その3
結局、周囲を一周しただけで他の建物も霧の途切れている箇所も薄い箇所も見つけられなかった。
「となると、ここしかないな」
つぶやいて校舎風の建物へ向かう。
そして、目を疑う。その門柱に刻まれている見覚えのある特徴的な校章と〝綺薇宮女子高等学校〟の文字に。
「なんであるんだよ。異世界じゃねえのかよ」
思わず口を突いて出た。
そして、改めて見上げる見慣れたはずの校舎が不安と恐怖を湧き上がらせてくるのを感じた。
それが本来ならありえない場所に存在しているという異常な状況に起因するものと気づいて目を伏せる。
とはいえ、他に行く宛もない以上はここを訪ねるしかない。
目的はもちろん元の世界へ帰るための手がかりを探すこと――である。
全開になっている生徒玄関へ向かいながら、近所にあった女子高がなぜこの異世界にあるのかを考えてみる――が、わからない。
そもそも、同じ校舎とは限らないし、かといって、じゃあなぜ同じ名前なのか同じ外観なのかと考えてみてもやはりわからない。
並行宇宙に存在する綺薇宮女子高の可能性もある――などと考えが至ったところで、これ以上考えてもきりがないと諦めた。
たどりついた生徒玄関をおそるおそる覗き込む。
生徒玄関の奥はそのまま売店を備えたロビーになっており、その向こうに中庭ともう一棟の校舎が見える。
校内は不気味なまでに静まり返っていて物音ひとつない。
ということは誰もいないのか?
ふと目を向けた開放型のシューズロッカーにはスニーカーやローファーが収まっており、目を凝らすとソール付近に土が付いていることからこれらの靴は外履きであることがわかる。
そして、外履きがシューズロッカーに収まっているということは、その持ち主は校内にいるはずである。
つまり、この建物の中には大勢の人間がいることを――さらに建物の名前と靴の種類から考えておそらくは女子高生がいることを意味している。
凌順は無意識に身体が震えるのを感じた。
その理由はふたつ。
ひとつは凌順が女子高生について、いい印象がないということ。
根拠は高校時代にクラスの女子から三年間〝きもじゅん〟と呼ばれていたことに由来する。
もうひとつは、ここに女子高生がいるとしたら、そいつらは何者なのか?ということ。
校舎の存在自体が謎なところへさらに出所不明な女子高生が、それも集団で存在しているというのはたとえ女子高生にいい印象を持っているとしても不気味なものがあるだろう。
それに加えて、多くの生徒が存在しているはずの校舎なのに静まり返っているということが、その気持ち悪さを一層増幅している。
女子高の様子を知るよしもない凌順ではあるものの、やはり生徒がいる校内とは休み時間なら生徒の喧騒に満ちているだろうし、授業中であれば教師の声が教室の外まで聞こえているのではないのか――全校一斉試験中は別として。
そう考えれば、今のこの静寂は異常にしか思えない。
そんなことを考えていると――
どさっ
――中庭になにかが落ちてきた。
動かないそれに目を凝らす。
それはひとりの女子高生だった。
〝やっぱり女子高生がいたっ〟と後悔するのと〝そんなこと言ってる場合かっ〟という感情が交錯する。
そして、そんな混乱の中でおろおろと周囲を見渡す。
誰もいなければ、誰かがやってくる気配もない。
相変わらず静まり返っている校舎の様子に〝自分しかいないのか〟とやけくそで生徒玄関に突入して中庭へと駆け込む。
「おい、大丈夫か」
声を掛けた瞬間、中庭に伏していた女生徒が不意に立ち上がった。
その、何事もなかったような、素早い身のこなしに凌順は目を疑う。
「え?」
そして――
どさっ
――立ち上がった女子高生のとなりに新たな落下女子高生。
凌順は踏み入った中庭で立ち尽くし、たった今、自分が通り過ぎた背後の校舎を見上げて固まる。
二階、三階から次々と女子高生が降ってくる。
そのあり得ない光景に恐怖を覚え、慌てて生徒玄関へ引き返す。
しかし、駆け込んだ校舎の中で立ち止まる。
正面の生徒玄関、左右の廊下、そのすべてが女子高生の群れによって塞がっている。
そして、背後の中庭からも次々と落ちてくる女子高生が立ち上がり、凌順を校舎内へと押し出すように迫ってくる。
そのプレッシャーの中でぼそぼそと話し声が聞こえる。
「男が来たっていうから期待したのに、なにあれ」
「だよねー。だっさいの」
その一言が耳に届くたびに凌順はちくちくと刺されるような感触を覚える。
さらに――。
「とっとと帰れ」
ひとりの女子高生が上げた声が聞こえたのと同時に凌順の全身から力が抜ける。
「きめーおっさん、いつまでいる気だよ」
「おめーに言ってんだよ。ださおっさん」
そんな罵声を受けるたびに感じる衝撃と痛みと脱力感から、凌順はこの声が自身に比喩などではないダメージを与えていることを直感する。
向けられた言葉は悪意であり、刃であり銃弾であり毒であり、精神を、心を、精力をえぐり、削り、冒していることを直感する。
そして、改めてここが異世界であることを認識する。
ここは凌順のいた世界ではない、ここにいるのは凌順の知っている女子高生ではない、ここは凌順の想像する女子高ではない。
ここにいるのは口から言葉の刃や銃弾や毒を放つ女子高生に似たクリーチャーであり、ここはその巣なのだ。
その時、不意に床を滑ってくるものに気付いて目を落とす。
それは――文字だった。
〝死ね〟という文字が床を滑って凌順に向かってきている。
戸惑う凌順のつま先に触れた文字は、そのまま凌順の足を上がってくる。
さらに腰から腹へと、そして、胸へと。
上がってくるに従って、まるで文字に汚染されているかのように心中へ絶望感が広がっていくのを感じる。
「誰が死ぬかっ」
気を取り直し、胸からさらに首筋へと向かう文字を両手で払う。
あっさりと消えた文字とともに絶望感も消えるが、安堵する間もなく周囲の異様な雰囲気に気付く。
自分を取り囲んでいた女子高生たちが、いつのまにかその場にしゃがみ込んで床に文字を書いていた。
その文字が一斉に凌順へと床を滑ってくる。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。
最初の一文字でよぎった絶望感は気に留めるほどのものではなかったが、さすがにこれだけの文字を一斉に受けるのはまずいと察する。
その時、凌順を取り囲んでいた――〝死ね〟の文字を放った女子高生たちの一画が悲鳴を上げた。
凌順がその一画へ目をやる。
水に濡れた女子高生たちが悲鳴を上げ、逃げ惑い、床の水たまりに滑って転倒している。
その向こうで消火栓から伸びるホースで繋がれたノズルを構えているのはセーラー服姿の少女――塚口家の次女。
それは駐車場で魔法陣を描いていた、凌順を巻き込んだ張本人。
「こっちですっ。早くっ」
凌順は誘われるまま、這いつくばる女子高生を踏まないように、あるいは濡れた床に足を取られないように注意しながら少女のもとへと向かう。
少女は忌々しげに自分を見ている〝濡れ女子高生〟へさらに消火水を浴びせるとノズルをその場に投げ捨て、かたわらの階段を駆け上がる。
そのあとを凌順が追う。
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