RTA走者の異世界最速攻略記〜まずはすり抜けバグで魔王城に行き、グリッチで魔王《ラスボス》を仲間にします〜

駄作ハル

第一章 RTAから始まる異世界攻略

第1話 「まずは魔王《ラスボス》を仲間にします」

「ルーカス、そろそろ起きなさいよー」


 知らないはずの、しかしどこか聞き覚えのある柔らかな声が俺の意識を揺り起こす。


 ……ん? 誰だ? 俺はしがない日本の高校生で、名前だってルーカスじゃない。


 不審に思い目を開けると、視界に飛び込んできた光景に息を呑んだ。

 使い込まれた木の机、壁に掛けられた銅の剣、窓から差し込む柔らかな朝日。その全てに、見覚えがあった。


「……これ、〈ラミアズ・テンペスト〉のスタート地点じゃないか」


 それは、かつて一世を風靡したアクションファンタジーRPG。剣と魔法が織りなす世界で、主人公ルーカスが世界を混沌に陥れる魔王を倒す――そんな王道の物語だ。


 その特徴は、なんと言ってもメインキャラクター全てにAIを搭載し、自律的な会話や戦闘を可能にした点にある。まるで生きているかのように振る舞うキャラクターたちが織りなす世界での冒険は、まさにゲーム界に革新を起こしたのだ。

 

 しかし発売後三年後、開発者が急逝。現在では運営が変わったことにより、ストーリーの迷走やバグの多発など、評価は揺らぎつつある。


 ……何故こんなに詳しいのかって?

 何を隠そう、俺も〈ラミアズ・テンペスト〉の熱心な愛好家であり、世界最速RTA走者として界隈ではちょっとした有名人だった。


 だが、モニター越しに見ていた世界とは何もかもが違う。

 息を吸えば乾いた木の匂いが肺を満たし、恐る恐る自分の頬をつねれば、じんわりとした確かな痛みが走る。


 紛れもなく、俺はこの世界の住人、ルーカスとしてここに存在していた。


(世界最速RTA走者として〈ラミアズ・テンペスト〉を極めた俺が、まさか主人公そのものになってしまうとはな……。)


 だが、こういう場合のお約束だ。ゲームをクリアすれば、きっと元の世界に戻れるはず。


「面白そうじゃん。いっちょ、やってやるか!」


 口角が上がるのを止められない。

 考えるよりも先に、体が動く。俺が何千回と走って構築した完璧な攻略チャートが、脳内で鮮明に再生された。


 ここで俺が組み立てた完璧な攻略チャートを紹介しよう! なお、バグもグリッチも使用OKの「Any%RTA」であることをご承知願いたい。


1.まずは家から出る。この時、母親に話しかけられると27秒のタイムロスになるので絶対に避ける。

2.外に出たら村人とエンカウントしない最短ルートで村の外周まで走り、柵に体をねじ込む。

3.柵から抜けないよう注意しつつ、規定のコマンドを正確に入力する。南に1歩、西に17歩、北に14歩、西に2025歩。


 本来なら、ここでマップ移動を知らせるUIが画面上部に表示される。だが残念ながら俺の視界は、ただ無骨な木の柵で埋め尽くされているだけだ。


 俺はチャートが成功していることを祈り、次の手順へ移る。


4.南に512歩進み、一度柵から抜け出す。

5.再び村人とエンカウントしないルートで家まで全力で戻る。

6.そして二階の窓から飛び降り、魔王城までマップをすり抜ける。


「――いや待て、ここから飛び降りるのか……?」


 窓枠に立つと、ビュウッと生々しい風が体を打ち、思わず足が竦んだ。


 これがゲームなら、たとえすり抜けに失敗して地面に叩きつけられても、少しダメージを受けるだけだ。

 しかし、この生身の体でここから落ちればタダでは済まない。当たり所が悪ければ、死ぬ可能性だってある。


 ……いや、自分を信じろ! 俺がこのチャートで、何度世界記録を更新してきたと思っているんだ!


