転生したらツィマッド社製の重MSでした


 ハセベは自らの間抜け過ぎる死にざまをようやくと思い出し、ひどく落ち込んだ。――冗談にしたってお粗末過ぎる最後だ。

 しかし、落胆していても始まらないと面を上げる。

 眼前には異様な景色が広がっている。不定形な暗褐色あんかっしょくの岩肌で構成された世界。遠くには何やら毒々しい色合いのもやが立ち込めていた。

 野外であるのは知れるが、まるで見た事もない場所だ。

 何もない虚空目掛けてその情けない声を飛ばす。

「えっと……もしもし、すいません、あのぉ……」

「っるせーな、ここにいるって」

「――おわ⁉」

 予想していなかった場所――自身のひざ元から返事がきたので変に声を上げるハセベ。

 そこには薄緑をした大きめの法衣を着た子供がいた。

「あ、確かアティリエルさんの方でしたっけ?」

 くせの強い黒髪の女の子にハセベはそううかがいを立てた。

「アティでいい。ファナの方は、あー……アイツはいつもこうなんだ。その内、泣きながらやってくるだろ」

 不機嫌というか、気だるげというか。

 その眼の下にはくまのようなものが浮いていて、とても小さな子供には見えないすさんだ表情をしている。

「びえーん‼ アティ! どこぉー⁉」

 と、上空からそんな泣き声が響き渡る。

 見遣ると同じような法衣姿の幼子がなんと空を舞っている。

 だぼだぼの法衣の背中からは小さな白い羽根。それを必死でぱたぱたと動かし、幼子は上空から必死で辺りを見回していた。

「きたか、こっちだ――このボケボケ天使」

「――アティ!」

 直ぐ真下の自分達には気づかなかったようで、アティの発したその声に嬉しそうに顔を向けた。

「うえぇーん!」

「ったく――面倒臭いな、お前は」

 急降下でやってきたもう一人がはっしと抱きついた。

 それを鬱陶うっとうしげにぐぐぐっと引きがして、黒髪がそう嘆息する。

「えと、こちらがファナネルさんでしたよね」 

 ハセベが確認の声を掛けた。

 彼女も癖っ毛だが明るい金髪だ。こちらは歳相応と言えばいいのか、ごく素直に感情をその幼い顔に表している。

 そんな二人は勿論もちろん、只の人間ではない。

 ヴァルグエヌと自らをそう名乗った天使覆面レスラーの部下であるという事で、彼女らもつまりは天使の一員。――ただし、まだ見習いらしい。

 二人とも癖の多い髪をショートにそろえて全く同じ格好をしている。

 黒髪でギザギザな髪質、そしてなんともえた表情なのがアティリエル。金髪でくるんとした髪質、そして天真てんしん爛漫らんまんなのがファナネルだ。

「お前、いい加減ちゃんと座標おぼえろよ」

「わかってるよぉ」

 未だに涙目な相方のおでこをぺしっと一発叩いて、アティはそのだるそうな目をハセベに向けた。

「さてと――勇者ハセベ、聞いてると思うが、あんたにはこの世界を救ってもらう」

「ゆ、勇者……」

「あたしらはその補佐を担当するよう命じられた。まあ、よろしく」

「よろしくね、勇者ハセベ! わたしの事はファナでいいよ!」

 切り替えよく立ち直ったファナがました顔で胸を張っていた。

 それを横目で呆れたように流してから、アティが話を続ける。

「ただ心して欲しいのは、あたしらは直接この現世とは関り合いを持てないって事だ。実質、あたしらの出来るのは助言程度さ」

「そうなんですか?」

「それが世界の摂理せつりってもんだ」

「はあ」

「基本的に、あたしらは現世ここにはいられない。逐一ちくいち地上したの状況も把握できてる訳じゃない。だから、何かの時だけ呼びだせ。そしたら、今みたいにこっち側で顕現するから」

