第36話 アーティファクトの所有権
王国軍が洞窟の道を降りてきたのは、それから半日ほど経ってからだった。
洞窟の床や壁が高温で、ある程度冷めるまでは降りられなかったようだ。
「なるほど、報告通りのホールだな。古代遺跡に間違いあるまい。ここにある箱には、何も手を付けていないだろうな!」
モリス小隊長がにらむように僕たちを見る。
「遺跡にあるものは、当初の状態を維持しています」
僕が答えると、モリスは疑わしそうな目つきになった。
「では、どうしてこんなにアーティファクトが転がっているのかね。私には最初からこうだったとは思えないのだが」
「魔族兵がこれを使って襲ってきたから撃退したまでです」
「本当だな! 私の権利を侵害する奴は容赦しないから、そのつもりでいろ!」
モリスは剣を抜くと、切っ先を僕に向けて威嚇した。
「私たちは、あなたの権利を侵害するつもりはありませんよ。仲間を脅さないで下さい」
ウェンディが微笑みながら、やんわりと抗議する。
「お前、生意気な口をきくんじゃない‼ 自分の身分をわきまえろ!」
「そうですか。身分はわきまえているつもりですが」
「ならば、無礼な態度は慎め。いいか、ここを発見したのは私だからな。私のアーティファクトに一切手を触れるんじゃないぞ」
モリスは尊大な顔で怒鳴り散らす。
「あのモリス小隊長って嫌な奴ですね。魔族追跡の厄介事はこちらに押し付けておいて、遺跡のお宝だけは全部持って行くつもりですよ」
ベルが小声で耳打ちしてきた。
「あいつには、冒険者の権利なんて眼中にないようだな」
僕たちは支援要請に応えてテロ魔族兵を討伐した。要請に応じて戦う過程で発見したお宝は、全て冒険者の所有物になると法律で定められている。だがあいつは、この遺跡の発見者は自分だと言い張って、アーティファクトを横取りするつもりのようだ。予想通りの展開過ぎて笑えてくる。
「あ、あんなずるい人は、ほ、法律違反で拘束してしまえばいいのです」
「それはできないわ。モリス小隊長は王国軍の指揮官だから、根拠もなく拘束すると私達が反逆者になってしまうの」
「でも、この遺跡を発見したのは私達ですから、権利を守るための拘束なら正当だと認められると思いますが?」
「遺跡の発見者が私達だという証拠は何もないのよ。本来なら私達から報告を受けた王国軍の指揮官が証人になる決まりだけど、モリスにその気はなさそうだからね」
「しばらく様子を見るしかないな」
「ざ、残念です」
「ほかに私達の正当性を証明してくれる人はいないんですかね!」
ベルはモリスの悪行を黙って見ているのが悔しいのか、歯ぎしりをしている。
もちろん僕だって同じ気持ちだ。しかし、ウェンディが言う通り物的証拠は何もないのだから、ここは耐えるしかない。
モリスの命令で、王国軍は箱の中に何が入っているのかを調べ始めた。
しかし、兵士達が箱に群がって、剣で切りつけたり戦斧で叩いたりしても、傷ひとつつけられないでいる。
「お前、そこに転がっているアーティファクトをどうやって取り出した。答えろ‼」
モリスは僕に剣を突きつけた。
「そいつは魔族兵が僕たちを攻撃するために使ったものです。僕が取り出したものではありませんから、魔族兵に聞いて下さい」
事実を答えると、モリスは顔を真っ赤にして怒り出した。
「この役立たずめ! もう良い。お前らはあの隅に固まっていろ。邪魔するでないぞ‼」
僕たちは命じられた通り、ホールの隅に座って壁に寄りかかった。
モリスは捕虜の魔族に詰問していたが、口を割らないので全員切り殺してしまった。
「あんな野蛮な奴が、本当に貴族なのか?」
ウェンディにそっとたずねてみる。軍の指揮官には貴族がなるのが通例だが、こんな奴が貴族だとは思いたくない。
「身なりから見て、貴族に間違いないでしょう。だけどモリスの顔は初めて見るわね。私が公爵家の娘だと気づかないのだから、貧乏男爵家か準男爵家の人かもしれないわ」
そのクラスの貴族が社交界に出て来ることは滅多にないので、ウェンディを知らなくても不思議ではない。しかし、奴が貴族だとしても、捕虜を私欲で虐殺するなど決して許されるものではない。
