第33話 復讐心①

「〝ゲーム〟ねぇ……完全に挑発だな」


 バーンズは手紙をデスクに投げ出し、ため息交じりに言った。


 尤も、それはコピーである。本物は分析のため鑑識に預けられていた。

 ジョンが手紙を受け取った翌日のこと、『PBI』では局長殉職という先が見えない状況の中、復旧が進んでいた。


 比較的ダメージのすくなかったバーンズのオフィスでは、すでにチームによる捜査会議が開かれている。



「奴はそんな無意味な挑発はしない。本気でそう思ってるんだ」


 ソファーに腰かけ、軽く背中を丸めるようにして座っているジョンの声は、まるで夜の闇のように暗い。


「だとするなら余計問題だ。そういう愉快犯はなにをしでかすか分からん」


「鑑識によると、手紙からは指紋やDNDなど、個人の特定に繋がるようなものはなに一つ出てこなかったと」


「そんなのやる前から分かってることだろ」


 ぶっきらぼうに言って、ジョンはソファーの上で体を長くした。


 バーンズとアーシャは目配せをして、軽く頷く。


 姉の墓で、姉を殺したと思われる人物からメッセージを貰う。そんなショッキングな出来事を体験すれば、ピリピリするのも無理はない。


 といって、変に親切にするのは、ジョンには逆効果だ。ここはいつも通りに接するのが正解だろう。



「よし、最初から事件を検討し直すぞ」


 バーンズは手を叩いて立ち上がり、ホワイトボードに事件の概要を書き込み始めた。


「なにせ、最後でもあり最初の局長命令でもあるからな」


 リヒターは生前、バーンズのチームに『ネモ』事件と思われる連続殺人事件の捜査を命じていた。


 爆破事件の後、局長の座に暫定的についたのは『PBI』の副局長であった。


 新局長からは、爆破事件を最優先で調査するよう多くの捜査官が命じられた。一方で、バーンズのチームには連続殺人事件の捜査を続行するよう命じたのである。爆破事件と殺人事件の繋がりを、ジョンが指摘したためだ。



「ジョン。プロの意見を聞かせてもらえないか?」


 すると、ジョンはソファーの上で瀕死の像のようにもぞもぞと動いた。


「僕が最初の事件現場に呼ばれたのは、言うまでもないだろうけど罠だね。謂わば〝招待状〟だよ。なにとしても、僕を今回の事件に関わらせたかったんだ」


「……つまり?」


「犯人は今回の事件を利用して、僕に個人的復讐を果たそうとしている。つまり犯人は、僕が殺した連中と深い関わりがある人物だ」


「家族や、恋人などでしょうか?」


 アーシャが訊くと、ジョンは低い唸り声をあげて肯定した。


 しかし、それだけの情報では分かったとは言えない。なにせ、調べる人間が多すぎる。


 新局長は、数日後に控えている〝『海上都市』建立十年記念式典〟までに解決することを望んでいる。時間も人員も足りない……



「こうしよう」


 どうしたものかと首を捻るアーシャの思考を遮ったのは、バーンズのソフトな声だった。彼は人差し指を立てて言う。


 今回の連続殺人の被害者は、その全員が『ネモ』事件の被害者遺族だ。また、殺害方法や現場の状況もジョンがしていた方法そのものであることから、犯人は過去の捜査ファイルを読むことのできる人物か、さもなければジョン本人ということになる。


 しかし、ジョンの体内には、万が一の場合直ちに居場所が特定できるよう発信機が埋め込まれており、『ネモ』事件に関する捜査ファイルは現在全て機密扱いとなっているため、アクセスできる人間は限られる。


 ジョンの言う通り被害者に深くかかわる人物が犯人であれば、ファイルを読む必要はない。遺族であれば遺体を見ているし現場の状況も知っている。模倣することは、容易いとはいかないまでも難しくはないはずだ。


「アーシャ。念のため、ここ一ヶ月の間で『ネモ』事件の捜査ファイルにアクセスした奴がいるか調べろ。あと、三番目以降の被害者がいまどこにいるかもな。俺は過去捜査に関わった人間を洗い直す」


「分かりました」


 短く答えて、アーシャはオフィスから退室した。

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