その4

 二階に上がってすぐの教室へ駆け込んだ凌順と少女は、奥の壁際で身を潜める。

「大丈夫ですか」

「だだだだだ大丈夫だけど」

 凌順にすればこの少女には聞きたいことがありすぎて言葉が出ない。

 とりあえず――。

「三川凌順だ。塚口さん……だよな」

「はい。塚口芽衣です」

 そして、探るような目になる。

「名前、知ってるんですか」

 その〝どうして知ってるんです?〟と言わんばかりの目線にストーカーを疑われている気分になり、慌てて答える。

「ああ、有名人だからな」

 正確には〝有名一家〟と言うべきかもしれない。

 塚口家の長女が失踪した時に警察が訪ねてきたことを思い出す。

 訪れた刑事はすべての部屋を見ただけでなく、全収納を開放することまで凌順に要求してきたが、それがすべての住民に対してだったのか凌順が男のひとり暮らしだったからこそ行われた〝捜索〟だったのかはわからない。

 そんなことを思い出す凌順に、芽衣が頷く。

「ですよね。うん」

 凌順の答えに納得したらしい。

 改めて凌順に頭を下げる。

「巻き込んじゃってごめんなさい。まさかこんなひどい所に出るなんて」

 かしこまって頭を下げられて恐縮する凌順だが〝気にしなくていいよ〟とばかりに話を進める。

「外にいるのは……一階にうじゃうじゃいた女子高生あいつらはなんなんだ」

「いじめっ子です」

 言いながらショルダーケースからタブレットを取り出して指を這わせる。

「床に字を書いて襲ってきたのは落書き屋の〝まひろ〟ですね」

「落書き屋?」

「落書きを着弾させてダメージを与えるそうです。単発だと弱いんですけど標的固定型の能力で……。つまり〝まひろ〟が指定した標的に周囲の生徒が――なんて読むんですか?」

