一話「ももとさくらの日常」

「癒しが欲しい。」

「急にどうしたのさくらちゃん。」

 少し肌寒くなってきた季節の変わり目の曇りの日。さくらちゃんはなんかめんどくさい人みたいな雰囲気を出していた。暇なのかな。

「なんていうかねぇ。肌寒い季節になってきたでしょ?そうするとももちゃん服着込んじゃうでしょ?」

「寒いのに薄着の人はよっぽど寒いのに強いのか、それとも変な人かって感じだよ。」

「ももちゃんだから何着ても可愛いのは決まってるし、冬服は冬服で気分は上がるんだけどね……目の保養にはしにくいじゃない?薄着の時は見られたあのうっすらとした可愛らしい谷間とむしゃぶりつきたくなるくらいスラッとして綺麗なぷにぷに二の腕が見られないと、心に癒しが足りなくなるわけよ。」

「それで癒されるの?」

 さくらちゃんの言うことはたまによく分からない。私はさくらちゃんがそばに居るだけで結構癒されるんだけど、さくらちゃんは私がいるだけじゃなくて、なんかいい感じの格好?ってやつじゃないと本当の療養には至れないみたい。……なんかモヤッとする。

「それはさておき、最近平和そのもので体がなまってきてる気がする。」

「ももちゃんも結構話が急よね。……でも、確かに平和過ぎるわね。最近はお店の経営以外で活動的な事あまりしてないし。」

「んー……明日は魔族の討伐でも行こうかな。」

「いいわねー。その後は銭湯にでも行って久し振りに按摩とかして貰いたいわね。」

 さくらちゃんは自分のおっぱいを持ち上げてため息をつく。むにっと手首に沿っておっぱいが歪み、ため息に合わせてふにょんと揺れる。すごい。

「それにしてもおかしな話よね。私って死体で細胞の一部とか死滅してるんでしょ?なんで肩が凝ったりお腹がすいたりするのかしら?」

「えっとね、私が本来死霊の呼び出しをするのに必要な魔力以上の魔力を渡してるからだよ。だから人間と全く同じ状態で限定復活してる……みたい?」

 実はなんでそうなってるのかは私自身よく分かってない。普通死霊の呼び出しは何人も同時にできるくらいの魔力を私は持ってるらしい。なんなら、魔王城周域を守る結界があって、それの維持に私の魔力は本来の半分くらいしか残って無い上で死霊は何人も同時に呼び出せる。けど、私はさくらちゃんしか呼び出せないし、呼び出さない。だから、本来必要分以上の魔力を無意識にさくらちゃんに注いでいて、それで普通よりも蘇生感強くなってるのかもしれない。蘇生感ってなんだろう?

「とはいえ、ももちゃんの魔力をずっと吸い続けてるわけだし、どんな無理をしても最長一週間までしか蘇生出来ないという限定があるとはいえ、こうやって生きてられるのは幸せな事なのよね。死んで初めてわかるわよ、あの死んでる状態の何も無い感。」

「神の奇跡で死んだあとは別の世界に行けるってのは有名な話だけど、それが無ければ永遠の虚無にずっと宙ぶらりん……みたいな感じなんだよね?」

「そうよ、手も足も出ないって言葉があるけど、本当に無いんだもの。それに、手足は無いのに歩いてるような感覚はあるし、ひたすら不気味だわ。」

 聞けば聞くほどゾワゾワする。今までにそれなりにたくさんの人を暗殺者として殺した事があるけど、その人たちがみんなそんな経験をしたのかもと思うと、なんだか申し訳なくなってくる。

「……ま、怖い話はこのくらいにして、今日はそろそろ店を閉めて、明日は何かしらの依頼でも受けに行きましょ。」

「そうだね……。死ぬ時の話はいつ聞いても寝れなくなりそうな不安感があってやだな……。」

「深く考えなくても良いと思うわよ。ももちゃんは普通にしてる分にはかなり強いし、なんだろう、死ぬ様子が想像できないわ。」

「私が死んじゃったらそのままさくらちゃんも復活出来なくなるもんね。」

「そうじゃなくて、なんだろ?ももちゃんって攻撃全振りな戦闘能力を持ってるけど、どんなに死にかけるような攻撃を受けても何かしらの天運とかで死ななさそうな気がするのよ。」

