第34話 復讐心➁

 自身も調べを開始したバーンズだが、ふと気になり声をかけてみることにした。


「退屈か? ジョン」


「そんなことない。僕も調べてるんだ」


「へぇ。なら残業代申請しとけ」


「本当だよ。頭脳労働ってのはどんな格好でもできるのが便利だ」



 あるいは本当に考えているのかもしれないが……


 二日酔いで吐いたあとのような声と格好で言われても、説得力はまるで無かった。


 バーンズはため息をつき、調べものに戻った。


 それから一時間ほどたった時だった。



「ボスっ」


 アーシャが速足でバーンズのオフィスへ戻ってきた。


「なにが分かった?」


 単刀直入に訊くバーンズに、アーシャもまた単刀直入に答える。


「『ネモ』事件の被害者遺族ですが、現在全員『海上都市』在住です」


「……偶然とは思えんな」


 バーンズは目を細め、顎を軽く撫でた。


「それから、最後の被害者遺族ですが……」


「なんだ? まさか、遺体で発見されたんじゃないだろうな?」


「いえ、行方不明です。事件の半年後から、全く痕跡がありません」


 その情報は、アーシャの予想通り上司の関心を引いたようだった。



「それも偶然……じゃないだろうな」


「偶然なんてものはない」


 見ると、ジョンがいつの間にかソファーから身を起こしていた。


 どうやら関心を引いたのはバーンズだけではないらしい。


「奴は全部計算してるんだ」


「奴……?」


 アーシャが思わずなぞったのも無理はない。なぜならジョンの口調は、


「お前、まさか知ってるのか? 犯人が誰なのか」


 思わず前のめり気味に訊くバーンズ。ジョンは肩をすくめて、


「決まってるだろ。僕の姉を殺した奴だ」


 二人は顔を合わせ、それからちいさくかぶりを振った。



「ボスのほうはどうですか?」


「犯行現場周辺の防犯カメラを分析した。苦労したよ、俺はお前ほど機械に強くないからな」


 ジョンとアーシャはなにも言わずにバーンズの言葉を待ったが、


「おい、いまの笑うところだぞ」


 バーンズ的にはギャグのつもりだったらしい。ジョンは「笑える」と言って、アーシャは微かに口角を上げた。



「全ての現場周辺に、同様の人物が二人いる。夜だから解像度は悪いが、それでも肌の色や人種は分かる。それで顔認証システムにかけてみたら……こいつらだった」


 バーンズがなぜか苦い表情でデスクトップ画面を回転させ、二人に画面を見せる。


 そこには二人の男性の顔写真と、プロフィールが書かれていた。



 一人は、七十代と見える白人男性。国籍はイギリス。彼は『ネモ』事件の捜査に協力し、また深く研究している犯罪心理学者だった。


 もう一人は、五十代半ばの男性。アーシャは思わず二度見した。それが他ならぬ警察署の署長だったからである。



「確かですか?」


「ああ。だから頭抱えてんだよ。うちはただでさえ警察署と折り合い悪いってのに、そのトップに事情聴取しなきゃならないんだからな」


「……するんですか?」


「しないわけにはいかないだろ」


 バーンズはうんざりした口調で言って、イスの背もたれに体重を預けた。



「アリバイを調べてきてくれ」


 そう言って、バーンズは二人の資料をアーシャに渡す。


 アーシャは一通り目を通し、軽く顎を引くようにして頷いた。


「分かりました」


「待って。僕も行くよ。ここにいても暇だし」


「捜査は暇つぶしか?」


 バーンズが呆れたように言うと、ジョンはいつものように軽い口調で言う。


「そうじゃないけど、人生楽しまなきゃね」


 ニヤリと笑うと、アーシャの手から資料をひったくり、さっさとオフィスから出て行ってしまった。



 突然のことに立ちつくすアーシャに、


「なにしてる。出番だ」


 上司の冷酷ともいえる声が降ってきた。


「……行ってきます」


 こういう場合、貧乏くじを引くのはいつも自分だ。まあ、文句を言っても仕方がない。ジョンと仕事をするのは、面倒を引き受けたようなものだ。


 そう割り切っても、疲れることには変わりなく。


 アーシャはため息をついて、ジョンの後を追うのだった。

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