第12話  すれ違い100回、やっと一度の恋

駅前のカフェ。

隣の席に座った男性が、ふとスマホを落とした。

拾って渡した瞬間、私は凍りついた。


画面に映った待ち受け画像が――私の後ろ姿だったから。


「これ……」と声を出すと、彼は真っ赤になってうつむいた。

「す、すみません!ストーカーとかじゃないんです。ただ……」


聞けば、彼とは毎朝同じ電車で顔を合わせていたらしい。

私はイヤホンをして本を読んでいて、気づいていなかった。


「100回以上すれ違ったのに、声をかけられなくて。

でも、今日やっと勇気を出して、写真に……」


言い訳にもならない言葉。

けれど彼の震える声に、本気が滲んでいた。


私は呆れながらも、なぜか笑ってしまった。

「じゃあ、せめて正々堂々と声をかけてよ。『一目惚れしました』って」


彼はしばらく黙っていたけれど、深呼吸して顔を上げた。


「……一目惚れしました。初めて会った日から、ずっと」


その真っ直ぐな言葉に、胸が熱くなる。

曖昧な優しさより、不器用でも正直な想いの方が、ずっと心に響いた。


「遅いよ。100回もすれ違わせて」

わざとそう言うと、彼は真剣な顔で答えた。


「じゃあ、これからは100回分、一緒に帰ってください」


思わず吹き出す。

でも、悪くないと思った。


――恋は、すれ違い続けた先に、やっと訪れることもある。


その日から私たちは、同じ電車で隣に座るようになった。

そして100回目の帰り道、彼の手をそっと握り返した。


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