皇国の贄
瀬古悠太
第1話 プロローグ
一九四〇年。アメリカ、バージニア州の地下に位置する研究施設。無機質な広い一室で作業着に身を包んだ男たちが固唾を飲んで部屋の中央を見つめている。室内の大部分を占領している巨大な装置。直径二メートルほどの銀色に輝く鉄製の円柱が二本左右に並び、その上下には何本ものケーブルやパイプが接続されている。人間の血管を想像させるような複雑な配線は装置の禍々しさを際立たせていた。
新米エンジニアのアードルフ・ホッパーは早くもこの場に居合わせてしまったことを後悔し始めていた。上官の命令でこの研究に携わることとなったが、全容は不明。詳細について何も教えてもらうことなく、まずは今日行うテストを見ろとの命令だった。そしてアードルフを不安にさせていたのは、この研究の内容は軍内でも関係者以外一切口外してはいけないという過剰な
「それでは〇〇二二号機、実証テストを始めます。検体K-〇一八二も安定状態。みなさん、準備はいいですか?」
壁際でコンソールを操作していたエンジニアが装置に向かって振り返る。
この研究を取り仕切る――アードルフに参加を命じた――初老の上官がそれを聞いて口を開く。
「よし。始めてくれ」
エンジニアは頷き、コンソールのスイッチを押す。装置が作動したことを感じさせる重低音が部屋中に響き渡る。バチバチと円柱の周辺に閃光が走り、薄暗い部屋を煌々と照らし始めた。
「出力八十パーセントから百パーセントへ上げます」
閃光はその激しさを増し、アードルフは眩しさに思わず顔をしかめ、腕で顔を覆う。しかし装置から目を逸らしていたのは自分以外誰もいない。他のエンジニアや上官は目を見開いて装置を凝視していた。その光景に、ある種の狂気に似た雰囲気がこの部屋一帯に充満しているようにアードルフは感じた。
やがて閃光が弱まり、部屋は薄暗さを取り戻した。外見では二本の円柱には何の変化も見られない。上官が柱の近くにいるエンジニアに向かって顎で示す。それに気付いた男は反射するように背筋をピンと伸ばし敬礼し、円柱の正面に駆け寄った。円柱に設けられた扉のコックに両手をかけ、下方向に力強く回す。重厚な扉をゆっくり引くと、中には大きな銀色の塊が鎮座していた。
R-1830。プラット・アンド・ホイットニー製のレシプロ発動機。
現在、アメリカ海軍の主力戦闘機であるF4Fワイルドキャットに使用されている発動機だ。アードルフもこの発動機についての資料は散々読み込み、スペックや構造については熟知していた。
十四本のシリンダーには冷却フィンが施され、円形状に等間隔で配置されている。中心にはカバーの下でシリンダーとコンロッドで連結されているであろうクランクシャフトの先端が銀色に輝いている。
アードルフは胸中の疑問を解消できずにいた。外観は従来のものと何ら変わったところはなく、新型ではない。マイナーチェンジの後継機だろうか。それに先ほど「検体」と操作していた男が口にしていたことも気がかりだった。白銀の円柱が何のための装置なのか、何の試験をしていたのか推察することができず、思わず隣のエンジニアに声をかけようとしたその時。
「〇〇二二号機、安定しています。問題なく、成功したかと」
コンソールの男がモニタを読み上げながら試験の経過を告げた。どうやら試験は滞りなく進んだらしい。
「動いているところを見せろ。駆動するまではわからん」
上官が険しい顔を崩すことなく再び、指図をする。数人のエンジニアが配管や配線を手際よく繋ぎ、発動機は一瞬にして線だらけの姿になった。
「駆動準備完了しました。いつでもオッケーです」
配線を終えた男たちは発動機の脇に並び、姿勢を正す。その様子を確認したコンソールの男はレバーを下に下げた。
「〇〇二二号機、駆動開始」
発動機がガタガタと揺れると、先端のシャフトが回転し始めた。最初は低速でゆっくりとした動きだったが、次第にその回転数は上がってゆく。アードルフもよく知るR-一八三〇の巡航回転数はおおよそ一九〇〇~二二〇〇rpm。目の前の発動機の回転数はおおよそ、その数値に達しようとしていた。
だが、従来の発動機とは明らかに駆動音が異なっていた。噴射されたガソリンと空気の交わった混合気がピストンにより圧縮され、爆発する燃焼音ではない。聞こえてくるのはボコボコとした生々しい不快な振動音。
「素晴らしい。素晴らしいぞ、諸君」
声のする方に目を向けると、上官が恍惚の表情で駆動する発動機を見つめていた。他のエンジニアたちも同様だった。まるで悪魔に魅入られたかのようにシャフトを回転させ続ける発動機を見入っている。
アードルフは生理的な悪寒と恐怖を全身で感じた。一体なんだ。何の実験をしているのだ。目の前の、燃焼音も発しないこいつは何だ。
ボコボコと発動機の歪な駆動音だけが実験室を支配していた。
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