二話「勇者はかの地にて眠る」

 仕事を終わらせて街に戻ると、今朝の勇者が立っていた。隣には彼の仲間の女の子たちと、受付のお姉さんがいた。

「……話は聞いたよ。君がまさか魔王軍四天王の一人だったなんてね。まさに灯台下暗しってやつだ。」

 ……?灯台?こんな内陸部の街に灯台なんて無いんだけど……?

「ごめんなさいももさん。話しちゃいました。」

「君がこの街で何が目的で居るのかは分からない。だけど、勇者として!女神様に導かれた一人の人間として!魔王軍四天王もも!君を倒す!」

 なんとなく事情が読めてきた。あの勇者に詰め寄られてお姉さんが私の素性を話しちゃったんだ。それで、あの勇者は私を殺そうとするわけだ。

「……お姉さん。その勇者に遺言は書いてもらった?」

「……いいえ。勇者である自分が負けるわけない、と。」

「ふぅん……その女の子達も私を殺そうとするんだよね?」

「当たり前よ!」

「ユースケと一緒なら魔王だって倒してみせるわ!」

「私達に敗北はありえない。」

 うぅん……遺言を書いてないってなるとちょっと厄介だなぁ……。

「……まぁいいや。仕方ないから相手してあげる。魔王軍四天王のひとりとして。」

 色々考えたけど面倒になった。彼等が逃げる素振りを少しでもするなら許してあげよう。私は人の生き死にはどうでもいい。生きたいなら生きれば良いし、死にたいなら死ねば良い。そこの判断は彼らに任せよう。

「覚悟!」

 勇者達のうち、一人が飛び出す。重そうな盾と長剣を持った、騎士みたいな人だった。その飛び出した人のすぐ後方で鞭を構えてる人がいる。なるほど、正面から行けば剣と盾、搦手で行こうとすれば鞭が襲いかかって来る。中々考えられた連携だった。私はナイフを鞭の根元に投げて切っておき、騎士の人の盾に足をひっかけて乗り上がる。

「えっ、きゃっ!?」

 いくら重いものに慣れていたとしてもただでさえ重たい盾に人一人の体重がまるまる乗り、少し回転してしまえばその重心は大きくズレる。結果的に支え切る事は出来ず、倒れてしまう。そこにすかさず鞭使いが鞭を振り回すけれど、既に切った鞭は先端は力を失ったまま動かず、取っ手だけを振り回す滑稽な姿になっていた。

「あれっ、いつの間に!?」

 大慌てで盾を外そうとする騎士の人と、鞭を失った事で実質戦闘不能の鞭使い。この二人は逃げるかな?

「っ!」

 そんな直後、耳元に風切り音が鳴る。もう一人の女の子は異世界人により製造された銃なる武器を持っていた。あれは弓矢と違い筒の中に弾をいれて、火薬の力で飛ばしてくるらしいから予備動作が少なく非常に厄介だ。とはいえ別に困ることは無い。もう一本のナイフを銃口に向けて投げ、差し込んだ。

「ひっ!?」

 銃使いは自分の銃にナイフが刺さったことで驚いて腰を抜かし、へたり混んでしまう。

「………………馬鹿にしてるのかな?」

 あまりに拍子抜け。しかも勇者は仲間の女の子だけ働かせて自分は動かない。私の人間嫌いのところを差し引いてもこの勇者の動きが気に入らない。

「まさか。動きが止まることを待ってたのさ!」

 直後、私の胸元で何かが歪むような力がかかる。

「仲間たちを巻き込む訳にはいかないからね、範囲を極限まで絞る為に集中してたんだよ!!」

 私は盾使いの女の子の足を持ち上げる。歪んだ力は一気に大きくなり、その中心点に持ち上げた足は一気にぐちゃぐちゃになる。

「ひぎぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁぁぉぁぁ!?」

「あまりにも稚拙だね。この程度しか出来ないの?」

 女の子の足だったものから手を離し距離を取りながら冷静に分析する。あまりに作戦が粗野、稚拙、考え無し。彼らは私を殺すつもりなのに、自分たちはまるで殺されない、それどころか傷つく事すら想定していない。あと勇者がお喋りが過ぎる。今まで相手していた知能の高い者達は単純に無差別級の広範囲での攻撃でやられたんだろう。ここが街中だから彼らはまともな行動すらできていない。考えが甘すぎる。

