五話「風邪の中見る悪夢」

 さくらちゃんに看病を受けた私はそのまま眠りについた……と思う。目の前に広がる光景は、昔見た月夜の晩。桜の木の花びらがほとんど散った初夏の訪れの頃。


 ……忘れられない。忘れられるわけが無い。そんな晩の記憶を私は今見ていた。

「ももちゃん……今まで何人の人を殺してきたの?今まで、どれだけの命を踏み躙ってきたの?」

 正面にはさくらちゃん。槍を構えて、私を見て震えていた。

「分からない…………。」

 私の記憶の中の私は答える。今まで何人も何人も殺してきた。さくらちゃんに質問されたところで、その数は一々覚えていない。さくらちゃんは荒れた息を必死に整えながら私に話しかける。

「お父様があなたを殺人鬼として使ってたのは知ってる……。だけど、私にはもう耐えられないの!」

「さくらちゃん……?」

「怖いのよ!あなたが!!私が大好きなももちゃんが!!私の傍にいてくれるのに!!私の傍にいるから!!」

 さくらちゃんはひどく錯乱していた。後で聞いた独白では、「いつ私を殺そうとするのか不安で混乱していた。」と言っていた。私が暗殺者としてずっと人を殺していたから、いつも自分も殺されるんじゃないかと不安になっていたみたいだ。

「ももちゃん……お願い……私の事が大好きなら……いつもみたいに私のお願いを聞いて……?」

「うん、勿論だよ。さくらちゃん。」

 私はさくらちゃんの言葉に即座に承諾する。立場や関係性によるものもあったけれど、一番の理由は、私が心からさくらちゃんの事を愛していたからだ。

「うん……それじゃ、お願い…………。」

 さくらちゃんは私に向かって駆け出す。


「私のために。私の大好きなあなたのために。今ここで私に殺されて。」


 さくらちゃんの突き出す槍を本能で避ける。無意識に、いつもそうしているように。そして、同じく無意識に、私は右手でナイフを握っていた。暗殺用にと受け取ったナイフ。槍での一撃を避けられたさくらちゃんは目を伏せる。私が握っているナイフをちらっと見ていた。

「……やっぱりね。ももちゃんも易々と殺される気は無いよね。」

 さくらちゃんはその後も私に向けて槍を振るう。私はそれをとにかく避ける。

「でも!私だって殺されたくないのよ!!ももちゃんには分からないわよね!?いつあなたに裏切られて殺されるんじゃないかって、私ずっと怯えていたの!!」

 さくらちゃんの慟哭を聞きながら槍を避ける。私はどうすべきか分からなくて、右手のナイフを手放せずにいた。

「わからないでしょ!?私の怯え!恐怖!!大好きなももちゃんの事を疑い続けないと不安で仕方ないの!!疑いたくないのに、あなたが強過ぎるから疑わないといけないの!!」

「わからっ、ないよっ!だって私っ、さくらちゃんが大好き!なのに、さくらちゃんは私の何が怖いの!?」

「あなたの全てよ!!」

 その一言で私の思考は一瞬完全停止し、動けなくなる。さくらちゃんも息を整えるためか、その時追撃せず動きをとめた。

「信じられなくなったの……。あなたの言葉が……。あなたの愛が……。だって…………あなたは私が買った奴隷だから……………。」

 さくらちゃんは私を買った『ご主人様』だった。そのためさくらちゃんやその家族の言うことは絶対遵守としていた。……さくらちゃんに対しては主と奴隷という関係でなくても言うことは聞いたと思うけど。だけど、さくらちゃんはそんな私が信じられなくなっていた。いつか裏切り、復讐するのでは無いかとずっと怯えていた。だから、私の言葉が届かなかった。

「お願い………本当に最後のお願いよ……あなたをもう一度信じるために……あなたを心から愛するために……私のために死んで欲しいの………。あなたの死体は綺麗な状態で保存する。そして、絶対に私のそばから離さない。だからお願い………私があなたを愛すために…………死んで!!」

 そんなさくらちゃんの涙ながらの言葉に、私はもう何もしない事を選んだ。それでさくらちゃんが救われるなら、私の命なんて必要ない。


 だけど、そんな私の心と裏腹に、体は本当に無意識に。

 私が右手で持ち続けていたナイフで、さくらちゃんの肺を的確に穿った。


「……………………あ…………………あぁ………………………!!!」

 ナイフを落とす。なぜ私は握り続けていた?いやそうじゃない、さくらちゃんだ!

「ひゅー……………ひゅー……………やっぱり………わたひを……………ぁぎったね………………。」

「ごめんなさいさくらちゃん………!ごめんなさい………………!」

 精一杯謝る。なんの意味を持つか分からないけど、それしか出来なかった。なぜなら、さくらちゃんはこれあら死ぬからだ。

「ひゅー……………もも……ちゃ…………私を……ひゅー………るして…………弱かった………私を…………。」

「さくらちゃん…………………!」

「あなた…………はぁー……………。わるく……ない…………。でも…………こんな……………とに………………な………なひぁ……………。」

 そこからはさくらちゃんの言葉は声に乗らなかった。微かに空気を震えさせる程度の息だけがさくらちゃんから漏れていた。

『わたしたちであえなければよかった。』

『あいしあえられなければよかった。』

 さくらちゃんの最期の言葉は、そんな二つの言葉だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る