六話「冬の日の一日」

「……………………はぁっ!!」

 飛び起きる。悪夢を見る日はいつもこうやって飛び起きてる。

「はあっ………はあっ……はぁ…。えっと、昨日は……そう、調子が悪くてすぐ寝た……んだっけ。」

 夢と現実が混ざらないように、昨日あったことを頑張って思い出す。……けど、その途中で混ざらないようにと意識している時点でちゃんと区別がついていて、ちゃんと心の整理は出来ていることに気付いた。

「……あっ、ももちゃん、もう起きてたんだ。」

 さくらちゃんが扉を開けこちらの様子を伺いに来た。さくらちゃんは一度活動状態になれば私の魔力を自由に吸い取って動けるらしいから、私が寝ている間もずっと活動状態で看病してくれていたのだろう。その証拠に、私の頭にはほんの少し湿ったタオルがあり、さくらちゃんは水桶とタオルを抱えていた。

「うん。一晩中看病してくれてたんだよね。ありがとう。」

「いいのよ、ももちゃんに何かあればこうするのは極めて当たり前なんだし。」

 さくらちゃんはそう言って笑う。いつも通りの、私の大好きな表情。

「…………また、さくらちゃんを殺す夢を見ちゃった。」

「あらま、悪夢を見たって言う時は必ずあの日の事ね。」

「うん。……私にとって恐れている事はさくらちゃんを喪う事。本当にそれだけだからね……。」

 そう言って頭のタオルを取る。さくらちゃんは何も言わずにそのタオルを私から回収し、水桶を横に置いて私の手を握った。

「……あの日の後悔はももちゃんだけのものじゃない。私の心の弱さが生み出した悲しい出来事だから。私にとってもあの時のことは後悔しかないわ。ももちゃんを悲しませてしまった事と、私を殺させてしまったこと。」

 さくらちゃんは私の頭に頭をそっとあてる。

「あの日のお互いの後悔はお互い悲しい事でしかないけど、それでも大事なことでもある。一緒に背負い続けましょう?」

「……もちろんだよ。私はあの責任と想いを絶対に投げ出さない。誰にも渡したりなんてしない。」

 誓うように、お互いの想いを口にする。さくらちゃんは頭を離し、いつも通りの口調に戻る。

「……さて!さっき頭をくっつけて何となく体温は下がったんじゃないかなとは思ったけど、どう?体調の方は問題ない?」

 私は両腕を軽く回し、ベッドから出て立ち上がる。自分で思っている以上にすんなりに動けた。

「……うん、多分体調が悪くなってからすぐ寝たのと、さくらちゃんがずっと看病してくれてたからもう治っちゃった!」

 すこぶる調子がいい。病み上がりだから油断は出来ないけれど、今の私は普通に体が動くし何も辛いと思う点が無い。

「そう?でもあまり無理しちゃダメよ?」

「大丈夫。さすがの私もそこは弁えるよ。」

 そう言って笑って見せる。さくらちゃんはまだ少し心配そうにしているが、やがて諦めたようにも見える苦笑をもらす。

「……そうよね。ももちゃんはそこで変に強がったりはしないわよね。それに今日は店休日!頑張る必要もどこにも無いし!」

「うん。今日はギルドに顔を出して新年からの取扱商品の方針を決める日だからお昼までには終わると思うし、そこからはゆっくり過ごすよ。」

「分かったわ。それじゃ私は掃除しておくから、ももちゃんは朝ご飯をちゃんと食べてね。」

 そう言ってさくらちゃんは部屋から出て行く。私はベッドから出て、軽く自分の体臭を確認する。昨日シャワーを浴びてないけど臭くないかな……分からない。諦めて香水を自分に吹き掛けて誤魔化すことにした。

「……さて、朝ご飯は……あ、ポタージュだ。」

 じゃがいもをすり潰しトロトロになった香りの良いスープが鍋の中にあった。口に入れると、濃すぎず薄すぎずの絶妙な味付けが心身を温める。思わずため息がこぼれる美味しさだった。