 俺はごくりと唾を飲み込み、意を決して一歩を踏み出した。

 ヒュン、と体が宙に浮く。凄まじい速度で地面が迫り、思わず目を閉じた。


 ――痛みはない。


 祈りが届いたのか、俺の体は硬い地面に激突することなく、水面に沈むようにぬるりと吸い込まれていく。


 そして、ストンと静かに着地した。


 そこは大理石の床に、金の刺繍があしらわれた深紅の絨毯。廊下の両脇には威圧的な甲冑が並び、天井のシャンデリアが煌々と輝いている。

 その全てが、俺が何度も見てきた〈ラミアズ・テンペスト〉の最終ダンジョン、魔王城の光景そのものだった。


「よし、ここまで来れば……!」


 俺は手近な甲冑から、それが持つ剣を奪い取ろうとした。


「――!? 重すぎるだろ、これ!」


 1メートルを超える刀身を持つその剣は、鍛えてもいない俺の腕力で扱える代物ではなかった。

 ゲームであれば、どんな重装備でもボタン一つでスロットに入る。だが、現実はそんなに甘くない。


 しかし、この剣がなければこの先の広間にいる魔王は倒せない。


 ……いや、そもそも今の俺に、あの魔王が倒せるのか?


 〈ラミアズ・テンペスト〉のRTAでは、防御力を捨てて全裸装備で素早さを上げ、回避に専念するのが最適解だった。


「俺が……生身の体で……あの魔王の攻撃を避ける……?」


 魔王の攻撃パターンも、それに対する回避行動も、体に染み付いている。


 だがそれは、どれだけ走っても息を切らさず、鉄の鎧ごと前転できるゲームの主人公ルーカスが超人だからだ。

 今の俺が石畳の上で勢いよく前転すれば、頭をかち割るのがオチだろう。延々と走り続け、魔王の攻撃の隙をうかがうスタミナもない。


「待て……何か、何かあったはずだ……」


 俺は必死で記憶のアーカイブを検索する。

 広大なオープンワールドを旅するこのRPGだからこそ、攻略法は一つじゃない。選択肢はプレイヤーの数だけ用意されていたはずだ。


 この絶望的な状況から、魔王を攻略する方法……。


 ……ん、攻略?


「はは……そうか。それしかないな」


 乾いた笑いが漏れる。しかし、その足取りは力強い。


 俺は魔王が君臨する広間へと、迷わず足を踏み入れた。

 広間の最奥。巨大な玉座に鎮座する、一人の女性がいた。


 魔王ラミア・アザゼル・バフォメット。

 漆黒のドレスに包まれた肢体は夜の闇のように艶やかで、頭から伸びる二本の角が威厳を際立たせる。燃えるような金色の瞳は、見る者の魂すら絡め取るような妖しい輝きを放っていた。


「こ、こんにちはー……」


 俺は喉を震わせ、恐る恐る声をかける。


 答えは、沈黙。


 正規ルートを無視したバグ技でここまで来たため、広間に入った際の強制イベントが発生していないのだ。

 この状態では、プレイヤーが攻撃を仕掛けるまで戦闘フラグが立たず、魔王は指一本動かさない。


「……さあラミア。お前のこと、させてもらうぞ!」


 そう宣言する俺の口元には、いつの間にか笑みが浮かんでいた。


 凛として気高く、それでいてどこか儚げな美しい顔立ち。膝まで伸びる濡羽色の艶やかな髪。ドレスのデザインによって強調された、豊満な胸元。

 このゲームで最も人気のあるキャラクター、それが魔王ラミアだった。


 だからこそ、世界中のプレイヤーたちが血眼になって彼女を仲間にする方法、すなわちする方法を模索した。

 その過程で、とあるプレイヤーが重大な事実を発見する。


 本来は敵である彼女にも、仲間キャラクターと同じく「好感度ゲージ」が設定されていたのである。

 〈ラミアズ・テンペスト〉では、仲間を増やす際に各キャラの好感度をMAXにする必要がある。上げ方は会話やプレゼントなど様々だ。


 しかし、ラミアはイベントと戦闘でしか出会えないため、通常プレイでは好感度を上げることは不可能だった。


 だが、このすり抜けバグを使えば話は別だ。

 彼女はただ玉座に鎮座しているだけ。つまり、プレイヤーは一方的に彼女へアクションを起こせる。


 ――ここから、長い長い魔王ラミアの攻略が始まった。


「麗しゅうございます、魔王様!」

「ああ、なんと美しいのか!」

「可愛いよ、ラミア」

「ラミア、俺、ずっとお前のことが好きだったんだ」

「等価交換だ! 俺の人生半分やるから――」


 そんなどこかで聞いたような口説き文句を、微動だにしないラミアに小一時間ほど吐き続ける。

 それでも、ラミアの好感度ゲージ上昇率は作中最低クラス。言葉だけで落ちるほど、彼女は安い女ではない。


 一定の好感度を稼いだら、ここからは一気に距離を詰める。

 俺は玉座に近づき、恐る恐る彼女の胸元に手を伸ばした。

 ふにっ、と柔らかな感触が手のひらに伝わる。


 ――そう、お触りである!


