第14話 迷惑な地竜
引っ越し早々、魔魚による攻撃を受けたものだから、ウェンディは湖畔の館を超強力な常設シールドで覆った。それはエクストラファイアーボムクラスの攻撃が来ても余裕で防ぎ、大地から必要な魔力を自動的に吸収して半永久的に稼働するという優れものだ。
魔族軍は魔魚による攻撃を皮切りに、毎日のように館を攻撃してくるようになった。空からロックバレットが雨のように降り注いだり、森から極太のアイスランスが一日中撃ち込まれてきたりする。
普通なら即死モードの攻撃だが、ウェンディのシールドは微塵も揺らぐことなく館を守り続けている。これなら幾ら攻撃されても、なんの心配もないだろう。
ただ、館の周囲に広がる畑が、攻撃でズタズタになってしまうのが問題だ。敵が去ったあと、荒れ果てた畑を眺めるウェンディの表情は、少しばかり辛そうに見える。
それでも懲りずに、彼女は壊滅しかけた畑を丹念に修復して回っている。
ある日の明け方のこと、唐突に地竜が突撃してきて館のシールドに体当たりした。
象の五倍ほどもある巨体の突撃だったが、シールドはびくともない。だが、その衝突音はすさまじく、一瞬で目が覚めてしまった。
地竜はシールドに阻まれても、諦めずに何度も何度も体当たりを繰り返すからうるさくてしかたがない。
ウェンディは、眠そうな目で窓ごしに地竜の突撃を眺めると、「あれを何とかして」とつぶやいた。
「任せておけ、こま切れにしてやる!」
堪忍袋の緒が切れかけていた僕は、さっさと討伐してしまおうと館のシールドから外に出た。
空はまだ薄明で、館の周囲に広がる畑の作物も、薄暗い地面でぼんやりと眠っているかのように見える。
騒音の元凶である地竜は、サイを巨大にしたような姿をしていた。
頭に立て並びの大きな角が三本もあり、翼は退化しているが、短いながらも太い尻尾があって左右に振れている。全身が分厚い装甲外皮に包まれていて、丸太のように太い四本の足で地面をがっしりと踏みしめていた。
その地竜と、館を背にして立つ僕との距離はおよそ五百メートル。
僕は頭部にある奴の小さな目をにらみつけながら、突撃してくるのを待つ。
強力なファイアーボムを撃ち込めば簡単に倒せるだろうが、それではウェンディの畑を焼き尽くしてしまいかねない。こいつを倒す大前提は、畑に被害をださないことだ。
だから奴が全速力で突進してきたら、土魔法で分厚くて高硬度のロックウォールを直前に出現させ、衝突の衝撃で仕留める作戦でいく。それはシールドよりも遥かに強固だから、即死級のダメージを与えるはず。一撃で仕留められないとしても気絶はするだろうから、ゼロ距離からファイアーランスで焼き殺すことができる。
地竜は僕を警戒しながらも闘志満々で、地面を蹴ると全速力で走り始めた。
何が何でも館のシールドをぶち破ろうというのか、巨体を暴走トラックのように加速させて突進してくる。
僕は地竜の進路に立ちふさがり、突進してくる奴の鼻先に分厚いロックウォールを立ち上げた。スピードが乗っているだけに、衝突した時の衝撃は絶大なはずだ。
(これなら、さすがに命はないだろう)
ところが分厚いロックウォールは、地竜の頭突きであっけなく砕け散った。
「うそ‼」
地竜は衝突した衝撃で多少はダメージを食らったのか、足踏みして二、三度頭を振っていたのだが、再びこちらに向かって重戦車のように走り出した。
(だめだ、あいつにはね飛ばされたら命はないぞ!)
