第9話 暴動
一台の黒のSUVが到着した時、現場は混乱の様相を呈していた。
悲鳴と、逃げ惑う人々。それらに覆いかぶさるようにして、意味不明な叫び声が聞こえてくる。
「きゃっ⁉」
逃げるのに夢中になっていた女性がSUVにぶつかってきた。それとほぼ同時に三人の人間が降りてくる。
「大丈夫ですか? こちらへ」
アーシャが女性を庇うようにして、近くにいた警官に身柄を引き渡した。
「楽しそうなパーティだね」
「ああ。俺たちも参加させてもらおう」
ジョンとバーンズは、小走りで奇声のする方へと向かう。
そこでは、一人の男が日本刀を振り回しながら大声で喚き、それを制服警官たちが取り囲んで銃を向けているところだった。
「武器を捨てろ! 捨てないと撃つぞ‼」
年配の警官が鋭い声を飛ばす。しかし、男はまったく気にしない……いや、そもそも声が聞こえていないかのようだった。
「署長」
バーンズが声をかけると、年配の警官はチラリとバーンズに視線を走らせ、軽くフンと鼻を鳴らした。
「『PBI』か。遅かったな。もう終わるところだ」
言うや否や、署長が部下たちに射殺を命じたので、バーンズは慌てて止めなければならなかった。
「なんだ。手伝いに来たのか、それとも邪魔しに来たのか!?」
「射殺は最終手段です。まずは説得しましょう」
「説得だと!? なにを言ってる! 奴はどう見てもイカレてる。はやく殺さないと犠牲者が出るだろうが!」
署長はうんざりした顔つきになり、それから怒りを孕んだ声で捲し立てるように続ける。
「大体、なんで『PBI』がいるんだ! お前たちの専門は超能力犯罪だろう! なんでここにいる!?」
「通報があったんです。男が超能力で暴れていると」
『海上都市』には、大きく分けて二つの捜査機関がある。
一つは『PBI』。超能力犯罪専門の捜査機関だ。
もう一つが一般の犯罪を取り締まる警察。
通常、一方の組織がもう一方の捜査に関与することはできない。ただし、その境界線は時に曖昧で、しばしば論争の的となってきた。
それは今回も例外ではないらしい。要するに面倒事だ。バーンズが内心舌打ちをしたのも無理はない。
「超能力!? フン、一体どんな能力だって言うんだ! 大声を上げることができる能力か!?」
男の声が大きいので、バーンズと署長の声も大きくなっていく。自然と怒鳴り合うような格好になり、現場には不穏な空気が立ち込めてきた。
「サイトメトリーだ」
いままで黙っていたジョンが、静かな声で言った。にも拘らず、その声は二人にはよく聞こえた。
「彼の能力は暴走してる。サイトメトリーの能力者は、相手と深く接触しすぎると、自他の境界が崩壊するんだ。彼は、それに苦しんでいるんだよ」
「へぇ、面白い」
署長が軽蔑したように鼻を鳴らした。
「じゃあ、千里眼の能力者はどうなる? 遠くを見過ぎるとものもらいでもできるのか?」
「その場合は、不可視光線の波長まで認識して、人間の可視域を超えると脳がダメージを受ける。これは論文でも発表されていることだ。そんなことも知らないだなんて、ちょっと勉強不足なんじゃない?」
「なんだと……」
「とにかく!」
ジョンに近づこうとした署長を押さえつつ、バーンズは牽制する意味も兼ねて声を張り上げた。
「この件の指揮権は『PBI』にある。私の指示に従わないなら、あなたと、あなたの部下を、逮捕することになります。いいですね?」
バーンズの言葉には、静かだが有無を言わせぬ強さがあった。
署長は負けじと一瞬バーンズを恐ろしい表情で睨みつけたものの、結局、顔を逸らして舌打ちした。
「いいだろう。お手並み拝見といこうか」
吐き捨てるような皮肉とともに、署長はようやく体から力を抜いた。
バーンズは内心「やれやれ」と安堵のため息をつき、
「ジョン、できるか?」
「まあ、やるしかないだろうね。署長の怒りの根っこは相当深い。啖呵を切ったのに失敗したとなれば、笑いものになるだけじゃ済まないだろう」
今度はバーンズの口からため息が零れ出る。
射殺は最終手段と言ったが、そんなこと、絶対にあってはならないことだ。
第一に、ここは観光地だ。いかなる理由があるにせよ、警官が人を殺したとあってはイメージに関わる。政治家たちは良い顔をしないだろうし、実際、リヒターもそれをなにより危惧している。
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