桜の刻印。
ギリギリと首を絞められて、頭の中が爆発しそうになって目が覚める。
息はできる、誰も首を絞めていない。
でも、目覚めるまでのあの息苦しさは夢とは思えない。
体中の血液が滞って体の中で暴れて、息ができなくて、視界が真っ赤になって……目覚める。
「何なのよ……」
医者からはストレスだと言われている。
私は何年か前にストーカーに殺されかけるという事件にあった。その時の精神的ストレスがこの体調不良を招いていると。
病名はいくつもつけられたが、夢は酷くなるばかりだ。
コトン。
その微かな音を聞いて私は体を強張らせる。
時代遅れな集合住宅のドアにつけられたポストに手紙が投函される音。
たかがそんな音と思うかもしれない。
でも、今は深夜で、通路を歩く音も聞こえず、ただポストの中に封筒が落とされる音だけが聞こえる。
「何なのよっ! もうっ!」
恐怖が度を越えて苛立ちに変わって、私はベッドから飛び起きてドアに向かう。
ドアに備え付けられたポストの内側の蓋を開く。
そこには白い封筒。小さな桜の印章が押されている。
「イライラするっ!」
私はその白い封筒を引きちぎる。びりびりに破いてその場にまき散らした。
中身は読まなくてもわかっている。
ボールペンで真っ黒に塗りつぶされた便箋が何枚か入っているだけ。
そこには文字も何もない。ただ滅茶苦茶に黒く塗りつぶされている。
「何なのよ……」
床に散らばっている紙片は白と黒に分かれていて、そこには文字も何もないのだった。
そもそも、このポストの表側の投函口はガムテープでふさいであった。
誰も何も入れられないはずなのに、毎夜、毎夜、あの音が聞こえる。
「わけ、わかんない……」
なんでこんな目に合うのか、何もわからない。
ストーカーに襲われて、運よく軽症で済んで、ストーカーは捕まって先日死刑が執行された。
ストレスならそろそろ何とかなってほしい。
どこの誰かもわからないストーカーの為に、しかも死刑になってこの世にはいない奴の為に私がどうして苦しまなくちゃならないのか。
「どうしたら……終わるのよ……」
私はぼんやりと足元に散らばる白黒の紙片を見つめながら、この恐怖から逃れる術について考えていた。
「自殺……ですかね?」
「まぁ、そうみて間違いないな」
梁に欠けられたロープから女性の遺体を下ろしながら、若い警察官は検視官に問うと苦い顔をしながらそう答えが来た。
「しかし、奇妙な遺書ですね」
「死ぬ直前の人間が考えることは理解しがたいことが多いんだよ」
検視官はそれだけ言い残して、古いアパートの一室から出て行った。
警察官は机の上に置かれた封筒をもう一度見る。
白い封筒には宛先も何もない。封もされていない。
ただ、ボールペンで真っ黒に塗りつぶされた便箋が数枚、折りたたまれてはいっていた。
(ご遺族ならわかるんだろうか……)
その封筒を手に取ると、警察官はドアの外で泣いている女性の親族の元へと向かうのであった。
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