第20話 キャンプの準備-二人のショッピング

キャンプまで、あと一週間。

土曜の午前、街の大型アウトドアショップの前で、エリックはリサを待っていた。


「おはよう、エリック」

振り向くと、淡いイエローのTシャツにデニムのショートパンツ。

夏の日差しに映えるリサが、少し緊張したように微笑んでいた。


「おはよう、リサ」

「行こうか」

「うん」


自然に手が触れて、そのまま店内へ入った。



店の中は広く、テントや寝袋、ランタン、調理器具が整然と並んでいた。

木の香りと冷房の風が混ざって、どこか森の空気を思わせる。


「すごいね」

「本当ね。まずはテントから見ようか」


ふたりは並んで歩きながら、展示品を一つひとつ覗き込んだ。

テントの骨組みや布地を眺めるリサの横顔に、エリックは自然と笑みを浮かべる。



店員が近づき、にこやかに声をかけた。

「お二人でキャンプですか?」

「はい」

「初めてですか?」

「ええ」


「お二人用ですか?」


その言葉に、エリックとリサは顔を見合わせ、同時に小さく頷いた。

一瞬だけ視線がぶつかり、頬に淡い紅が差す。


「こちらが人気ですよ。設営も簡単で、初心者の方でも15分ほどで立てられます」

「それなら安心ね」

「うん、これにしようか」


短いやり取りなのに、どこか照れくさい。

でも、そんな空気さえ心地よかった。



次に向かった寝袋コーナーでは、店員が軽い口調で言った。

「カップルの方には、こちらのダブルサイズも人気ですよ」


リサが固まり、エリックも思わず目をそらす。

「え……」

「どうする?」

「えーっと……」


少し間を置いて、リサが答えた。

「一人用を二つください」


店員が笑顔で頷いて離れていくと、ふたりの間に微妙な沈黙が残った。


「……良かったの?」

「うん。とりあえず、形だけでも」

「形だけ?」

「実際は、その時に考えるわ」


リサの言葉に、エリックの喉が小さく鳴った。

視線を合わせられず、二人とも小さく笑った。



ランタン、マット、調理器具、クーラーボックス。

選んでいくうちに、少しずつ空気が柔らかくなっていく。


「このランタン、明るすぎるかな?」

「でも夜は暗いし、少し明るい方が安心かも」

「そうね。じゃあ、これにしよう」


ひとつ決めるたびに、どちらともなく笑顔がこぼれる。

何かを“二人で決める”ということが、こんなに楽しいとは思わなかった。



会計を終えると、想像より高い金額にエリックが小さく苦笑した。

「結構かかったね」

「でも、いい買い物だったわ」

「うん。二人の思い出だから」


リサの頬が、少しだけ赤く染まる。



荷物を車に積み込んだあと、二人は近くのカフェに入った。

窓際の席で、アイスコーヒーの氷がカランと音を立てる。


「楽しかったね」

「うん。でも……」

リサが少し間を置いて言う。

「緊張してるの」


「僕も」

「本当?」

「すごく」


リサがそっと、テーブルの上でエリックの手を握った。

「でも、楽しみね」

「うん」


その言葉だけで、店内のざわめきが遠くに感じられた。



帰り道。

リサの家の前で、二人は自然に抱き合った。

少し長めの、静かで優しいキス。


「来週、楽しみだね」

「私も」


リサの声が、夏の風に混ざって消えていった。



夜。

エリックは部屋で、買ってきたテントを広げていた。

金具の音が静かに響く。


(ちゃんと立てられるかな)

不安と期待が入り混じる。


同じ頃、リサも自室で服を並べていた。

鏡の中の自分が、いつもより少し柔らかく見えた。


(エリックと、二人きりで)

自然と頬が熱くなる。


誰も知らない未来の夜に、

二人の運命の歯車が、静かに回り始めていた。

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