 さくらちゃんの直感はよく当たる。女の勘、とよく言ってるけど、それだけでは説明できないレベルでよく当たる。たまに未来予知みたいなことが出来て、予言してるんじゃないかとすら思う。だけど私も人間なんだから致命傷を受けたら死ぬと思うの。


 案の定昨日はよく眠れなかった私は瞼をこすりながら街を歩く。

「久し振りの反乱分子狩りねぇ。」

「そだねぇ……。訛り解消目的だから、強いのじゃなくて、微妙なのがいっぱいってやつをやりたいねぇ……。」

 目をこすりながら歩くため、移動方向が一定に定まらない。気付けばかなり斜めになったりしていた。往来を歩く人はまばらなため、幸い誰かにぶつかるなんてことは無かったけど、ちゃんと前見ないとね……。

 程よく歩いて到着した場所は、仕事の斡旋とかをしてくれる街のギルド協会。冒険者の登録から更新、多種多様な仕事を掲示し、冒険者同士の情報交換や団体を組んで冒険する場所。

「あら、いらっしゃいももさん。久し振りですね。」

 受付のお姉さんに話しかけられる。この街でも有数の美人さんで有名で、彼女目的でよその街から訪れる人もいるとか。

「こんにちは。あの、なんか暴れてる迷惑な魔族討伐の依頼とかあります?」

「えぇ色々ありますよ。ももさんとさくらさんならどれも簡単とは思いますけど、どういったものをやりたいんですか?」

「体がなまってきてるから、とにかく動くことになるね。迷惑なオークの集落の破壊とか。」

「なんか危険な盗賊団の破壊でもいいよ。」

「あの、お二方が魔王軍に深く関与してるのは周知の事実ですけど、どちらも例えとして良いの?って言わせて欲しいです。」

 私たちが魔王軍に所属、四天王であるというのは街の人は既にみんな知っている話だ。それでも普通に生活出来ているのは、昔賞金狙いでやって来た冒険者をみんな返り討ちにしちゃったのと、地方自治体や街の開発援助にちゃんと寄付したり、冒険者を応援する道具を適正価格で売ってるからだったり。

「オークは過半数が魔王軍非所属なのよ。魔族界隈全体にとっても迷惑だから魔王軍的にもオーク狩りは推奨行為よ。」

「盗賊団は大体が人間の敵になっちゃった人間だし、人間的にも魔王軍的にも殺しても問題ないでしょ?」

「どっちかは抑える役になってくださいそんな仕事はありません。」

 無いとキッパリ言われてしまった。仕方ないので普通のお仕事を物色する。

 しばらくいろんなお仕事を見ていると、後ろから急に歓声が上がる。びっくりして振り返ると、一人の男の子と、三人の女の子が正面口から入って来たみたいだ。

「あの、この騒ぎようはなんですか?」

「あぁ、彼は最近この街にやって来た勇者様よ!魔法の達人で、この街の近くにいた危険なモンスターをたくさん討伐してくれたのよ!」

 なるほど、勇者がこの街にやって来ていたのね。この街の周辺の魔族はそんなに強くないのに、なんで来たんだろう。

「お姉さん、依頼のブラックフェンリル、確かに討伐しました。」

「ありがとうございますユースケさん。この依頼をこなせる人なんてごく少数……どころか、この街ではあなた以外に出来る人なんていないので大変助かりました。」

 お姉さんは色目を使いながらユースケ?さんにお礼をしていた。ユースケ?さんはにこやかに笑い、

「いえ、この街で生活している僕が数少ない出来ることですから。街の安全を維持するのも、この街の冒険者の義務です。」

「素晴らしいです。他の人たちもあなたを見習ってくれればいいのに!」

 お姉さんは中々酷な事を言う。ブラックフェンリルは狼魔族の中でも突然変異種と呼ばれる特殊な狼で、知能が非常に高く、また炎と氷の魔法の素養を持ち合わせている、出会ったらまず逃げろ、死んだら諦めろとまで言われる危険な魔族だ。そんなのを倒そうとするのはとてつもなくおバカな人か、自殺するついでに一矢報いたい変な人だけだ。つまりユースケ?さんは前者だ。