「ごめんね?でもこのくらいあって当たり前だったんだからね?」

 盾使いに謝りつつナイフを拾い上げる。予備は全部で五本程度あるからそっちを使えばいいけれど、勇者には見せしめとして普段使いしてるナイフで殺してあげることにした。

「くっ、フレイムウォール!」

 勇者の目の前に大きな炎の壁が現れる。正面を守る為の壁のようだ。


 正面を守る為……って事は、背面は普通にガラ空きだった訳で。


 私は少し大きく回り込み、背面から勇者に近付き、そのまま首にナイフを刺した。

「あ………がっ………………?」

 状況を理解出来ていない勇者の表情を横目で見ながらナイフを抜く。栓が抜けたように勇者という入れ物から血が一気に噴出する。勇者のすぐ正面にある炎の壁がその血液の中の水分を蒸発させ、赤黒い破片みたいなものが飛び散る。すぐ横にいた銃使いにその飛び散った破片のような血液が張り付き、あまりの高温で悶絶しながらのたうち回る。……これで勝負ありだ。

「お疲れ様ももちゃん。」

「さくらちゃん……。」

 なんで遠巻きに私の応援してたの?……と問い質したかったけれど、さくらちゃんの抱擁で全部どうでも良くなってきた。ふわふわで温かくていい香りのするさくらちゃんの抱擁の前には私の考えた些末な疑問など存在しないに等しいのだ。

「うぅ………あぅ…………。」

「ユースケ……セイ……エマ……。」

「っ~~~~~~~~~~!?」

 勇者に同行していた三人は三様に戦闘の意志を失っていた。勇者だけはナイフで首の血管を切断してすぐ抜いたから死んでいた。

「ふぅ……あなた達、私の話を聞く余裕はある?」

 私の声に盾使いと鞭使いは反応する。銃使いは未だ悶絶しているから話を聞く余裕はなさそうだった。

「一人まだ余裕ないみたいだけど……あなた達にもう戦う意思がないなら私もあなた達をこれ以上傷付けたりしない。あと、盾使いの子は足が一本使い物にならないし、義足とか作れる場所を紹介してあげる。もしまだ私に襲いかかろうとするなら、悪いけどここで殺すよ。」

 なるべく冷酷に、だけどちゃんと逃げ道を提示する。

「勇者は悪いけど死んでもらうことであなた達への見せしめになってもらった。まだ私に歯向かうつもりならあなた達も勇者みたいに死んでもらう。だけどあなた達は勇者の同行者だけど勇者じゃない。無闇に人を殺す私だけど、無闇に人を殺す気は無い。盾使いさんはその足はもう使えなくても、生活はまだできるはず。銃使いさんも肌が焼け爛れて来てるけど病院でちゃんと治療を受ければ良くなると思う。さぁ、どうする?」

 三人のうち二人は顔を見合せ、鞭使いの人は首を振る。

「……降伏します。もうあなたに手出ししません。」

 鞭使いの言葉に盾使いもしんどそうにしながらも頷く。さくらちゃんはそれを見て微笑み、銃使いに霊水という、普通の水と何か違う……何が違うのかはよく分からないけど少なくとも飲料水じゃないものを浴びせる。すると銃使いを焼いていた破片がボロボロと零れていく。付着していた皮膚は赤くボロボロになっているけれど、火傷跡としてはそこまで酷くなさそうだった。

「うん。それならもう私も襲わない。盾使いさん、悪いけどその盾と剣はここに置いていってね。病院まで運ぶけどそれら持ってたら重いから。」

 私はそう言ってさくらちゃんに盾使いの人を運んでもらう。私よりも力があるからしっかりおぶってくれた。私は鞭使いの人と一緒に銃使いの人を左右で支える。

「どうして殺そうとしてたのに助けるの?」

「殺す気はないんでしょ?ならこの街の住民として怪我した人を助ける。それだけだよ。」

「……なら、ユースケを殺したのは?」

「彼は勇者だから。この街の住民としては深く関わらず、私に突っかかって来なければ初めから殺さなかったよ。……もっというなら、盾使いの子の足が壊れた時点で私の挑発で折れてくれれば殺さなかったと思う。」

 あの時は見せしめで殺そうって考えてたけれど、命乞いの一つでもしていたら私も考えを改めていたかもしれない。人の命には興味無いけれど、興味無い故に逃げる相手まで相手する気は無い。

「……………………そう。」

 鞭使いの人は私の言葉ですっかり大人しくなってしまった。色んな感情を持ち合わせているだろうけど、それぶつける先を失って宙ぶらりんになったような、いつかの私のような表情だった。




 病院に女の子達を預け、家に帰る。医者曰く、盾使いは足首までが損失したものの、義足を付けることで普通の生活は出来るそうだ。ただし冒険者としての活動は絶望的と言い渡されていた。銃使いの人は霊水の力もあって暫くの療養で火傷跡も目立たなくなるだろうって話だった。霊水って未だになんなのかよく分からないけど凄いみたいだ。今度さくらちゃんに詳しく話を聞いて使えそうなら商品項目に追加しよう。

