第20話 修学旅行が気に入らない
この日の部長はどこか、元気がないように見えた。
読書中もどこか落ち着かない様子でキョロキョロと辺りを見渡したり、時には立ち上がって部室の中をウロウロと歩き回ってみたり。
こっちまで気になって集中できなかった僕は、その理由をついに尋ねてみた。
「部長、どうしたんです……? 何か悩みがあるなら僕でよければ相談に乗りますけど……?」
窓の側で意を決したように口を開く部長。
「佐藤君……修学旅行っていつから……?」
「えっと……来週ですけど……」
「ガーン……」
部長は見るからに肩を落としていた。
「ガーンって、漫画じゃないんですから……」
「だって……この学校の修学旅行って1週間近くあるじゃない……そんなに長く佐藤君と離れるだなんて、私、耐えられる自信がないわ……」
「1週間なんてすぐですよ。確かにその間はこの寂しい部室に部長1人になってしまいますけど、僕なんて居ても居なくてもそんなに変わらなくないですか?」
僕のこの発言に、部長はハッとした表情を浮かべる。
「そ、その余裕……まさか、佐藤君はまた隠れて浮気をしようとしているのっ!? 修学旅行や出張なんて絶好の機会ですものね。やっぱり私も自腹でついて行くことにしようかしら……」
「学校をズル休みなんてダメですよ! それに浮気って、僕には彼女なんていませんよ……?」
「佐藤君のバカ……」
ため息混じりに席へ戻った部長は、深刻そうな表情で尋ねる。
「佐藤君、参考までに聞きたいのだけれど、ラブコメでは修学旅行ってやっぱり、一大行事なのかしら?」
「そうですね……やっぱり修学旅行で一気に距離が近くなったり、何か重大な事件が起こることが多いですよね。なんと言ってもやっぱり、公認お泊まりイベントですから」
まるでUFOでも見たかのように驚く部長。
「こ、公認お泊まり……!? ダメよ佐藤君、今すぐ修学旅行を辞退してっ! そんなにお泊まりがしたいのなら私が高級ホテルのスイートルームを手配してあげるから! ついでに私のことも好きにしていいからぁ!」
「なっ、なんでそうなるんですかっ!?」
「だって、佐藤君の貞操の危機じゃないっ!」
「だからそれはラブコメの世界の話で、同級生の友達すらいない僕にそんな機会ある訳ないじゃないですかっ!」
「何が起こるかなんて分からないじゃない! そういえばこの前私が読んでいたラブコメ小説でも、修学旅行中に雪山で遭難した男女が2人きりの山小屋で裸でカラダを温め合うという訳の分からないシチュエーションがあったけれど、そんな羨ましい状況になりでもしたら佐藤君の佐藤君は我慢できるのかしら!?」
「部長……それ、ひと世代前のラブコメです。それに僕の修学旅行の行き先は京都です。雪山じゃありません……」
「きょ、京都といえば、神聖な神社仏閣の陰に隠れてあんなことやこんなことをしたり……着物を着たヒロインの普段とは違う一面にドキドキしてしまうじゃないっ!」
「やっぱ部長……ラブコメ好きですよね? 絶対色々見てきてますよね?」
僕の問いを華麗に無視した部長は不機嫌そうに目を閉じて腕を組み始めた。
これがいつもの突飛な提案が飛び出す前触れだということを、僕は知っている。これだけ一緒にいればもう流石に、慣れてきた。
バチリと開眼する部長。
「佐藤君……」
「なんでしょう……」
どうせトランクに私を入れて連れていけだとか、電車を一本乗り過ごせとかよくある提案をしてくるに違いない。
「雪山に、行きましょう」
「はひっ……!?」
流石の僕でもこれの真意を瞬時に理解することは不可能だった。
「だってそこで遭難すれば山小屋で裸で温め合うことも出来るし、それで佐藤君が風邪を引けば修学旅行も休めるしで一石二鳥じゃない!」
「なんでそんなに雪山に拘るんですか……」
「そこに合法でカラダを重ねられるイベントがあると分かっているのに登らないなんて人間じゃないわ」
「『そこに山があるから』みたいに言わないで下さいよ! そんなの名言じゃなくてただの迷言ですよ!」
部長は真面目な顔して、諭すように言う。
「大人の階段を登るついでに山を登るだなんて、素敵だと思わない……?」
「そっちが主な目的になっちゃってる時点でもうそれは山に対する冒涜ですよ。全ての登山家に謝ってください」
「でもほら……絶頂とも言うし……」
日の出みたいに顔を赤らめる部長。
「すみません部長。もう喋るのやめて貰っていいですか?」
ついに観念した部長は、代替案を提示してきた。
「じゃあせめて、毎晩佐藤君が眠るまで私と電話を繋げていて欲しいのだけれど……」
「でも僕、部長の連絡先知りませんし……」
それまで浮かない表情だったのが一変し、部長の顔には生気が戻ったように見えた。
「じゃ、じゃあ早速、交換しましょう!?」
「わ、分かりました……」
こうして僕らは出会って1年半以上経ってから、ようやく互いの連絡先を知ることとなる。
それから部長はことあるごとにメッセージを送ってくるようになり、僕の修学旅行はまるで部長と共に過ごしているかのように錯覚してしまう程に充実していた。
おかげで僕にとって少し憂鬱だった修学旅行は、とても楽しかった思い出として、心とスマホに刻みついた。
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