「ところで、キミは?もしかして邪魔しちゃったかな?」

 突然私に声をかける。あまりにも急なのでびっくりして手にしていた依頼書を落としてしまう。

「えひゃっ、やっ、そのっ!」

 上手く喋れない。お店みたいにちゃんとお客さんがいて、話しかけられることがわかっていればなんて事ないけど、外で急に話しかけられると心の準備が出来てないので喋れなくなってしまう。ユースケ?さんはそんな私をバカにするように笑いながら依頼書を拾い上げる。

「ははは、急に話しかけてごめん。ビックリさせちゃったね?」

「ひゃひっ、ひょっ、ですね……。」

 だんだん落ち着いてきた。突然の事で跳ね上がった心臓はまだバクバク鳴ってるけど、話をする程度の冷静さは取り戻す。

「中々可愛らしいリアクションだね。キミの名前は?」

「……あの、まずは自分から名乗るのが礼儀かと。」

「おっと、それもそうだ、ごめんごめん。僕は祐介。須藤祐介だよ。」

「ユースケ……さん?」

「それじゃ名乗ったことだし、教えてくれるかな?」

「えっと……その、お断りします……。」

 知らない人に易々と名乗るほど私は呑気じゃない。……と言うのは建前で、勇者に対して名乗りあげるのはちょっとややこしい事になりそうだからしたくない。そんな事情を知るわけもない勇者は呆気にとられた顔をしていた。

 「……えっ?いや、人に名を尋ねる時は自分からと君が言って、いざ名乗ったら断るの?」

「はい。こっちにも……えっと……それなりの?理由が?あるような?……みたいな?感じです。」

「何もかもがふわふわだねぇ!?」

 あまりにも中身の無い一言に勇者は身を乗り出してツッコミ?をする。

「まぁまぁユースケさん、彼女も確かに迂闊に名前を名乗れない理由があるんです。ここは一つ穏便に……。」

 お姉さんは私の事情を分かっているからどうにかたしなめる。今一番稼いでくれる勇者を私の名前を聞いたから、なんて理由で死なせたくないのだろう。勇者的に魔王軍四天王をみすみす見逃すなんて考えられないし。

「な、名前を名乗れないのに理由ってあるものなのかい!?僕がこの世界の事を知らないからと言ってバカにしてないかい!?」

 勇者はさすがにそんな訳分からないことを言われて困惑している。名乗れないのに相応の理由なんてそうそう無いしね。

「うーん……確かに普通そんな事情は無いですし、ユースケさんの言い分は至極真っ当で当然の事です。それでも彼女だけは名乗ると色々問題があるんです……。」

「彼女が名乗る事だけ問題がある……?……そういえば、この街には魔王軍に身を置いた人間がいるって話を聞いた事あるけど、まさか彼女が……?」

 あまりにも怪しいこと言ってたからバレちゃったよ。これお姉さんのせいだよね?