「ただいまーっと……あら、ももちゃん、水晶が光ってる。」

「本当だ。なんか緊急連絡かな?」

 魔王軍定例会議に使われる水晶は、普段は発光しないただの硝子玉のような見た目をしているけれど、たまに緑色に光る。その時は大体緊急でなにか連絡がある。緊急と言っても、普段お店で働いていたり、たまに冒険者として働いてる私達や、王国の中核の街に潜伏しているランスさんは日中はほとんど連絡に応答出来ないので夜に連絡がくる。緊急とは名ばかりでちょっと急ぐくらいの認識だ。

「もしもし、ももです。」

『お、来たきた。』

『お仕事お疲れ様だ。』

『シカシイツモヨリオウトウガオソイ。ナニカアッタノカ?』

「その事は後で話すね。それより、魔王さんもまだ来てない?」

『魔王様は今回の連絡でちょいと気になることがあってな、全体に事実確認みたいなことをしてる。俺達が話し始めてから結構時間が経ったからもう少ししたら戻って来ると思うぜ?』

「あら、何か大掛かりな問題でもあったの?」

『それは私から話すわね。』

 ラハンさんの横からサーキュラさんが姿を見せる。どうでもいいけど語感がさくらちゃんと被る。

『私とは別種族のサキュバスなんだけど、その中の一人が勇者の仲間として同行してるらしいのよ。』

「へー。でもそう言うのって昔からたまにあったんだよね?今更話題にすることじゃないと思うんだけど。」

『そうだな。それ自体は昔からあるから問題じゃなかったんだが、そのサキュバス自身が問題になったんだよ。』

 サキュバス自身に問題がある?どういうことだろ?

『ソノサキュバスハスウジュウネンマエカラユクエフメイトサレ、シボウアツカイヲウケテイタ。イキテイタタメイチブブショガパニック。』

「なるほどねぇ。死んだと思ったサキュバスが生きてた。しかもそのサキュバスが人間、勇者の仲間になったと。確かに経緯とか謎で不気味ね。」

『そういう事だ。行方不明直前の事を知っている者を探し、経緯を聞いているところだ。』

 部下の事を知りたがる魔王さんだなぁとぼーっと考えていたら、その魔王さんが戻ってきたようだ。

『うむ、経緯の確認が今終わった。……む?ももよ、来ていたのだな。』

「はい、ついさっき帰ってきたので。」

『ふむ、今日は冒険者として活動していたのか。苦労であった。……それで、件のサキュバスだが、八十年ほど前に勇者達と大規模な戦闘を行っていた際、その中の一人と共に行方不明になったらしい。恐らくは何かの事情、或いは恋慕と言ったもので勇者と共に居たのであろう。八十年前に行方不明になったとの事なので、恐らくその時の勇者は既に没していよう。それから今になり新たな勇者に同行するようになった。……と言う予想だ。』

『サキュバスは好みが人間に近いですから。きっとお気に入りだったのでしょう。魔王様の予想とあまり外れていない展開があったと私も思いますわ。』

『妻がそう言うなら我もそうだと信じよう。』

 ラハンさんとサーキュラさんはイチャイチャし始めた。相変わらず仲良しで素敵だなぁ。

『うむ、この件はあくまで行方不明前後の経緯を探ることが主目的であった。今も息災であるならそれで良かろう。』

『それじゃ解散かな……ってそうだ、ももも何か連絡することがあるって言ってなかったか?』

『そういえば言っていたな。今日現れるのが遅かったのもそれが理由なのだろう?』

「うん。一時間前に勇者が街中で襲って来たから殺したの。」

『ぶっ。』

『……………………………誠か?』

 ランスさんは吹き出し、魔王さんは頭を抱える。

「えぇ、さっきまで勇者の仲間を病院に連れて行ってたのよ。」

『………分かった。特別手当を送る。街の者達にはしっかりと謝罪するように。』

「はーい。」

『時に、その勇者の実力は如何程だった?ももは普通に殺したと言ったが、多少は骨はあったか?』

「うーん……さくらちゃんが何もしなくても簡単に壊滅出来たし、勇者の力も凄く強い魔法に頼ってるって感じだったから、フレアワームさんだと苦戦してたかも。だけど力の使い方が甘くて大雑把で何も考えてなさそうだったから、多少魔法の扱いが上手い人達で協力してれば普通に倒せるくらいだったかな?」

 勇者は神の力を得て強くなる。だけどほとんどがその強さで過信し、簡単に破滅する。今日殺した勇者もその程度だった。

『むぅ……中々期待できるものは現れぬな……。まぁ良い、連絡は以上だ。以後解散とする。』

『コチラモセイケンノシュゴニモドル。』

「私もご飯食べて寝るね。」

『おつかれー。』

『よく休むが良い。』

 水晶は光を失いただの硝子玉に戻る。私は軽く身体を伸ばし、台所へ向かう。ちょっとした非日常もあったけど、こうしてまた日常に戻っていく。

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