「アイスランス!」
何とか前進を阻もうと、極太の氷槍を連続して頭に撃ち込んでみたが、奴の装甲外皮は頑丈で瞬時に打ち砕かれてしまうからまったく効果がない。
「とんでもない装甲外皮だ。これは逃げるが勝ちだな!」
身体強化をして、横っ飛びに地竜の進路から逸れると、湖に向かって全力で走る。
すると地竜は、盛大に横滑りしながら向きを変えて僕を追いかけ始めた。
「お前、館のシールドを破壊するんじゃなかったのかよ!」
毒づいてはみたものの、もともとあいつの狙いは僕だろうから当然そうなるよな。
地竜は巨体に似合わず、恐ろしいスピードで追い上げてくる。身体強化をして走っているのに、何て奴だ。
そこで一計を案じた。
わざとスピードを緩めて背中ギリギリまで引き付けて湖に向かって走り、湖岸の直前で直角に身をかわせば、重量がある地竜は勢い余って湖水に突っ込むだろう。そこにファイアーボムをうち込めば、ウェンディの畑を焼くことなく討伐できるに違いない。
そう踏んで作戦を実行したのだが、実際に湖岸手前で直角に方向転換すると、奴も即座にスピードを落として横滑りで向きを変え、再び僕を追いかけ始めた。
奴はしっかりこちらの狙いを読んでいた。でなければあんなに簡単に方向転換などできるはずがない。
これは侮れないぞ。
こっちはもう息切れしながら走っているというのに、地竜はさらにスピードアップして追いついてくる。あいつも身体強化か何かしているのだろうか。
「マイクロファイアーボム!」
仕方なく米粒大の火球を地竜に打ち込んでみる。火球は地竜の顔に当たって炸裂し、爆炎が奴の全身を包み込む。
「やったか⁉」
しかし爆炎が消えると、奴はダメージなんてまるでないとばかりに平気な顔で立っていた。
「やっぱりな」
マイクロファイアーボムでは火力が足りないだろうとは思っていた。しかし、高火力のファイアーボムを撃つと、館の周囲にある畑と作物を巻き込んで半壊させてしまうだろう。現に今の攻撃でも、周囲の畑を少なからず焼いている。
ウェンディが悲しまないように、これ以上畑を傷つけることは避けたい。
地竜はマイクロファイアーボムの爆炎を受けて一度立ち止まっていたのだが、再び突進して距離を詰めてきた。
「ロックランス!」
唱えて地面から岩の槍を突き上げた。槍の先端を鋭く強固にしたから、奴の身体を貫けるかもしれない。
しかし、その期待も空しく、岩の槍は腹を突いて巨体を大きく傾けはしたものの、何のダメージも与えられなかった。
「こんな奴、どうやって倒したらいいんだ?」
無力感にさいなまれながら走っていると、ふと閃くものがあった。
僕は振り返って立ち止まり、突進してくる地竜に向かって手をかざしながら叫ぶ。
「マルチ・ロックランス!」
すると地面から大量のロックランスが突き出して、地竜の腹に当たるとその巨体を高く持ち上げた。ロックランス一本では身体が傾くだけでも、無数の槍で突き上げれば宙に浮くのだ。
こうして宙に浮いてくれれば、ファイアーボムを下から撃つことができる。爆炎を空に逃がすように制御すれば、絶対に畑を焼くことはない。
地竜は二十メートル以上もの高さに持ち上げられて、ジタバタとあがいている。僕はその真下に潜り込むと、地竜の腹を仰ぎ見ながら手をかざした。
「スモールファイアーボム!」
唱えると、スーパーボール大の灼熱する火球が、手の平から飛び出して地竜の腹に襲いかかった。
スモールファイアーボムには、大きな体育館を瞬時に焼き尽くすほどの火力がある。火球が地竜の腹に命中すると、激烈な爆炎が地竜を包み込んで焼きあげていく。
頑丈な装甲外皮を持つ地竜も、激しく燃え盛る火炎の熱で肉を焼かれ、数秒であえなく息絶えた。
火炎が収まるとロックランスを解除して、焼け焦げた地竜を地面に降ろした。
近寄ってみると、あの頑丈な装甲外皮も大半がボロボロに焼け焦げていて、手で触れると簡単にはがれ落ちてきた。
外皮がはがれて露わになったその肉は、意外にも丸焼きの豚のようにこんがりとした色になっている。
「まあ! ちょうど良い焼き加減だわ。美味しそうね」
いつの間にかウェンディが横に立っていて、ウキウキしながら丸焼けの地竜をアイテムボックスにしまい込んだ。
その日から、食卓には肉料理も登場するようになった。
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