 向けられたタブレットに目を落とす。

 トレーディングカードのように女生徒の顔写真と短い解説文が表示されていた。

 〝まひろ〟はメガネをかけた地味っ子女子高生だった。

 その解説文中にあるひとつの単語を指す芽衣の小さな指先に、思わず凌順がつぶやく。

「かわいい爪してんな」

 そんな言葉が出たのは凌順自身が女性の爪を見慣れてないからだろう。

「え、ちょ、ななななななに言ってんですか、もう」

 信じられないほど顔面を赤く染めて戸惑う芽衣に、凌順が改めて指さす漢字を読み上げる。

「〝ついずい〟――だよ、それ」

「は、はい」

 赤い顔の芽衣は気を取り直して続ける。

「周囲の生徒が追随することで致命的なダメージを与える――らしいです」

 言われてみればその通りだった。

 最初の〝死ね〟が〝まひろ〟によるもので、その標的指定に従った他の生徒が一斉に凌順へ〝死ね〟の文字を放ったのだ。

 やはり凌順が改めて認識した通り、ここは異世界であり女子高生に似たクリーチャーのたむろする巣だった。

 さらに最初の〝いじめっ子〟という言葉と合わせて〝なるほどね〟と理解する。

「投げかけられた言葉にダメージがあったのも――そういうことだったんだな」

 悪意のある言葉を投げつけて相手を傷つけることこそいじめっ子のいじめっ子たる所以なのだ。

 とはいえ、感心している場合ではない。

「で、どうすりゃいいんだ。これから」

 もちろん凌順の頭にあるのは〝いじめっ子に勝利すること〟ではなく〝帰宅〟である。

「校外へ出たいんですけど」

 タブレットをしまいながら答える芽衣に凌順が返す。

「出ても霧しかないよ」

「あ、大丈夫です。霧を攻略する手段はありますから」

 そして、思案顔になる。

「問題はいじめっ子の群れをどうするか、ですね」

 凌順も考える。

 いかに苦手であっても相手が見た目通りの女子高生なら殴り合いで負けることはないだろうが、さすがに女子高生相手に殴り合いを仕掛けるほどのクズではない。

 そもそも相手は〝女子高生〟ではなく、落書きや言葉でダメージを与えてくる〝女子高生型クリーチャー〟なのである。

 そう考えるとあの人数に対抗するには自分と芽衣は非力すぎる。

 そこで思い出す。

「白うさぎが言ってたんだけど」

「白うさぎ?」

 首を傾げる芽衣の様子にあの白い部屋――〝世界の境界〟に誘導されたのが食べ物を持っていた自分だけだと思い出す。

 芽衣は白うさぎに会っていない。

 ということは〝あの情報〟を聞いていない。

 凌順が〝その情報〟を芽衣に伝える。

「こっちの世界に来る前に世界の境界に女の子がいて教えてくれたんだ。別世界へ移動してしばらくは肉体が安定してないから、安定するまでの間にイメージを上書きすることで超人化したり超能力が使えたりするようになるかもしれないって」

「超能力?」

「触らずに物を動かしたり……」

「魔法のことですか?」

「現代っ子め。とにかくそれをやってみるしかないんじゃないか」

「でも、どうやれば」

「イメージすればいいっていってたけど……。ちょっとやってみる」

 凌順は目を閉じて意識を集中させるとテレビや漫画で見てきた主人公像を思い浮かべる。

 しかし、スーパーヒーローだけでなく魔法使いも戦士も勇者も今ひとつイメージが固まらない。

 少しの間を置いて芽衣を見る。

「やってみたんだけど……どうだろう。変わったかな」

 凌順を上から下まで見た芽衣が、こころなしか冷めた口調と目で答える。

「変わってないですね」

「そうか」

 ため息をついて頭を垂れる。

 漫画やアニメを真面目に見てなかったせいなのか、もう何年もゲームをやってないせいなのか、あるいは――これまでの人生で自分は主人公格ではないことを嫌というほど同級生や教師から叩き込まれてきたことで、無意識のうちに自分がヒーローになれるはずはないとの意識が働いていてそれがジャマしているのか。

 そこへ芽衣が〝思いついたっ〟とばかりに人差し指をぴんと立てる。

「図書室へ行ってみるってのはどうでしょう」

「図書室? そうかっ」

 同級生のすべてが体育館やグランドで過ごす休み時間をひとり図書室で過ごしてきた凌順ゆえにその意図を読み取ることは容易たやすかった。

「確かに図書室なら」

「でしょ? もしかしたらイメージの助けになるような本があるかもしれません。ラノベとか、あと美術書とか画集にもそういうテーマの絵があるかも」

「なるほど、なるほど」

「ふふん」

 大きく頷く凌順に芽衣が得意満面で胸を張る。

 しかし、凌順はすぐに気付く。

「でも……図書室ってどこにあるんだ?」

 外から見た限りでは校舎は二棟しかなかった。

 ならば、すべての教室を虱潰しに探していけば十数分で図書室へたどり着けるだろう。

 しかし、校内には女子高生型クリーチャーが徘徊している。

 虱潰しなどと呑気なことをやっている場合ではない。

「えっとですねえ」

 芽衣が〝大丈夫です〟とばかりに改めてタブレットを取り出して指を這わせる。

「図書室は、渡り廊下で向こうの校舎へ渡って左の突き当りです」

 芽衣のタブレットには落書き屋の件といい、この学校に関する情報が詰まっているらしい。

 凌順としてはその入手経路も気になるところだが、それは後回しにして早急の問題について訊いてみる。

「そのタブレットには魔法使いとかのイメージは入ってないのか?」

 入っていれば図書室へ行かなくても済むんじゃないのか?

「あ、そっか」

 ひとりごちた芽衣が忙しく指を這わせる。

「えーっとですねえ……。ごめんなさい。そういうの入ってないみたいです」

 その口ぶりからすると芽衣はこのタブレットの持ち主ではないらしい。

 じゃあ、誰の物だ?

 学校や女子高生たちの情報が入ってるのはなぜだ?

 凌順がそんな疑問を抱いたのと同時に、セーラー服の少女は――

「急ぎましょう」

 ――そう言い残し教室を飛び出していた。

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