れた白毛に、どこか気弱そうな瞳。それが蜀族の流浪ねこ、劉備である。


「……魚も穀物も尽きたか。民を救いたいが、この爪ではどうにもならぬにゃ」


 ため息をついたその時、背後から大きな声が響いた。


「おい! お前、ここで何をしてやがる!」


 振り返れば、黒と茶の縞模様、筋骨たくましい大猫。怒鳴り声と同時に、背中の毛を逆立てて「シャー!」と威嚇する。

 その猫こそ、後に「猛虎」と恐れられる張飛であった。


「う、うにゃ……すまぬ。ただ、この村の子猫たちに少しでも食べ物を……」

「フン! 甘っちょろいこと言いやがって。けど、悪い奴の匂いはしねぇな」


 張飛が鼻をひくひくさせたその瞬間、さらに別の影が現れた。

 漆黒の毛並みに、燃えるような赤い尾を持つ堂々たる猫――関羽である。


「張飛、その者を脅すな。我が目に映るのは……真っ直ぐな義の心だ」

「義、だと?」

「この乱世において、弱きを守ろうとする心は尊きもの。――お前、名は?」


「わ、私は劉備にゃ。どこにでもいる流浪のねこ……だが、民を見捨てることだけはできない」


 関羽は長いひげを整えながら、静かに笑んだ。

「よかろう。ならば我ら三匹、義兄弟の契りを結ばぬか」


 張飛が驚き、目を丸くする。

「はぁ? 兄弟だと? こんなひょろ猫と?」

「ふざけるな、張飛。魚の分け前を一緒に食える仲間は、もう兄弟同然だろう」


 結局、張飛は「仕方ねぇな」と尻尾を振りながら頷いた。


 その夜、三匹は村外れのキャットタワーに登り、満月の下で爪を合わせた。


「我ら、義をもって兄弟となる。生まれた毛並みは違えど、心は一つ。困難あらば共に立ち、飢えあらば魚を分け合う!」


 劉備の声に、関羽と張飛が続ける。


「義に背く者は、我が爪で討つ!」

「にゃん生を賭けて、この誓いを守る!」


 三匹の声が夜空に響いた。

 ――後に「桃園の誓い」と呼ばれる出来事である。


 その直後、張飛の腹がぐう、と鳴った。

「……で、誓いはいいけど魚はどこにゃ?」

 関羽が呆れてひげを揺らし、劉備は苦笑した。


 戦乱の時代、三匹の物語はここから始まった。

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