第38話 猫耳少女の知恵

 遺跡の箱を開閉する仕組みは、分かってしまえば単純なものだった。

 箱に手を触れながら、「開け」と念じると天板が開くのだ。

 うかつにも、《箱に触れながら》という初歩的な要素を見逃していたのだから、我ながら情けない。僕がそれに気づいたのは、騎士団長が引き上げた翌日のことだった。


「アーネスト侯爵も、もう一日待っていればこの記念すべき瞬間に立ち会えたのにね」

 最初の箱が開いた時、ウェンディが残念そうにつぶやいた。


 その後は手分けをして箱を開け、中味が何であるかを調べて回る。

 全てを開けてみたところ、たくさんあった箱の中身は、戦闘機が百機と、燃料補給機が五機、救護機が五機、大型砲台が二十機、重機が十機といったものだった。

それらは戦闘用かそれを支える機材だから、このホールは古代文明の兵器庫だったのだろう。


 それぞれの機体は、みんなタッチパネルで操作するようになっていた。

 パーカー博士とともに、数日がかりで機体の機能を調べた結果、そのどれもが飛行能力と光線砲による攻撃能力を持っていることが分かった。


「さっそく、ここにある機体の攻撃力をテストして、王宮に報告せねばならんの」

「私も早くテストしたいです! アーネスト侯爵も首を長くして待っていますよ‼」

どうやらベルは、光線砲を撃ちたくてうずうずしているようだな。

「テストはしたいけど、解決すべき大きな問題がある」

「も、問題って、なんですか?」

リリアが不思議そうに僕を見る。


「アーティファクトの攻撃力を評価するなら、出力全開で試射しないと意味がない。当然、このホール内では無理だから、外に出してテストすることになる。しかし、ホールの入口シャッターは狭いから機体を運び出すことができない」

「なんじゃそんな事か。それなら魔法騎士を連れてきて、転移魔法で出せば良かろう」

 教授は余裕の表情だ。気軽に言ってくれるが、そんなに簡単ではない。


「それは無理ですわ博士。ここは兵器庫ですから、古代人は厳重な盗難対策をしていたはずです。魔族が転移魔法でアーティファクトを運び出せていない事実からみても、このホールには何らかの阻害要因があると考えるのが妥当です」

ウェンディは僕と同じ意見のようだな。


「なるほど、もっともな仮説じゃわい。その口ぶりからすると、阻害要因とやらがどんなものか、分かっておるようじゃな」

「はい。実は初めてこのホールに入った時、解析魔法で床や壁面の材質を調べました。その結果、ホールを構成している金属には魔法を阻害する成分が大量に含まれていることが分かりました。何の役に立つのかと不思議に思っていましたが、転移魔法を阻止するためであるなら納得できます」


「なるほどそういう事か。では古代人は、どうやって兵器を出していたのじゃろうか」

 博士はアゴに手を当てて首をひねる。

「はい! このホールのどこかに大きな扉があって、運び出せるようになっていると思います!」

 ベルが勢いよく手をあげた。

「うん、普通ならそうなっているだろうけど、ここは地中だからな。扉をあけても土の壁と対面するだけだぞ」

「そうですよね。地中にあるってことを忘れていました!」

 ベルは相変わらず能天気だ。


「古代には、ここは地上だったのではないかしら。だとしたら扉があるかもしれないわ」

「いや、それはないの。この辺りの地層は古代から大きく動いてはおらん。最初からこの地中に作られたと考える方が妥当じゃ」

「残念ね。扉があれば、そこから地上まで穴を掘れるかと思ったのに」


「あ、あの。も、もしかすると、このホール自体が、動いて地上に出るのでは?」

 リリアが控えめに手を上げている。

「あっ、――その発想はなかったな。確かに、古代文明の科学力があれば可能かもしれない。リリア、いいヒントだぞ」

 頭を撫でてやると、リリアはフフッと笑う。


「それなら、壁や床を徹底的に調べてみましょう。どこかにホールを動かすボタンのようなものがあるはずよ」

 しかし、それから何時間も探し回ったが、手がかりは何一つ見つからなかった。

 手伝ってくれている騎士達も、お手上げといった顔をしている。


「これだけ調べたのに、それらしいものは見つからないわね」

「結局、ホールにあるのは入口の開閉ボタンだけだな」

「変ですよね、絶対にあると思ったのに……」

 ベルも珍しく弱気になっている。


「い、入口の開閉ボタンしかないのなら、そ、それをどうにかしたらいいのでは?」

 リリアの言葉を聞いてハッとした。さっきもそうだが、こいつの発想は面白い。

「確かにそうだよ。リリアは頭がいい」

 さっそく入口の開閉ボタンの前に立ってにらんでみる。ボタンにシャッター開閉以外の機能があるとすれば、それを引き出すのは、やはり長押しか。


 試しに『開』『閉』ボタンを一つずつ長押ししてみたが、シャッターが開閉しただけで、ホールには何の変化もない。

「何も起こらないわね」

「そうだな。でも、そんな時には両方同時っていう手もある」

 みんなに注目されながら、両方のボタンを同時に長押ししてみる。

 すると驚いたことに、開閉ボタンの横に小さな長方形の操作パネルが浮かび上がってきた。


「なんじゃ、これは」

 博士は食い入るように見つめている。

 その長方形の操作パネルには、幾つかのアイコンが表示されていた。ひとつは上向きの矢印、もう一つは下向きの矢印、その横にはホールをかたどった円形の枠線があって、その線上に小さな四角形のアイコンが六つ均等に並んでいる。それはおらく、扉がある位置を示していて、開閉ボタンとして機能するものだろう。