その日、王国軍は徹夜で箱を開けようと奮戦したが、一向にはかどらないのでモリスは事あるごとに怒鳴り散らしていた。
僕たちはホールの隅で、それを眺めながら交代で眠った。
次の日の夕方近くになって、王都から王宮騎士団と考古学者が到着してホールに降りて来た。
王宮騎士団は国王や王族を警護する役割を担っているが、大きな問題が発生すれば国王の代理として解決や調査に出向いてくる。
今回は騎士団長であるアーネスト侯爵が指揮を執っていた。
「王国軍の諸君、ご苦労であった。後はこちらが引き継ぐから撤収して構わないぞ」
騎士団長はモリス小隊長に声をかけた。
「ど、どうして騎士団がこちらに?」
「ここでアーティファクトを発見したとの報告があったので調査にきたのだ。速やかにここを明け渡してもらいたい」
「明け渡せと言われましても、それは承服しかねます。この遺跡は私が発見したものですから、権利を持つ者として発掘は続けさせてもらいますよ」
モリスは騎士団長のオーラに怯えながらも、果敢に権利を主張した。ここにある大量のアーティファクトを売却すれば、莫大な利益を手にすることができる。反抗するだけの価値はあると踏んでいるようだ。
「ほう、君がこの遺跡を発見したと主張するのかね」
「そうです。苦労の末に発見しました。ですから皆さんの方こそ、速やかにお引き取りください」
モリスはここぞとばかりに虚勢を張ってふんぞり返っている。
「面白いことを言う人ですな。――もしそれが本当なら、このホールの入り口にある絞り式シャッターの開け方は、当然ご存じでしょうな」
「絞り式? そんなものは聞いたことがありませんな。何か勘違いされているのでは?」
「そうかね。入口には絞り式シャッターがあって、発見時には閉じていたと報告を受けているのだが」
「その報告が間違っております。ここは間違いなく最初から開いておりました」
「なるほど。では、入り口にはシャッターのようなものは何もないと断言されるのだな」
「もちろんです」
「よろしい。ではここにいる全員に尋ねる。ここの入り口にシャッターがあることを知っていて、その開閉ができるという者はいるかね」
騎士団長がぐるりとホールの中を見回した。
すると、ウェンディが手を上げて、騎士団長の前に進み出た。
「私は開閉方法を知っております」
「間違いないですかな」
「はい」
「モリス小隊長、この方がシャッターの開閉ができると言っているのだが、試してもらってもよろしいですかな」
「どうぞご随意に」
モリスはムッとした表情で、吐き捨てるように返事をした。
騎士団長がうなづくと、ウェンディは入口のリング枠の前に立って、『閉』ボタンに軽くタッチした。すると絞り式シャッターが瞬時に閉じて、黒々とした絞り羽根が一同の前に姿を現した。
「モリス小隊長。あなたが否定した絞り式シャッターが実在し、この方が開閉の仕方をご存じなのはどういうことですかな」
「わ、私がその女に、この遺跡に入れと命じたのだ。入口の仕掛けについては報告を受けていなかっただけだ」
モリスは閉じたシャッターを見て目を丸くしていたが、あくまでも自分が発見者だと言い張るつもりのようだ。
「モリス小隊長の主張は事実でしょうか?」
騎士団長は振り返ってウェンディに問いかけた。
「いいえ、私のパーティーがこの遺跡を発見し、自らの意思でシャッターを開けました。モリス小隊長が下に降りてきたのは、それから半日後のことです」
「それが事実ならモリス殿、あなたは発見者ではないということになりますな」
「とんでもない。この遺跡は私が命じて発見させたものだ。その平民の女は欲に目がくらんで嘘を言っている。お前、自分の身分をわきまえろ‼」
モリスは真っ赤な顔で怒りをぶつけてくる。
「おや、あなたはこの方を平民だと思っておいでかな」
騎士団長はウェンディに手を振ってみせた。
「冒険者なのだから、平民に決まっているではないか」
「あなたは、この方が勇者であり、公爵家ご息女であることをご存じないようですな。ちなみに、隣におられるアラン・フレミング殿は伯爵家のご子息だ。身分をわきまえなくてはならないのは、あなたの方ではないのかな」
