楽しい会話

 結婚して20年になるからか、近年夫とはあまり会話がなくなり二人きりになると何を話していいか分からなくなる。本当は共通の趣味を持ったり、二人で一緒に出かけたりと夫婦の関係を充実させる事に時間を使った方がいい筈なのに、何故かお互い自分のやりたい事を優先させてしまう。


 子どもたちが手を離れてからというもの、言いようのない不安や孤独感をどう埋めていいのか分からずSNSなどを始めたが、はっきりとした目的がなかったのですぐに飽きてしまった。ただSNSを見ている時に気になったタグがいくつかあった。


 婚外恋愛、オープンマリッジ、セカンドパートナー。私には全く関係のない世界だとその時は思った。


 マッチングアプリなどは若い世代のものだと思っていたが、最近では中年層でも婚外の相手を探すために使うサイトがあるのだと知った。なんとなく気になってどういう仕組みになっているかなど調べてみた。プロフィールの書き方、写真の撮り方など事細かな情報を得るのは至極簡単だ。



 今日は季節の変わり目ということもあり服を新調したくなってぶらりと街に出た。いつもの店に入りいつものようにあまり派手ではなく、合わせやすい色合いのものを試着してみた。結局薄いグレーやベージュなどの無難な色につい手が伸びる。


 本当はどんな色合いが合っているかなど、お店の人や友人に相談すればもっと自分を引き立ててくれる綺麗な色の物を見つけられるだろうとは思うけれど、この頃そういうことが億劫に思えた。


 私はこれからもずっとこうして色のない人生を生き続けるのかと思うと、急に居ても立っても居られない気持ちになった。女の価値ってなんだろう。若さだけではない筈だと思っても、他に思い当たらない。


 思い切ってグレーの服の代わりに私に合う色はないか探してもらえないか訊いてみた。お肌によく映えるお色ですと言われた物を数着試し、その中から濃い青のカットソーを選んだ。



 帰宅してすぐに寝室に入り、買ったばかりの服に着替えドレッサーの前に座りきちんと化粧を施してみた。携帯で自分の写真を撮るのは案外難しい。光線の加減で大きく違うのだと知った。数枚上手に撮れた物を例の婚外のサイトに載せた。もちろんぼかしてあるので、私だとは分からない。しかも見慣れない色の服を着ている。



 驚いた事に登録してすぐにアプローチをして来た男性が数人いた。私は曖昧な態度を取っていたが話がしたいだけだ。ただそれを前面に出してしまうと急に相手と連絡がつかなくなったので、おかしいと思った。どういうことか調べてみるとブロックされたらしい。


 話し相手になってほしいとは言わずに、お茶を濁しながら男性に優しい言葉をかけて貰えるように努めた。相手にしてくれるのが嬉しくて、来るものは拒まず常に数人とチャットをした。誰かがいつまでも進展しない事に苛立って去って行っても、不思議とまた新しい人が現れた。


 このサイトで出会った人たちは皆話し好きで、話題が豊富だった。おかげでたくさんのことを学び、私は少し男性社会を知る事が出来た。元々技術や経済には少し興味があった事も幸いして、大抵の人とはチャットでの話題に困らなくなった。



 週末に夫と一緒にドライブした。私がどこかに出掛けたいとおねだりをしたからだ。サイトで知り合った人がお勧めだという海岸沿いの道はとても綺麗で私たちの会話も弾んだ。


 パーキングエリアで休憩をしている時、このルートを教えてくれた男性とこっそりチャットした。是非お会いしたいと最近しつこいが、それさえなければ感じのよい人だ。その海が見える湾岸線、今度是非連れていってくださいね、と返事を書いた。


 夫に新しい服が欲しいからモールで一緒に選んで欲しいとねだってみた。いいよ、最近なんだか生き生きしているね、と夫が言った。

 

 私は携帯を出して、夫に見つからないように先程の男性をブロックした。


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