 ゲームであれば、相手の反応を楽しむちょっとしたお楽しみ要素に過ぎない。しかし、現実となった今、これは全〈ラミアズ・テンペスト〉プレイヤーが血の涙を流して羨む、至高のご褒美であった。


 俺はひたすら彼女の胸を揉み、時に頭を撫で、そしてまた胸を揉んだ。


 手が腱鞘炎になるかと思うほど揉み続け、約二時間。


「……そろそろ、いいか?」


 俺はラミアの頬に手を添え、そっと顔を近づける。

 全女性キャラクター共通の好感度MAXイベント、誓いのキスだ。


「俺のものになれ、ラミア」


 そう呟き、唇を重ねた、その瞬間――。


「ガハッ……!?」


 魔王ラミアが突如として覚醒。引き剥がすように俺の首を掴み、玉座から立ち上がった。

 俺の体は為すすべなく宙に浮き、頚動脈を強く圧迫されて意識が遠のいていく。


「おい、貴様……」


 ラミアの氷のように冷たい声が、広間に重く響いた。

 ああ、死ぬのか。そう覚悟し、目を閉じた、その時だった。


「――そ、そういうことは、ベッドの中でやるものだ……」


 ラミアは顔を真っ赤に染め、伏し目がちにそう呟く。

 そして、壊れ物を扱うように、ゆっくりと俺を床に降ろしてくれた。


「ら、ラミア! ラミアなんだな!?」


「……何を言っておるのだ、貴様は。熱でもあるのか?」


 そう言って彼女は腰を屈め、俺の額に自らの額をこつんと合わせた。ひんやりとした彼女の肌の感触が、俺の興奮を少しだけ鎮めてくれる。


「せ、成功したんだな……!」


「なッ――! せ、性交だなんて、貴様はどれほど盛っておるのだ!」


 勘違いで慌てふためく彼女の姿に安堵したのも束の間、俺は決定的な違和感に気がついた。


「おかしい……。どうして、ゲームクリアにならない……?」


 通常のプレイであれば、魔王ラミアを倒した時点でエンディングを迎える。

 そして、この好感度稼ぎグリッチを使った場合でも、ラミアとの敵対フラグが別の形で回収されたと見なされ、強制的にエンディングに移行するはずだった。


「まさか、これが本当の現実だって言うのか……? いや、だとしてもバグとグリッチでここまで来られたんだ。この世界は、ゲームのルールに従っているはず……。だったら、これでエンディングじゃないのか……?」


 ぶつぶつと独り言を唱える俺を、ラミアが心配そうに見つめている。

 そんな彼女を横目に思考を巡らせ、俺は一つの可能性にたどり着いた。


「まさかこれって、クリア条件がAny%じゃなくて……100%完全攻略のRTA達成なのか!?」


 その結論に至った瞬間、俺は膝から崩れ落ちた。

 重厚で長大なストーリーが展開される〈ラミアズ・テンペスト〉の100%RTAは、最速でもクリアまでの実時間リアルタイムが82時間、ゲーム内時間にして実に6年半もの歳月を要する。


「お、終わった……」


 これを現実で、生身の体で達成するとなると、一体どれほどの時間がかかるんだ。

 デスルーラも、データリセットも、今の俺には不可能だというのに。


「どうしたのだ、貴様……。余にできることがあれば、申すがよい……」


 その時、たわわな胸を揺らし、憐憫の視線を向けるラミアの姿が目に入った。


 そうだ。俺は一人じゃない。


「……いや、ラミアがいれば、何とかなるか?」


「……? 余は貴様のものだ。好きに使うがよい」


「はは……そうか。そういうことだよな!」


 俺はラミアが差し伸べてくれた手を掴み、力強く立ちあがる。


「いいさ、100%完全攻略だってやってやろうじゃないか! 魔王ラスボスを連れて、最高の状態で冒険を始める、強くてニューゲームだ!」


 ――こうして、俺と最強の魔王ラミアの、長くて短い冒険が幕を開けた。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆

あとがき


皆さま初めまして、あるいはお久しぶりです。駄作ハルと申します。

遂に新作が始まりました。

こちらはMF文庫ライトノベル新人賞に応募予定のファンタジーとなっております。完結まで毎日投稿いたしますので、最後までお付き合いいただければ幸いです。

また評価・感想もお待ちしております。是非よろしくお願いいたします。

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