第37話 復讐心⑤

 結論から言って、捜査は無駄足だったと言わざるを得ない。


 確かに、ロレンスにはアリバイがなかった。しかし、死亡推定時刻はいずれも深夜なのだから、アリバイは寧ろないほうが自然だ。


 ネルソンが〝買った〟売春婦たちに確認したところ、死亡推定時刻には彼女らと一緒にいることが確認が取れた。全て確認できるなどできすぎている、と言えなくもないが……


 それだけでは、逮捕状はおろか家宅捜索令状すら下りないだろう。



「理由を説明してください」


「なんの話?」


「どうしてイタズラにネルソン署長を挑発したんですか?」


 車を運転しつつ、アーシャが疲れたような声を零す。


 無理もない。苦労に見合った情報を得ることはできなかったのだから。


「ああいう偉そうな奴を見るとつい挑発したくなるんだ。迷惑かけて悪かったよ」


「は? なんです?」


 いま、信じられない言葉を聞いた気がした。思わず間の抜けた声を出してしまう。信号が赤に変わり、車を停めたアーシャは助手席に座るジョンを見た。


「聞こえたろ。二度は言わない」


 そう言うと、ジョンは座席を倒しその上で横になった。



 ジョンの様子は、表面上はいつもと変わりない。バーンズに言ったところで「アイツが変わってるのはいつものことだ」と言うだろう。だが――

 様子がおかしい。


 聞きなれない言葉だけが根拠ではない。どこがとは言えないが、いまのジョンの様子は明らかに普段とは違う。


 ジョンには、アーシャには見えていないことが見えているのだろうか。



「また一から捜査し直しですね……」


 視線をジョンから前に戻す。ちょうど信号が青になった。アーシャはソフトな運転で車を発進させる。


「まあ、いきなり犯人逮捕とはいかないだろうからね。何事にも順序がある。そうだろ?」


「さっきから思わせぶりなことばかり言っていますが、犯人が誰か分かってるんですか?」


「さっきも言ったろ? 僕の姉を……」


「犯人の名前をです」


「名前か。どうだろうね」


 ジョンをチラリと一瞥し、アーシャはため息をつく。


 この男がはぐらかす時は、なにも言うつもりがない証拠だ。食い下がっても仕方がない。質問を変えよう。



「彼らを呼び出したのは誰でしょうか?」


「多分、二人のうちのどちらかだろう」


 ジョンはなんでもないことのように言った。


「わざと自分にも送り容疑者になり、そのうえで疑いを晴らし、もう一方を犯人に仕立て上げようとしてるんだ」


「犯人にしたいのはあなたなのでは?」


「奴の目的は僕をゲームに参加させることだよ。僕が真犯人を見つけることができれば僕の勝ち。できなければ僕の負け」


「そのゲームに乗るんですか?」


「いい質問だ。『PBI』についたら起こして。すこし考えを整理したいんだ」


 そう言ったきり、ジョンはピクリとも動かなくなった。



 運転を続け、アーシャは一人考えを巡らせる。


 ここにきて浮かび上がった二人の容疑者。あまりにも都合がよすぎないだろうか。まるで、最初からこのために用意されていたかのようだ。


 あの二人は全ての犯行現場で目撃されている。


 一度ならともかく、なぜ三回もわざわざ現場に行った? 呼び出されたから? それこそ不自然だ。


 なにかある。だがそれがなにか分からない。


 果たして、ジョンは分かっているのか。


 或いは、これはなにかのトラップなのだろうか……



「二人にトラップを仕掛けよう」


 バーンズのオフィスに戻り、一通り報告を終えてからジョンが言った。


「トラップ?」


 突然のことに、アーシャは思わずオウム返しに訊く。ジョンは「そう」と頷き、


「あの二人に遺族を匿っている場所を伝えるんだ。偽の場所をね。ロレンスにはある場所を、ネルソンには別の場所を教え、来たところを捕える。簡単だろう?」


 バーンズとアーシャは顔を見合わせた。


「そんなトラップに掛かりますか?」


「掛かるさ。だって、いままでも呼び出されたら来てたんだ。今回も来る。僕たちもクローン電話を使えばいい。殺そうとしたほうが犯人だ」

「……まあ、なにもしないよりはいいかもな」


「決まりだね。じゃあ、計画の細かい詰めは君たちに任せる」


 そう言うと、ジョンはオフィスから出て行ってしまった。



 その背中を見送ったアーシャは妙な胸騒ぎを覚えていた。


「ジョンさん、様子が変ですよね」


「ああ。いつもな」


 予想していた通りの言葉が返ってきた。


「そうですが。いつも以上に。車の中からおかしかったんです」


「心配か?」


 バーンズの言葉に、茶化すような響きは全く無かった。それは彼もまた、ジョンを心配しているからである。


 アーシャはなにも答えなかったが、聞かずとも、バーンズには答えは分かっている。


 分かっているからこそ、言っておかねばならないことがある。


 たとえ教会などという、自分には見合わない場所に行くことになったとしても。


 しかし、先客もまた、教会が似合わない男であった。

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