公爵令嬢が勇者様だが、こいつがとにかく使えねえ‼ でも、美人で巨乳なのは素敵です
黒糖花梨人
第1話 試練!
「ギルドの情報通り、水棲ドラゴンはカーム湖のどまんなかに浮いているぞ」
水棲ドラゴンは大型クジラなみの巨体を持ち、どん欲に魚介類を食い荒らす厄介な魔獣だ。接近すると凶暴に牙をむくので、漁師たちからは忌み嫌われている。
今回の討伐は、カーム湖の水産資源を食われて困り果てた漁民が、生活を守るためにギルドに依頼してきたものだ。
僕は三キロ先の湖に浮かぶ水棲ドラゴンを、ファイアーボムで討伐することにした。奴はおあつらえ向きに腹を見せて水面に浮かび、怠惰にゆらゆらと揺れながらまどろんでいる。
水棲ドラゴンは巨体の割には俊敏で、一度動きだしたら並みの冒険者では討伐することが困難だと言われているが、これなら確実に討ち取れそうだ。
僕は魔力を練り上げて手をかざし、慎重に狙いをつけて唱える。
「スモールファイアーボム」
すると手の平から、小さな火球が飛び出した。
ファイアーボムは最上級の破壊魔法だ。超高エネルギーを凝縮した火球を撃ち出し、命中すると激烈な爆風と灼熱の業火で対象に凄まじい破壊をもたらす。
その絶大な破壊力ゆえに、使用する相手や取り巻く環境に応じて魔力量を調整してやらないと、意図せぬ大破壊を引き起こしてしまう。
水棲ドラゴンは大型クジラほどの巨体ではあるが、ファイアーボムの標的としては小型の部類に入る。だから、魔力量を抑えてスモールファイアーボムという小さな火球を撃ち出したのだ。
ところが、スモールファイアーボムが手の平から離れた瞬間、不意打ちのように魔力が暴走し、あり得ないほどの膨大な魔力が火球に注ぎ込まれていく。慌ててキャンセルしようとしたが間に合わず、たっぷり魔力を吸収したファイアーボムは、真夏の太陽のように灼熱した巨大な火球となって湖に飛んでいった。
それは水棲ドラゴンに命中すると、超新星爆発のような白熱したエネルギーを炸裂させ、数平方キロもある豊かな湖水を、一瞬にして蒸発させてしまった。
「やばいよこれ。絶対ギルマスに殺される!」
水棲ドラゴンは消滅したから依頼は達成できたのだが、大切な水産資源が壊滅してしまったから、漁民から苦情が殺到するのは間違いない。
僕は憂鬱な気持ちで、干からびた湖を後にした。
「今日こそは、いい仕事が見つかりますように!」
僕はいつものように、女神様に朝のお祈りをする。
そして、日々のご加護を感謝して、花一輪を捧げるのも忘れない。
祈り終えると、お手軽価格な定宿を出て、冒険者ギルドへと歩いて行く。
今朝は久し振りに晴れ上がっていて、秋らしく澄んだ青空が美しい。
王都の街並みは爽やかな空気に包まれて、石畳の道を行き交う人々も、露店の開店準備をしている商人達も、みんな楽しそうに笑いあっている。
「こんな日は、何かいい事がありそうだな」
このところ不運な日々が続いているから、そろそろ風向きが変わってもいい頃だ。
僕にはこの国の誰よりも豊富な魔力があって、魔法の才能もトップクラスだ。
最上級の攻撃魔法として知られるファイアーボムが得意で、十五才で冒険者になって以来、その強烈な破壊力で大型魔獣をも一撃で討伐してきた。
おかげで冒険者ランクを短期間で駆け上がり、十七才になった今ではAランクにまでなっている。
この調子なら、遠からずSランクになれそうだと思っていたのだが、世の中そんなに甘くはなかった。
半年ほど前から、原因不明の魔力暴走がたびたび起こるようになったのだ。
魔力が暴走した時のファイアーボムの破壊力は凄まじい。なまじ保有魔力量が多いだけに、討伐対象はおろか、その周囲に広がる森林や農耕地までも巻き込んで、ほとんど災害といっていい規模の破壊をもたらしてしまう。
そうした被害の損害賠償は、当然ながら僕に請求がくる。そのため蓄えていた財産はあっという間に消えて無くなり、今や未払い賠償金の累計は大変なものになっていた。
当然、ギルマスには完全に目を付けられている。
「だからって、初心者クラスの仕事しか回さないってのはひどいぞ。少しぐらいは稼げる仕事をもらえないと、借金の返済もできやしない」
冒険者ギルドに到着すると、深呼吸を一つして階段を駆けあがり、祈るような気持ちで入口の扉を押す。
ギルドの建物は中世ヨーロッパ風で重厚な造りだから、その扉も風格があって分厚くて重い。力を込めて押しながら、ぐいと身体を滑り込ませる。
「おや、誰かと思えばポンコツ魔法使いのアランじゃねえか。次はどこの森を吹き飛ばすつもりだ?」
「お前みたいな歩く災害ごときが、いっちょ前にギルドに来てるんじゃねえよ」
中に入った途端、いつも飲んだくれている冒険者どもが声をかけてきた。