「そんなバカな‼ 支援に来るのは冒険者だと聞いていたぞ。勇者などではないはずだ。騎士団長は私を騙して、権利を奪い取ろうとしているのではありませんかな!」
モリスは上位貴族のウェンディが発見者だと聞かされても、まだ諦める気はないようだ。
「これは聞き捨てならない物言いだ」
騎士団長は、モリスにキリリとした目を向ける。
「そもそもモリス小隊長、軍務中に発見した物品は、全て国家の所有物になるのが法の定めだが、いかなる根拠で遺跡の権利を主張しているのかね」
「私はもともとこの遺跡の存在を知っていて、軍務終了後に発掘に入った。だから私は、軍人ではなく個人としてここを発見したのだ。権利の主張をするのは当然ではないか」
モリスは必死になって騎士団長に食らいついている。彼が主張する論理は迷走しているのだが、そう言われると完全に否定することもできない。僕たちが発見したという証拠がない限り、決め手に欠けるのだ。
「では一つ質問だ。あなたは、この洞窟の前にあるクレーターが、どのような理由で生じたのか説明できますかな」
「魔族の砦を破壊した爆発によってできたと報告を受けている」
「その通りです。魔族の砦を破壊したファイアーボムの爆発によってクレーターができた。そして、そのクレーターができなければ、この遺跡に降りる洞窟の入口は見つけられなかった。それなのに、どうしてあなたはこの遺跡のことを事前に知っておられたのかな」
「わ、私には、独自の情報網があるからだ」
モリスはうろたえながらも、精一杯胸を張ってみせる。
「ほう、そうくるか。上手く言い繕ったつもりだろうが、大きな問題があることに気づきませんかな」
「問題などあるはずがない。私は真実を述べているのだからな」
「なるほど。あなたは独自の情報網で、この遺跡の存在を以前から知っていた。それが偽りのない真実だと言うのですな」
「その通りだ」
「よろしいかな、モリス殿。魔族の砦の下にあって、魔族しか知り得ない遺跡の情報を知っているとすれば、その者は魔族と通じていると判断せざるを得ない。つまりあなたは魔族と手を組んだ、国王陛下への許し難い反逆者だ。近いうちにその首が物理的に飛ぶことを、よくよく覚悟しておくことですな」
騎士団長の冷ややかな宣告に、モリス小隊長は震えあがった。
「ま、ま、待ってくれ。嘘だ。この遺跡の情報を知っていたというのは嘘なのだ。権利を横取りするための作り話だ。魔族とのつながりなど一切ない。信じてくれ」
モリスは蒼白になって、すがるような表情で騎士団長に手を合わせている。
「よろしい。最初から真実を話してくれれば、余計な手間をかけずに済んだのだがね」
「では、私はお咎め無しで良いのだな?」
「そうですな。国王陛下への背信行為はなかったと認めましょう。しかし、貴殿が冒険者の権利を奪おうと画策した事実は看過できません。降格処分は当然として、さらに重い罪に問われるのは間違いないでしょうな。モリスを拘束しろ!」
「それはひどい! 私はテロ魔族を追跡してこの遺跡の発見に貢献した。それに免じて、厳重注意で済ませるのが妥当ではないか!」
「確かにあなたはテロ魔族を追跡したが、踏み入るのが困難な森へは入らなかった。呆れたことに、テロ魔族の捜索は勇者パーティーに丸投げして、斥候も出さずに森の手前で休んでいたそうですな」
「しかし、私が森まで追い詰めたからこそ、遺跡を発見できたという事実に変わりはないでしょう」
「あなたが勇者パーティーとともに森に入り、彼らと数々の死地を乗り越えてきたというのであれば、情状酌量を考えないでもない。しかし実際には何の努力もせず、私欲から冒険者の発見を横取りしようとした行為は、決して許されるものではありません」
「こいつは直ちに連れ帰って牢にぶち込みますが、よろしいですか」
副団長らしき騎士がおうかがいを立てると、騎士団長は大きくうなづいた。
「貴様‼ 覚えていろ! 必ず貴族院に訴えでてやるからな!」
モリスは両腕をつかまれて、悪態をつきながらズルズルと外に引きずられて行った。
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