第2話 テスト

「公爵令嬢は昼前にいらっしゃる。正式な契約の前に簡単なテストをされるそうだ。もし不合格になったら、その時点でお前の冒険者生命は終わりだからな。心してかかれよ」

 ギルマスは冗談めかして言うが、その目は決して笑っていない。


「どんなテストなんですか?」

「それは公爵令嬢がお決めになることだから、俺にも分からないな」

「それぐらい聞いといてくれてもいいと思うけどな」

「何だと! この俺に文句を付けるなんて十年早いぞ。お前へのペナルティがこの程度ですむように、ギムル子爵を説得したのは俺なんだからな」

「えっ、そうだったんですか⁉」

 この人、ごつい顔して意外に良い人なのかな。


「まあいいだろう。公爵令嬢がいらっしゃるまでホールで待っていろ」

「分かりました」

 言われるままにホールに出て、テーブル席に座るとため息をつく。

 (難しいテストでなければいいけど……)

 不合格になったら、その時点で人生が詰むのだから気が気でない。


 実家の伯爵家で最低限の貴族教育は受けているものの、公爵家で通用するような礼儀作法となると正直まったく自信がない。何しろ僕は五男だから貴族教育もゆるゆるで、跡継ぎの長兄と比べれば雲泥の差があることは自覚している。

 どうしてもっと学んでおかなかったのかと今更ながら後悔した。


 あれこれ悩んで精神的に疲れ果てた頃、再びギルマスの部屋に呼ばれた。

「これから公爵令嬢がおいでになる。失礼のないようにな」

「承知しました」

 返事はしたものの、失礼のない応対なんてできる気がしない。


「ご令嬢とはいえ勇者様ですから、やっぱり筋肉モリモリで、腹筋が割れていたりするんですかね」

 気を紛らわせようと、半ばやけくそで軽口を叩いてみた。

「そう思われがちだが、実はかなりの美少女で巨乳だぞ。魔法特化型の勇者様だから筋肉はついていないはずだ。一度話しただけだが、性格もそれほど悪くはないと思ったがな」

「そうですか。いかつくて近寄りがたいのかと思っていましたから、少し気が楽になりました」

「なら良かった。いい顔で出迎えろよ」

 ギルマスは僕がテンパっていることを察して、俗受けする話題で返してくれたようだ。

 まあ、美少女でも、巨乳でも、今の僕にはどうでも良い話だけどね。



 それからしばらくして、受付係に案内された公爵令嬢が部屋に入ってきた。

 僕よりも少し年上のようだから、おそらく十八才ぐらいだろう。

 そしてギルマスの言葉通り、凄い美少女で巨乳だった。

 女神の彫刻かと思うほどに整った面長の顔立ちで、胸元は類を見ないほどに盛り上がっている。そのうえスタイルが良くて、優美なドレスを着ていてさえ、バストと細いウエストと豊かなヒップが、美しいラインを描いているのが良く分かる。

 プラチナブロンドの髪が腰まで伸びてフワフワと揺れ、ライトブルーの神秘的な瞳がキラキラと輝いている。


「こんにちは」

 彼女は僕を見ると、品のある優しい笑みを浮かべて挨拶してくれた。

「えっ、あなたが勇者様ですか⁉」

 僕は思わず問いかけていた。その『品のある優しい笑み』が、我がまま放題の使えない勇者というイメージからは、あまりにもかけ離れていたからだ。

「はい。何かおかしいですか?」

「い、いえ、勇者様なのに凄い美人だから驚きました」

 まさか、うわさとは違い過ぎて戸惑いました、とは言えない。

「勇者が美人ではいけないのですか?」

「そ、そんなことはないです」

 慌てる僕の目を、ライトブルーの瞳が悪戯っぽく見上げて微笑んでいる。

 自分を美人って言いますかね、と突っ込みたくなったところで緊張がほぐれた。


 彼女の微笑みはとても可愛く、透きとおるような瞳も美しくて、しばらく目が離せなくなるほどだった。

 冒険者服に身を固めた自分の姿が急に無粋に思えてきて、少しだけ恥ずかしくなる。

 何しろ僕の冒険者服ときたら、丈夫なだけが取柄の、黒くて何の飾り気もない上着とズボンなのだから。


「お嬢様、こいつが付き人候補のアラン・フレミングです」

「はい。フレミングさん、私はウェンディ・シンプソンです。よろしくお願いしますね」

 ギルマスのぶっきらぼうな紹介に応えて、公爵令嬢は丁寧に自己紹介をしてくれた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」


「それでは、さっそく実力を拝見したいのですが」

「もちろんです。公爵令嬢の付き人ですから、相応の立ち居振る舞いが必要ですな。こいつは伯爵家の出身なので、一通りのマナーは心得ていますよ。何かやらせてみましょうか」

「いえ、マナーよりも魔法の実力を拝見したいですね。お願いできますか?」

 公爵令嬢はギルマスに優しい笑みを向けた。

 (えっ、魔法の実力⁉)