「地上に出るなら、当然上向きの矢印だよな」

 確信を持って上向きの矢印をタッチする。

 しかし、一瞬だけわずかにホールが揺れたものの、それ以外は何の変化も起こらない。ホールが地上に向かって移動するとしたら、相応の音や揺れがあるはずだが。


「故障しているのかな?」

 自信たっぷりにタッチしただけに、少々気まずい。

「あ、あの。か、風の音がします。壁の向こうからです」

 リリアが耳をピクピクと動かしている。

「アラン、地上に出たのかもしれないわ。扉があるなら開けてみて!」

「了解」


 ホールが一瞬で地上に出るなんてことがあり得るだろうか。信じ難いことだけど物は試しだからと、円形の枠線上に並んでいる四角いボタンの一つをタッチしてみる。

 すると、いきなり近くの壁面に四角形の大きな枠線が刻まれたかと思うと、次の瞬間それは扉となって外に向かって倒れ始めた。ほんの数秒で、ホールの中には森の柔らかい光と爽やかな風が入り込んできた。


 壁際からおそるおそる外をのぞいてみると、扉は小高い丘の中腹に開いている。

 そして倒れた扉の先端は、踊り場のような形をした隣の小山の頂に接していた。

「信じられない。移動した感じはなかったのに、どうしてこんな所にいるんだろう?」


「これは転移ね。たぶん、この位置にはもともとホールと同じ大きさの空洞があったのよ。そこに下からホールが転移してきたのだと思うわ」

「そういう事か。それなら音や振動がなかったのもうなずけるな。この森にそんな空洞が隠されていたなんて思いもしなかったよ」


「何だかワクワクします! 外に出てもいいですか?」

 ベルがソワソワして、今にも駆け出しそうになっている。

「いいわよ、ベル。でも、どこに敵が潜んでいるか分からないから気をつけてね」

「はい。注意は怠りません!」


 ベルは元気よく扉の上を走って隣の小山に降り立つと、すぐに振り返り、何かを指さして大声で叫んだ。

「あそこにアランさんのクレーターが見えます‼」

「わ、私も行っていいですか?」

 リリアが懇願するように僕を見あげる。

「いいよ」

 そう言うと、リリアも外の森に向かって駆けだして行った。


 ベルとリリアは、数日ぶりにホールの外に出られて嬉しいのか、樹木を眺めながら小山の頂で何度も深呼吸をしている。僕も息が詰まる思いをしていたから、その気持ちは良く分かる。


「それでは、機体に装備されている光線砲の火力テストを行う」

「いよいよね」

 僕たちは、ホールの中から機種ごとに一機ずつ外に運び出して丘の中腹に並べた。

 射撃テストのターゲットは向いの山の中腹だ。


「ウェンディ、周囲に人がいないことを確かめてくれ」

 ここは深い森の中だから人が来ることは滅多にない。射撃テストにはもってこいだが、実射の前には探知魔法による最終確認は欠かせない。万が一にも、人を光線砲に巻き込むような事態はあってはならないからだ。


「問題ないわ。向いの山とその周辺地域に人はいないわよ」

 よし、それが分かれば、いよいよ実射だ。

「まずは戦闘機の光線砲からだ」

 戦闘機に乗り込み、山の中腹を狙って最大出力のビームを放つ。

 ズゴン‼ という強烈な爆発音が轟くと、小山の斜面には家二、三軒が軽く入りそうな大きさの穴があいていた。


「大したものじゃ。これが百機もあるのじゃから、今後の魔族戦では有利に戦えるのは間違いないの」

 博士は子供のようにワクワクした顔で、えぐられた斜面を眺めている。

 確かに、この破壊力があれば魔族軍に大きな損害を与えられるだろう。アーネスト侯爵も満足するに違いない。


 他の機種も一通りテストしてみると、戦闘を補助する役割の機体に装備されている光線砲はあくまでも自衛用であるらしく、出力は控えめだった。それでも斜面にそれなりの穴を穿つことはできている。


 最後に大型砲台のテストをしたが、これは別格だった。最大出力で山腹にビームを放つと、一撃で山を半壊させてしまったのだ。

「驚いたわい。これ程の威力があるとはの。この大型砲台が魔族にわたっていなくて幸いじゃった」

 同感だ。こんなのが二十機も攻めてきたら、ファイアーボムで対抗したとしても勝てる気がしない。


「お前さん方には感服した。わしには到底思いもよらない発想で、これだけの兵器を使用可能にした手腕は賞賛に値する。その功績はつぶさに国王陛下にご報告しておこう」

 そう言い残して、老教授は護衛の騎士とともに森を去った。


 ウェンディは、兵器の詳細をまとめた報告書を王宮に送り、それを読んだ国王陛下は即座にこれらのアーティファクトを対魔族戦の切り札にすることを決定した。

 王宮からはこの遺跡と兵器を莫大な金額で買い取るとの申し出があったが、ウェンディは自分の所有権は国王陛下に献上すると言う。僕もそんな大金を手にするのは怖いので、やはり献上することにした。


 世間の耳目を集めるほどの大金を持つと、悪い奴らが何かと画策するのは目に見えている。そんなものに巻き込まれるのは真っ平だ。

 ベルとリリアも同様に献上するという。彼女達はもともと分け前の比率が小さいのだから素直に貰っておけと言ったのだが、そんな恐れ多いことはできないと断られた。

 その結果、この遺跡は国王陛下の資産となり、僕たちはここで騎士達に兵器の使い方を教える教官役を仰せつかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る