「ももちゃーん!いいお仕事見つけたわよ!誘拐犯のアジトへの強行突撃殲滅!」

「さくらちゃんのばかー!」

 最悪だ、勇者に名前がバレた。この街に潜伏する魔王軍の話を聞いていたと言っていた勇者だ、四天王である私の話くらい知ってるはずだ。

「もも……?どこかで聞いたような……?」

 あ、勇者もおばかだった。今の内にさっさと仕事に行けばバレずに済むかも。

「もーももちゃんってばいきなり人をバカ呼ばわりは失礼でしょ?でもなんか可愛かったから許しちゃう。」

「それよりも!それ受けるってことでいいよね!?はいお姉さんこれやるからよろしくお願いします!ほら行こうさくらちゃん!」

「えっ?あ、はい、ご無事を祈ってます。」

「えっ、ももちゃんってばそんな急に積極的になってどうしたの?」

 私は状況を把握してないさくらちゃんを強引に押し出し、そのままお仕事に出発する。


「……はぁー。まさか勇者と鉢合わせてたとはね。そりゃ急にバカ呼ばわりもするわね。」

「ごめんね、本当はそんなこと思ってないけど、あまりにもね……。」

「分かるわよ、その状況じゃ普通そうなるわ。まぁ私もそんな重く捉えてないから気にしないで。」

 さくらちゃんはいつものように笑ってみせるけど、私としては罪悪感がかなりあった。心ない言葉は言うのも言われるのもなんか嫌悪感がある。

だから、自分自身が嫌になる。

「それはさておき、よ!仕事内容の再確認!」

「……そうだね、よく考えてみたら、私ろくに聞かずにそれで良いって言っちゃったからね。」

「そうそう。……んで今日の仕事だけど、誘拐が横行していた隣町の誘拐犯の拠点が近隣で見つかったって報告があってね。今回はそこの犯人の殲滅と、人質の救出。」

「わかりやすいね。」

「でも、犯人もバカじゃないだろうし、うっかりすると人質殺されちゃうから要注意ね。」

「サラリと言うけど、人質の人達からすればたまったものじゃないよね。」

 苦笑しながら歩く。人質が生きてようが死んでようが、どちらにせよ私にはあまり関係ない。

「そういえばさっきの奴なんだけど、死霊たちから情報もらったわよ。」

「さすがさくらちゃん、まるちたすく?の出来る女だね。」

「異世界人がよく使う『複数のことが同時にできる人』って意味のやつよね。一言に短縮するのは凄いけど、語源は何なのかしらね。」

「異世界の言語ってかなり複雑らしいもんね。異世界文字って法則性の無い文字らしいから一生理解できないって学者が嘆くらしいし。」

「それはさておき、スドーユースケの情報をざっくりと言うわね。どうも王都付近ではなくこの街の近隣で出現した勇者で、一ヶ月前からこの街で滞在しているみたい。王都へは特に行く気は無いみたいで、勇者としては余りにも堕落しているわね。魔法が達者で、強力な魔法を無尽蔵に出せるみたいよ。」

「無尽蔵に?魔力とかどうなってるんだろ?」

「それも勇者の持つ特異性ってやつかしら。ほら、なんか物騒な武器を持ち歩いたり、やけに強いってのが勇者の特権みたいになってるでしょ?」

 勇者はみんな何かしら普通ではありえないような力や装備を持ち合わせてる。ちぃと?と呼ばれるその特異性はどうやらどこかの神がもたらす奇跡なんだとか。迷惑極まりない話だ。

「………とと、ここだね。」

「うーん……話で聞いたより生体反応少ないわね?殺されたか売られでもしたのかしら?」

「犯人がみんなで次の獲物でも誘拐しに出かけてるのかも?」

「それでも生体反応が聞いた話より七人くらい少ないのは明らかに変じゃない?例えば、誘拐された子が洗脳か脅迫か、何かしらの理由でここを守ってるとかないかしら?」

「そのとおりです。」

 後ろから声が聞こえたのでビックリしてナイフを構えながら振り返る。声の主の頭蓋骨をスパッと切り割り、相手がなんなのか分からないまま殺してしまった。

「……あ、やっちゃった。」

「もー、ももちゃんのうっかりさん。」

 今更人を一人殺したところで動揺はしない。どっちかと言えば声をかけられたことそのものに動揺していた。改めて周囲の確認をするけれど、どうやら他に人はいなさそうだった。

「ふぅ……。今ちらっとこの殺しちゃった子が喋ってたけど、どうやら誘拐された子の一部、もしくは全員が洗脳か脅迫、もしくは殺害されているみたいだね。」

「殺害は仕方ないってなるけど洗脳脅迫は厄介ね。どうしようもなかったって建前が通らないし。」

「……今更だけど、ちょっと利己的過ぎるよね。」

「本当に今更ね。私達が人間の存亡に憂いたことがあったかしら?」

「……まぁね。人類なんていらないもん。さくらちゃんさえいてくれれば、それだけでいい。」

「私もよ、ももちゃん。」

 そんないつもの愛の言葉を交わし合い笑う。……さっさとあの拠点を占拠して、他の誘拐犯が戻ってきたらさっさと殲滅しよう。いつものように。仕事は実質失敗だしお姉さんの引き攣った笑いが既に想像できるなぁ……。

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