「はふぅ……。」

 隣に並んでいたパンとサラダも平らげ、食器を洗う。さくらちゃんもちょうど準備が終わったみたいでこっちに来た。

「いい食べっぷりね。確かにもう調子は戻ったのかしら?」

「油断はまだ出来ないけどね。」

 私はさくらちゃんから着替えを受け取ってそれに着替える。かなり過保護なさくらちゃんなのでそれはそれは暑苦しい格好になってしまった。

「……暑いかな。」

「体冷やしてぶり返すよりマシでしょ?」

 さくらちゃんの過保護な笑みに、私はその数々の防寒具をを外して笑顔を見せることで返事をした。


 ギルドに顔を出すと、年末だからか結構な冒険者達がたむろしていた。冒険しない冒険者って者しか残らないね。者たちを見渡すと、スザクくんたちもいた。

「……おっ、よっす。」

「うん、何してるの?」

「仕事探しだよ。しばらく拠点にするし、お前から情報を買う買わない以前に生活費がいるからな。」

「私が稼いできますのに……。」

「サキュバスの特技を活かす気概は助かるがサキュバスの特技を活かした結果立場が危うくなる事があるだろうから無しな。……意外と討伐系の依頼は無いな。」

「獰猛な魔族は冬眠時期だったりしますからね。」

 スザクくんのぼやきにお姉さんはにこやかに答える。

「冬眠ねぇ……魔王軍はそんな時でもせっせこ働いてんのか?」

「そりゃもう。人間は冬眠しないからね。」

「といっても、ほとんどの人間はこうして年末年始は休眠する事が多いから、魔王軍も実はかなりのんびりするんだけどね。奇襲かけたらちょっとした所なら簡単に落ちるわ。」

「さくらちゃんそれ内部機密じゃない?」

「別にいいでしょ?」

 さくらちゃんの倫理観たまに分からない。

「……いや、今のは聞かなかったことにするよ。調子に乗った奴が返り討ちになるやつだろ。」

 スザクくんは思った以上に慎重だった。

「それに、俺の女神から受けた恩恵は『強くなる意志を持って様々な事に挑めばその分強くなる』ってやつなんだ。ぶっちゃけ今の時点じゃ相当大した事ないやつだからな俺。」

「変わった恩恵だね?」

 私は率直な感想を述べる。さくらちゃんも同意見だったらしく、目を少し見開いて何か口にしようとするがどう言えばいいのかよく分からないって感じになってた。

「そのお陰でアイツらにゴミ扱い受けてな、そんで崖から落とされたわけよ。」

「でもそこから生き残れた理由は少し読めたわね。その時の復讐心で必死に生き残ったから女神の恩恵が発揮されて強くなったのよ。」

「かもな。でなきゃグリズリーなんて倒せねぇし。」

 なるほど、スザクくんの力は今後かなり面白くなりそうだ。魔王さんじゃないけど、相手していてなんか気に入っている自分がいる事に気づいた。

「……んで話は戻すが仕事をどれにするやら……。ってララ、なんだその紙?」

 ララさんは何やら一枚の紙を持って私たちの話が落ち着くのを待っていた。スザクくんに指摘されてすぐにその紙を手渡す。

「近くの針葉樹林にメリア種と呼ばれる種族が住んでいる可能性があるから調べて欲しい、見つけたら手紙を渡して欲しい、という依頼です。」

 スザクくんは依頼書を読み、そのヘンテコさを共有したいのか私に手渡す。読んでみると、確かにそんな感じの事が書いてあった。

「なぁ、これの意味が一から十まで何も分からなかったんだ、針葉樹林ってどこ?メリア種って何?調べるメリットってあんの?あと手紙渡してそいつら読めるの?」

「本当に一から十まで何一つ分かってないわねこの男……。」

「昨日来たから仕方ないんじゃない?」

「あぁ、えっと……スザクさんでしたっけ、その依頼を受けるんですか?」

 いつものお姉さんがスザクくんに近寄る。スザクくんはお姉さんに反応してその方を向く。

「いや、まずは諸々の話を聞いてから考えようかなって。」

「うーん……でも、メリア種の事となるとスザクさんには紹介しにくいですね……。」

「まじかよ。」

 スザクくんは特に慌てた様子がない。何も理解してないからおすすめされない理由も分からないからだろう。

「メリア種というのは植物系の亜人ね。分類としては魔族だけど、植物成分よりも人間性分の方が高いわ。」

「へぇ。アラウルネ……だっけ?そいつらとは違うんだな。」

「アラウルネ種は植物成分の方が高いです。また、亜人目では無く植物の各種目になります。」

「えー……っと?つまりチューリップのアラウルネがいるとしたら、バラ目チューリップ科のアラウルネってことになるのかな。」

「……ちゅーりっぷ?って何?」

「この世界チューリップは無いのか……いや、確か別にこの世界はこの国だけじゃないはずだ。渡来してないだけか……?」

 何やら難しい事を言うスザクくんを尻目に話を続ける。

「……それで、なぜご主人様には紹介しにくいのですか?話の内容だけではあまり危険性もなく、ご主人様も問題なくやれそうだと感じたのですが。」

「メリア種がとても貴重な種族なのが少し問題で、あまり信頼の無い方には……。」

 なるほど、信用が無いから勧めにくい。非常に簡潔でわかりやすい理由だ。

「いや俺がそのメリア種を捕って喰うとでも思ってんのか?この辺の地理に慣れてないし近所付き合いだってまだの俺がそんな事したら村八分だろうが。むしろ厄介事は極力避けるぞ?」

 おねえさんはうーんと唸る。スザクくんの言い分も分かるけど、それ以前の段階で問題があるのではとでも思ってるんだろう。

「……ももさんの信頼にお任せします。」

「えっ、私?……任せてもいいと思うよ?スザクくん結構考え方に興味があったし、多分メリア種に会えたところで変な事はしないと思う。もし問題があったら私が責任もって殺しておくし。」