せっかくの朝の心地よさが一瞬で吹き飛んでいく。
どこの世界にも、人をおとしめて楽しむ奴はいるものだ。
そいつらを無視して、平静を装いながら仕事の掲示板に向かっていると、受付係のエイナが待ち構えていたかのように立ち上がって手招きをした。
彼女は美人で優しくて、ギルドのアイドル的な存在の受付嬢なのだが、今日はなんだか様子がおかしい。
「アランさん、ギルマスが呼んでいますよ。また何かやらかしたのですか?」
急ぎ足でカウンターに近寄ると、エイナが心配そうに耳打ちしてきた。
「えっ、そんなはずはないんだけど……」
否定はしたものの、心当たりはありまくりだ。
魔法の失敗で請求された損害賠償はギルドからの借金でなんとか支払ってはいるが、未払いの案件が幾つも残っていて、凄まじい催促を受けているのだ。
こんなありさまだから、ギルドの冒険者たちからは『ポンコツ魔法使いのアラン』という通り名で呼ばれている。
「嫌な予感がするな……」
びくびくしながらエイナが指さす執務室の扉をあける。
中に入ると、大きなデスクに足を乗せたこわもてのギルマスが椅子にふんぞり返って待ち構えていた。
この人は元々Sランクの冒険者で、引退した今でも筋骨たくましい肉体を維持している大柄な男だ。僕が失敗するたびに繰り出されるパンチの味は、一生忘れられないだろう。
「あの、何かご用でしょうか」
おそるおそる声をかけてみる。
「そんなに警戒することはないぞ。今日はお前に良い話を持ってきてやったんだからな」
ギルマスは腕組みを解いて足をおろし、身を乗り出してきた。
「良い話ですか……」
どうやら苦情の類ではなさそうなのでほっとしたが、ギルマスの言葉を真に受けることはできない。失敗続きの僕に、『本物の良い話』が舞い込んで来る確率など、限りなくゼロに近いはずだから。
「そうだ。アラン・フレミング。お前は今日から、ウェンディ・シンプソン公爵令嬢の付き人になれ。そうすれば、お前の借金は全て帳消しにしてやる。どうだ、良い話だろう」
身構えている僕にそう告げると、ギルマスはニンマリと笑った。
予感的中だ。その公爵令嬢がどうして冒険者を雇おうと思ったのかは知らないが、貴族の『付き人』なんて仕事は、冒険者にとってうまみのないクズ仕事でしかない。
当然、引き受け手を探すのは困難を極めるはずで、弱みのある僕に押し付けようという魂胆がみえみえだ。
どうせ付き人を紹介すると、ギルドに大きな利益が転がり込むという仕掛けになっているに違いない。
借金を帳消しにしてくれるのはありがたいが、これを受けてしまうと二度と冒険者には戻れない気がする。
「僕は冒険者です。貴族の使用人になるのは気が進みません」
精一杯反論すると、ギルマスがギロリと鋭い視線をよこした。
「先月お前が吹き飛ばしたカーム湖だがな、領主のギムル子爵が激怒している。この仕事を引き受けないのなら、子爵への償いとしてお前の冒険者資格を剥奪することになるが、それでもいいのか」
ギルマスの言葉にゴクリと唾をのむ。
それはさすがにまずいな。冒険者の資格を剥奪されたら、まともに生きていくことなんてできない。資格を剥奪された魔法使いを雇ってくれるところはないだろうし、魔法以外で生きていけるような才能の持ち合わせはない。
確かにカーム湖の件はやらかし過ぎた。
湖に住み着いた水棲ドラゴンを討伐するとき、魔力暴走を起こして湖水まで蒸発させてしまったのだから。
その件でギルドが受けたクレームは凄まじかったと聞く。
「分りました。やりますよ、付き人。でも、その公爵令嬢ってどんな人なんですか?」
高位貴族なら、何も好き好んで冒険者なんかを付き人にする必要はないだろうに。
「お前、知らないのか⁉ ウェンディ・シンプソン公爵令嬢といえば、この国の勇者様だろうが」
「うそ‼ あの使えないってうわさの? 我ままで妙な指示ばかり出して、作戦の失敗も多いから、命が幾つあっても足りないって話ですよ。今ではパーティーメンバーに見放されて、一人で活動しているそうじゃないですか。そんな人の付き人だなんて、僕も務まる気がしないなあ」
「そのうわさは聞いている。それでも上手くやることだな。これはお前へのペナルティだ。最低でも一年間は続けろよ。逃げたら即刻、資格を剥奪してやるから覚悟しておけ!」
「そりゃないよ……」
目の前真っ暗だ。
いや待てよ。考えてみれば、『付き人』って公爵令嬢の身の回りの世話や雑用をする仕事だよな。
その程度のことなら、どんなに我ままなお嬢様でも一年ぐらいは耐えられるかもしれない。
「頑張れ、僕‼」
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