終電と夢売りの君

小乃 夜

夜行列車と微睡の君

深夜の最終電車、僕は窓にもたれてぼんやりとスマホを眺めていた。仕事の疲れがどっと押し寄せ、いつの間にかうつらうつらと微睡んでいたその時、ふわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。顔を上げると、僕の目の前に一人の少女が立っていた。

肩にかかるほどの短い髪。真っ赤なワンピース。そして、少しだけ頬を染めたその顔は、ほんのりとお酒を飲んでいるようだった。彼女は僕の隣の席に座ると、小さく溜息をつく。

「ねえ、あなた。まだ電車に乗ってたの?」

いきなりの問いかけに、僕は戸惑いながらも答える。

「え、はい。仕事帰りなので…」

「そっか。よかった、同じだ」

彼女はそう言うと、満足そうに微笑んだ。

「終電に乗るのって、なんだか特別だよね。知らない人同士なのに、同じ時間を共有してる。不思議な縁だと思わない?」

言葉とは裏腹に、彼女の瞳はとろんとしていて、すぐにでも眠ってしまいそうだった。

「もしかして、お酒、飲まれました?」

僕が尋ねると、彼女はくすりと笑う。

「ふふ、ちょっとだけ。でも、大丈夫。もうすぐ夢の国だから」

夢の国? 僕が首を傾げると、彼女はにこりと笑う。

「寝過ごしちゃうの。だから、お願い。次の駅で起こしてくれない?」

そう言って、彼女は僕の肩にもたれかかり、すやすやと寝息を立て始めた。僕はどうすることもできず、ただ彼女の寝顔をじっと見つめることしかできなかった。

やがて、次の駅に到着を告げるアナウンスが流れる。僕はそっと彼女の肩を揺さぶり、声をかけた。

「あの、着きましたよ」

しかし、彼女は身じろぎ一つしない。その時、ふと彼女の手に握られている小さな紙切れに気がついた。そこには、乱れた文字でこう書かれていた。

「起こさないでください。このままずっと、あなたの夢を見たいから」

僕が思わず目を見開いたその時、終電のドアが静かに閉まり、電車は再び夜の闇へと走り出した。


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終電と夢売りの君 小乃 夜 @kono3030

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