 付き人に魔法の実力なんて必要なのだろうか。


「承知しました。さっそくギルドの訓練場にご案内します。アラン、お嬢様のバッグをお持ちしろ」

「了解です」

「いえ、大丈夫です。自分の物は自分で持てますので」

 バッグに手を伸ばしかけると、公爵令嬢は僕の手を軽く押し返した。

 この人は、ご機嫌取りが嫌いなタイプのようだな。

 ギルマスは転移の間に公爵令嬢を案内した。

 転移の間は広くて、その中央に天井まで届きそうな高さの正方形の枠が自立していた。

 それは転移門と呼ばれるもので、銀色に光る枠の内側に金色の膜が張っている。この膜は魔法が作り出した転移空間の断面であり、そこを通過すると瞬時に目的地へと運ばれる。


 ギルマスは、転移門の枠に取り付けられた操作盤のボタンを幾つか押した。

「これでギルドの訓練場まで移動できます。私に続いてお入りください」

「ありがとう」

 ギルマスが先導して金色の膜を通過すると、続いて公爵令嬢も膜の中に入り、僕もその後を追った。


 転移門の金色の膜を抜けると、途端に視界が開けて、広大な森林地帯を見下ろす高台の上に立っているのが分かった。

 この高台から見渡す限りの大森林が、全てギルドの訓練場となっている。

 僕もたびたびお世話になっているおなじみの場所だ。


「アラン、あの山のふもとに巨大なおむすび形の岩が見えるだろう。あれを破壊しろ。お嬢様、それでよろしいですか」

 それは五キロほど離れた小山のふもとにある巨岩だった。おむすび形が愛嬌だが、実は二階建ての家ぐらいの大きさがある。

「はい。異存はありません」

 公爵令嬢は静かにうなづく。

 あの程度の大きさなら、出力控えめのミディアムファイアーボムで十分だよな。

 緊張しながら魔力を調整すると、指示された巨岩に手をかざして唱える。

「ミディアムファイアーボム」


 ところが、ファイアーボムを撃ち出した瞬間、ぞっとした。

(あっ、これ、やっちまったな⁉)

 慎重に出力を調整したつもりだったが、見事に魔力が暴走している。

 放たれたファイアーボムは魔力暴走によって大きく膨らみ、真夏の太陽のように灼熱するバランスボール大の火球になっていた。

 このサイズまで肥大したら、これはもうただでは済まない。


 灼熱する火球は、真っすぐに飛んでいっておむすび形の巨岩に命中した。途端に、白熱したエネルギーが超新星爆発のように弾けて広がり、地獄の業火となって小山全体を包み込んだ。

 それは激烈な爆発で、五キロ離れている僕たちにも強い爆風が吹きつけてきて、公爵令嬢の優美なドレスを激しくはためかせた。


 爆風が収まると、おむすび形の巨岩は、それが鎮座していた小山もろともさっくりと消滅していた。あとには直径二キロはある巨大クレーターと、それを取り囲む殺伐とした荒れ地が残されているのみだった。


「バカ野郎‼ またお前って奴は!」

「申し訳ありません‼」

 平謝りする僕の横で、公爵令嬢は優雅にドレスの裾を払っている。

 これはまずいぞ。テストは間違いなく不合格だ。その上、見事な黒歴史まで大地に刻まれてしまった。ここは冒険者の訓練場だ。これからやってくる大勢の冒険者が、これを見て僕をあざ笑うに違いない。


「お嬢様。まことに申し訳ございません。すぐにまともな付き人をご用意しますので、どうかご容赦ください」

 ギルマスが深く腰を折っている。

「いえ、付き人を変更していただく必要はありません。私は彼が気に入りました」

 公爵令嬢はすまし顔だ。

「しかし、こんなに激しく魔法を暴走させる奴なんて、疫病神でしかありませんよ」

「私の付き人は、このくらいの魔法が使えないと務まりません。魔力のコントロールは教えれば済むことですから、どうぞご心配なく」

「本当にこんな奴でいいんですか⁉」

 公爵令嬢の言葉に、ギルマスは呆れ顔だ。

「はい。問題ありません」

 それを聞いて、僕は心底ほっとした。これで何とか首がつながりそうだ。


「ところで、クレーターをこのまま放置しておくのは、もったいないことだと思いませんか。豊かな湖に変われば、きっと心安らぐ風景になりますよ」

「「??」」

 公爵令嬢が何を言っているのか分からない。


 不思議がる僕たちの前で、公爵令嬢は巨大クレーターに向かって手をかざし、「クリエイトウォーター」と唱えた。

 すると荒々しい巨大クレーターは、一瞬にして清らかな水をたたえる湖になった。


 続けて、「クリエイトライフ」と唱えると、湖の周囲に広がっている荒れ地が、色とりどりの花が咲き誇る美しい草原に生まれ変わった。

 おまけに湖面からは、大きな魚が飛び跳ねて遊んでいたりもする。


 (こんなのってあり⁉) 

 呆気にとられて、さすがに言葉を失った。ギルマスも目をむいている。

 この勇者様は魔法特化型だとは聞いていたが、まさかこれほどとはね。

 おかげで僕がやらかした魔力暴走の痕跡は、美しい自然に上書きされて完璧に消滅していた。

 これなら誰にも馬鹿にされることはないだろう。


 もしかすると彼女は、僕の名誉を守るためにこんな事をしてくれたのだろうか。

 まさかね。そんな気づかいができる勇者様なら、パーティーメンバーが逃げ出したりはしないはずだ。

「さあ、ギルドに戻りましょうか」

 公爵令嬢は満足そうな笑みを浮かべて、湖を凝視したままでいるギルマスを促した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る