第15話 エドガーの観察日記ー司祭と研究者の視点からー
エドガー・マッツァンティは、ラボのコーヒーメーカーの前で腕組みをしていた。
目の前では、エリックとリサが実験データについて議論している。
しかし、その様子を見ていると、何かがおかしい。
(あいつら……なんか変だな)
エドガーは内心でそう思いながら、二人の様子を観察していた。
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「このデータ、もう少し精度を上げられそうだね」
エリックがグラフを指差しながら言う。
「そうね。サンプル数を増やせば、より確実な結果が得られると思う」
リサが答えながら、エリックの手元を見つめる。
その視線が、データではなく彼の指先に向けられているのを、エドガーは見逃さなかった。
「あの……エリック」
「ん?」
「髪、少し乱れてるよ」
リサがそっとエリックの前髪を直す。
その動作は自然だったが、明らかに恋人のそれだった。
(おいおい、これは完全に……)
エドガーは心の中で苦笑した。
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昼食時、エドガーは二人と一緒にカフェテリアにいた。
「最近、研究順調そうじゃないか」
エドガーが何気なく言うと、二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「そうですね。エリックと一緒だと、とても研究も捗ります」
「リサさんのおかげで、僕も勉強になることが多くて助かってる」
お互いを褒め合う二人。
だが、その褒め方が明らかに「研究パートナー」の域を超えている。
「へえ、そりゃ良かった」
エドガーが意味深に笑うと、二人は少し慌てたような表情を見せた。
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(科学者として、冷静に分析してみるか)
行動パターンの変化:以前はエリックが一方的にリサを見つめていたが、最近は相互的になっている。
距離感の変化:物理的距離が明らかに近くなった。実験中、必要以上に近づく場面が多い。
言葉遣いの変化:敬語が減り、より親密な口調になっている。
生理学的反応:二人とも、相手の話をする時に瞳孔が拡大し、頬に軽い紅潮が見られる。
──観察記録として、これは明確な恋愛初期反応である。
(これは間違いなく……恋愛関係に発展してるな)
エドガーはコーヒーを一口飲みながら、小さく頷いた。
⸻
夕方、エドガーは一人で研究室に残っていた。
エリックとリサは「図書館で資料調べをする」と言って出かけていったが、
最近の二人を見ていると、純粋に勉強だけで終わるとは思えない。
(まあ、悪いことじゃないけどな)
エドガーは窓の外を見ながら思った。
司祭として、人間の愛について考えることがある。
愛は、神が人に与えた最も美しい感情の一つだ。
特に、二人のように純粋で真摯な関係には、祝福を送りたくなる。
(エリックの奴、昔から真面目すぎるところがあったからな。リサみたいな聡明な女性と一緒にいることで、人間としても成長するだろう)
⸻
そんな時、エリックが一人で研究室に戻ってきた。
「おう、エリック。リサは?」
「あ、エドガー。リサは図書館にいるよ」
「リサ、って言ったな今」
エドガーがにやりと笑うと、エリックの顔が真っ赤になった。
「え、いや、その……」
「別に責めてるわけじゃないぞ。ただ、お前の口から“リサさん”じゃなくて“リサ”って言葉が出るようになったんだなって思ってさ」
「……バレてた?」
「バレバレだ。俺の目を誤魔化そうったって無理だぜ」
エドガーが笑いながら言うと、エリックは観念したように苦笑した。
⸻
「いつから?」
「この前の研究休みの日に、湖畔に行ってから……正式に、というか」
「ほう。で、どうなんだ?」
「どうって?」
「幸せか?」
エリックの表情が、一瞬で柔らかくなった。
「うん!毎日が充実してる。今度一緒に科学博物館に行くんだ。もちろん、研究も兼ねてね」
その答えを聞いて、エドガーは満足そうに頷いた。
「そりゃ良かった。リサも同じ気持ちだろうな」
「そう思うよ。少なくとも、そう信じたい」
(この純粋さよ……)
エドガーは心の中で笑った。
⸻
二人とも、恋愛に関しては本当に初心者だ。
でも、その分、真剣で一途。見ていて微笑ましくなる。
「一つだけ言っておくぞ、エリック」
「はい?」
「リサを大切にしろよ。あの子は、本当に純粋で優しい子だからな」
「もちろん。彼女を傷つけるようなことは、絶対にしない!」
エリックの真剣な表情を見て、エドガーは安心した。
(司祭である自分が、恋愛を羨ましく思うなんて……神様はきっと笑ってるだろう)
⸻
その夜、エドガーは自分の部屋で日記を開いた。
『今日、エリックとリサの関係が正式になったことを知った。
二人とも、とても幸せそうだ。
この変化は突然ではない。
少しずつ積み重ねてきた時間の中で、確かに芽生え、育っていったものだ。
人間の愛とは不思議なものだ。
科学的に分析すれば脳内の化学反応に過ぎないかもしれない。
しかし、それを超えた何かがある。
二人を見ていると、愛が人を成長させる力を感じる。
エリックはより自信を持つようになったし、リサはより柔らかい表情を見せるようになった。
これも神の恵みの一つなのだろう。
明日からも、二人を温かく見守っていこう。
そして、必要な時は良きアドバイザーとして支えていきたい。』
⸻
数日後、エドガーがラボに入ると、二人が並んで実験データを見ていた。
「おはよう、お二人さん」
エドガーが意味深に挨拶すると、二人は少し照れたような笑顔を見せた。
「おはようございます、エドガーさん」
リサが答える。最近、彼女も随分とエドガーに対してフランクになった。
「研究、順調そうだな」
「うん。今のところはスムーズだよ」
「それは何よりだ」
⸻
エドガーは心の中で考えた。
(二人とも、本当に幸せそうだな)
司祭として、友人として、エドガーは二人の関係を心から祝福していた。
真実の愛には、神の恵みが宿る。
そして、二人の関係には確かにそれが感じられた。
(この二人の歩む先に、どんな試練があっても――きっと愛が導くだろう)
エドガーは静かに微笑み、二人の幸せそうな背中を見守っていた。
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