第30話 両親への報告ー怒りと涙と赦しー

秋の夜。

街路樹の葉が風に揺れ、オレンジ色の街灯の下で影を落としていた。

エリックとリサは並んで歩きながら、手を握り合っていた。


「僕たち怒られるかもね……。すごく、怖いな……許してもらえるかな。」

エリックは、緊張のあまり声も指先も震えていた。

「私も怖いよ。でも、あなたと一緒だから、大丈夫!お父さんには、分かってもらえると信じてる。」

リサは、エリックに目を合わせ、優しく微笑んだ。

リサの微笑みを見て、エリックの心に小さな、暖かな光が灯る。

「ありがとう、リサ。僕は君と子ども、君のお父さん、自分の家族にも責任を取らなきゃいけない。リサといると勇気をもらえるよ。」


これから、リサの父に全てを打ち明ける。

緊張と不安の中、胸の鼓動が、いつもより速い。

エリックは深呼吸を繰り返していた。



Scene 1:ホイットニー邸にて


玄関を開けると、書斎から柔らかなランプの灯りが漏れていた。

グレイ・ホイットニー博士は、椅子に座ったまま、ゆっくりと二人を見上げた。

その目は、研究者としての冷静さと、父親としての厳しさをたたえている。


「……話があると聞いた。」

低く抑えた声に、リサの肩がわずかに震える。


エリックが一歩、前に出た。

「先生……いえ、ホイットニー博士。

 僕たちは――赤ちゃんを授かりました。」


短い沈黙。

ペン先が机の上に落ちる音が、部屋に響いた。


「……何だと?」

声は低く、しかし怒りを押し殺したように響く。



「博士課程はどうするつもりだ?」

「生活は? 経済的な見通しは?」

「リサの研究はどうなる?」


次々に突きつけられる問い。

リサは俯き、エリックはそのすべてを真正面から受け止めた。


「まだ、完璧には答えられません。

 でも、僕は――彼女と生まれてくる子どもを守ります。

 研究も、家庭も、どちらも捨てません。

 責任を取ります。彼女を幸せにします。」


グレイは目を細めた。

「責任という言葉は簡単に言える。だが、それを貫くには覚悟がいる。」


リサが一歩前へ出て、父の目を真っすぐに見つめた。

「お父さん。私はエリックと生きていきたいの。

 この人となら、どんな困難も乗り越えられる。後悔しないって、心から言えるの。」


長い沈黙。

時計の秒針だけが響く。


やがて、グレイは深く息を吐いた。

「……娘の人生を台無しにするようなら、絶対に許さない。

 だが、お前が“後悔しない”と言うなら、私は止めない。」


リサの目から涙がこぼれた。

エリックも深く頭を下げる。

「ありがとうございます。必ず、幸せにします。」



Scene 2:コール家にて


週末。

二人はコール家の玄関に立っていた。

扉を開けた父トーマスは、静かに二人を見つめた。


「事情は聞いた。……責任を取る覚悟があるか?」

「はい。結婚して、父になります。」


しばしの沈黙ののち、トーマスは短く言った。

「ならば、逃げるな。これからが本当の試練だ。」


エリックは力強くうなずいた。


その横で、母マーガレットが目に涙を浮かべながら、二人を抱き寄せる。

「大丈夫よ。あなたたちなら、きっと乗り越えられるわ。

 私たちは、いつだって味方よ。」


その言葉を聞いた瞬間、エリックの視界がにじんだ。

どんな言葉よりも、母の声が胸に沁みた。

堪えきれず、彼は母の肩に顔を埋めた。

それは、赦され、受け入れられた子どものような涙だった。



その時、階段の上から声がした。


「ちょっと! 今の話、全部聞こえたわよ!」

姉のカレンが腕を組んで立っていた。

隣には、もう一人の姉リディアが、やや呆れ顔で立っている。


「エリック、まさか本当にお父さんになるとはね!」

「学生のうちに叔母にされるなんて、心の準備ができてないんだけど?」


二人の冗談に、場の空気が少しやわらぐ。

エリックは真っ赤になりながら「ごめん……」と小さく笑った。


カレンが階段を降り、弟の肩に手を置く。

「バカね。でも、ちゃんと向き合ったなら、応援するわ。」

「ありがとう、カレン姉さん、リディア姉さん。」


母がティッシュを差し出しながら笑う。

「もう、泣きすぎよ。リサさんもびっくりしてるわ。」

「いえ……私も、泣きそうです。」

リサは涙をぬぐいながら、エリックの手を握った。



Scene 3:帰り道


夜風が冷たく、でもどこか心地よかった。

ふたりは家を出て、並んで歩く。


「怖かったけど……ちゃんと話せてよかったね。」

リサが小さく笑う。


「うん。怒られたけど、みんな本気で考えてくれた。

 ……それが、嬉しかった。」


リサは頷き、空を見上げた。

薄雲の向こうに、月が浮かんでいる。


「これで、本当の意味で家族になれた気がするね。」

「うん。きっと、今日のことは忘れない。」


二人は指を絡め、静かに歩き出す。

街灯の光が背中を照らし、風が秋の匂いを運んでいた。

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