「そう言うなら……。」

「最後の言葉は俺簡単に溜飲出来ねぇぞー?」

 スザクくんの訴えを無視し、お姉さんも納得いったみたいでスザクくんに依頼の詳細が書かれた紙と、その依頼の中にあった手紙の写しを渡した。

「……?原本じゃねぇんだな?」

「スザクさんが渡す前に死んでしまっては仕方ないでしょう?」

「ある意味これも信頼って事か……。オーケー、これを出せばいいんだな?」

 スザクくんは受け取った手紙の写しをヒラヒラさせ、ララさんを連れて去って行った。ララさんは去り際に軽い会釈をしていた。

「……ふぅ。あの人、あまり悪いようには思えないんですけど、勇者様を殺すなんて発言をしていたのでいまいち信頼のおき具合が分かりにくいですね。」

「私達が話した感じだと多少不穏だけど少なくとも誰彼構わず危害は加えないと思うわよ。彼の目的はあくまで勇者なんだし。」

「うん。全幅とまでいかなくてもいいけど、普通に仲良くして信頼してもいいと思う。」

「そういうももさんは彼を信頼するのですか?」

「それはまだ考え中。でも彼は私に近いから、友達くらいならなっててもいいと思ってる。」

「あら、ももちゃんが友達くらいなら良いってかなりの信頼じゃないの。」

 さくらちゃんはかなり意外だったみたいで私にそう言う。

「まぁね。基本的に人間とかどうでもいいし、嫌いだけど、だからと言って考えが近い人なら親近感が湧くし、お姉さんみたいに立場や諸々を考慮した上で仲良くしてくれる人なら私だって仲良くしようって思うよ。」

「ももさん……なんだか素直に仲良くしたいって言われると嬉しいですね。それだけももさんから信頼を受けていたなんて。」

「そうよね。種族的にはどうでもいいと言っても、近くに普段からいる人に対して好意を持つようになるのは至って普通の事よね。ごめんなさい、私またももちゃんを勝手に侮ってた。」

「ううん。これは仕方ないと思うよ。いくらさくらちゃんでも私の心の内までは読めないもんね。」

 あの悪夢の出来事だって、お互いの心までは分からないからこそ起きた。とても悲しくて辛い出来事もちゃんと受け入れなきゃいけない大切なことだから、私はそうやって素直に思った事が言えた。

「……そうよね。相手の心が読めるならそんな事は起きないわね。」

「だからこそ、私も私なりに彼らを見届けなきゃですね。……それはさておき、今日はどうしたんですか?冒険者としてのお仕事ですか?」

 スザクくんへの懐疑心をお姉さんはそのまま受止め、その上でちゃんと人となりを見ることにしたみたいだ。お姉さんはかなり賢い人だから、きっと正しい答えを出すのだろう。そんな話をさておいて今日の本題に話が移った。

「ううん、今日は市場調査だよ。」

「年明けになればまた冒険者達が新しい道具とか必要になってくるでしょ?今の内に確認して新年に迅速に入荷する事で冒険者たちの準備の手伝いをするわけよ。」

「なるほど。そういえば去年もしてましたね。なら私は私の業務に戻ります。」

 お姉さんは微笑んでその場から離れる。さくらちゃんは軽く手を振っていた。


「新年で使いそうなものか……あっ、防寒の護符が欲しいな!積雪が激しい場所で雪かきして道を作ることになるから、現地までの移動用に欲しい!」

「雪結晶を掘り当てる予定があるからつるはしと砥石、あと保存用容器だな!」

「雑貨なら本も取り寄せてくれるのかしら?料理本を探しているのだけれど……。」

 ギルド内にいる者たちに色々話を聞いてみた。毎年欲しがるものは大体同じだけど、やっぱり細かく見ると要望するものが違うというのも沢山あった。特に雪結晶を掘り当てたいって人達は結晶が硬く繊維が細かいためかなり細いつるはしを求めたり、最近のはかなり冷たいため金属製の容器の表面は熱が伝わりにくいもので覆って欲しいって言うのがあった。

「結構要望も変容するわね。」

「そうだね。その変容した要望も受けても大丈夫なくらいには文明も発達を続けてるけどね。」

「そうよね。次の夏頃にはこの街の近くに鉄道が走る線路を施工するらしいわよ?」

「へぇー。出来たら旅行とかがしやすくなるね。」

「そうねぇ。……そんなに行くところないけど。」

「うーん……。」

 実の所私も行きたいところなんて特にない。そうなると恩恵を得られるのは物流だけになっちゃうなー……。

「それで、今日はこの後どうしよう?」

「……あー、ももちゃん?私昨日から活動しっぱなしでそろそろ体を冷やさないとまずいかも。」

「あっ……!そうだよね、看病で一日看てくれたもんね。私も一応病み上がりだし、今日はもう帰ってぐっすり寝よっか。」

「えぇそうしましょう。……ももちゃんはちゃんと自分の身体にも気遣えるから今の発言に安心しちゃった。」

 こうして私達はまだお昼時だけど、もう眠る事にした。

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