「ケンゲンするよ!」

「つっても、頻繁ひんぱんには呼び出すなよ。のっぴきならなくなった時だけだぞ。あたしらも、天界での他の役目だってあんだからな」

「ヤクメがあるんだよ! ……あれ? ねえ、アティ? わたしたち、何か他に仕事ってあった?」

「だまれファナ。あと、呼び出す時間帯もちゃんと考えろ。特にあたしは朝が苦手なんだ。くれぐれも早朝とかふざけた時間帯に呼び出してくれるな」

「アティは朝起きるのがほんとに苦手なんだ! わたしは朝起きるの得意だけど、でも逆に夜は早くに寝ちゃうんだ」

「うるさいファナ。それからもう察してると思うが、ファナは救いようのない阿呆アホだからこいつには何も期待するな」

「わたしったら救いようのないアホなんだ! ……ってぇ、ひどいよ! アティ!」

「で、何かきたい事とかあるか?」

「……いや、分からない事が多過ぎてまとめられないです」

「まあ、そうくると思ってた。いいさ、今日は初日だ。特別サービスで気が済むまで付き合ってやるよ」

「わお! どしたのアティ、なんで今日はそんなに気前がいいの? ――イタイ! なんでぶつの⁉」

「ほら、何でもいいぞ」

 横のファナを無造作にべちっとやったアティが、言葉の割にはさも面倒臭げにそう催促する。

 ハセベは色々と知らなければならないその事柄の中で、まず何よりも最も身近なものについての説明を求めた。

「それじゃあやっぱり、この……身体についてですかね」

 これまでずっと違和感を覚えっぱなしだったそれ。

 何やら、やたらと自身の視界が高いのだ。そうでなくとも今の自身の異様な状態の事――腕や足のサイズが桁違いな事など嫌でも判る。

「その身体は〈魔鋼の王〉ことアラン・マグフィのものだ」

「あの劇中の黒騎士さんの……」

 今のハセベは全身が限りなく黒に近い緑色をした分厚い甲冑かっちゅう姿だ。

 そしてなんと自身の胸元には一振りの剣が突き刺さっている。その刀身は鎧をいて貫き、背中にまで達している。

 痛みはまるでない。

 胸を貫通しているのに出血すらない。

 剣が突き刺さっている部分――その切り裂かれた鎧の奥に見えるのは、機械的な部品や配線の数々だ。

「使用された〈次元回廊の魔石〉の影響によりアランの精神が吹き飛び、代わりって訳でもないが、お前の精神がこっちに迷い込んできたもんだから空っぽになったそいつに放り込んだそうな」

 その説明をされている合間で、ハセベは自らの肉体を軽く動かしてみた。

 関節を動かす度にギュィィンと鳴る。胴体も首も360度近く横に回転させる事が可能だ。足などにはサスペンションでも入っているのか地面を踏む度にガションガションと独特な音を発していた。 

「モビルスーツ?」

 正確にはロボットと表現したかった。

 鉄黒てつぐろ色をした分厚い装甲鎧は外側だけで、その中身はまんまロボットだ。

「ドワーフ秘伝のオートマトン――どういう経緯けいいか知らんが、奴はそのドワーフの古代技術を用いて自身の身体を機械仕掛けに変えちまったのさ」

「そのアランって人はどういう……?」

「あー、ちょい待て」

 会話を止め、アティはどこから取り出したのか、小さな冊子をめくってその項目をなぞりだした。

「シアード皇国の元大将軍で武芸百般に通じたとかいう。かつては〈黒獅子くろじしのアラン〉なんて大層な二つ名で呼ばれてたが、今は国から追われる身だとさ」

「で、そこに倒れている人が――」

「ルクシエラだな、皇国からアラン討伐を任されたリタルバーグ家最後の生き残り」

 再び冊子の違う項に眼を通し、だるそうに読み上げるアティ。

 ここの地面を中心として辺りがきゅう状にえぐり取られている。それもかなり広範囲にわたって。

 そんなクレーターの中心に自分達ともう一人――ハセベ達から少し離れた地面に、西洋の甲冑姿で長くつややか銀髪を広げるよう垂らしていた。

 その鎧は全身余す事なく金色であるが下品には映らない。

 またそれはうっすらと暖色に光り輝いていた。

 うかがい見たそのおもては、驚くくらいに美麗。まぶたは閉じられているが、それを開いた様を容易に想像できる程であった。

「この人、死んでないよね?」

「深く気を失ってるだけだ。一応、あれを死なすのはマズい。――らしい」

「どういう事です?」

「あーと……伝説の宝具の一つ、〈アルコンのいくさ鎧〉を受け継ぐ一族だとさ。それも残り最後となった血筋の持ち主、きっちり子を生ませ、鎧を正統に受け継がせるという役目がある。――そうだ」

「鎧って彼女が今着てるのですよね?」

「そうだが、あの女は本来の後継者じゃないな。我らが主カイゼル様が定めたそのことわりじ曲げた奴等がいる」

「えと、そういう事って許してるんですか? その神様、カイゼル様は?」

勿論もちろん、許しちゃいない。そもそも人間ども、カイゼル様が定めた唯一無二の聖典を新解釈だなんだと言い訳つけて、自分達の好きなように改竄かいざんしてやがんだ。そんなの認めるはずがないだろ」

 冊子から顔を上げ、さも不機嫌にアティはこちらを見上げる。

「なら――」

「そうは言っても、基本的にカイゼル様は直接的な介入を許してないんだよ。あたしらだって許しが出るなら調子づいてる馬鹿な人間共を燃やしつくしてやりたいね」

 思わず身を引く思いのハセベだ。

 ちなみにファナの方は長い話が聞けないタイプなのか、立ったまま器用に船をいでいる。

 救いようない何たらというのは本当らしい。

「ともかく〈アルコンの戦鎧〉の件も含め、〈次元回廊の魔石〉の使用によって引き起こされた今回の時空変遷へんせん――その裏の事情をあんたは突き止めるんだ。そしてそれらの禁忌の力を使用させないようにも動いてもらう」

「あの、具体的にはどういう事をすれば?」

「まずはそうだな、あの女から鎧を引っぺがせ。そんで〈次元回廊の魔石〉のその欠片の事も聞きだして、その出所を探る。それが第一だな」

「探るって……でも、そんなの皆さんなら簡単に分かるんじゃ?」

「そりゃカイゼル様なら全てをお見通しだけど、あたしらのような末端にそこまでの千里眼なんかありゃしない」

「じゃあそのカイゼル様に教えて貰えばいいのでは?」

「馬鹿、そんなおそれ多い事できるわけないだろ」

「……そういうもんなの?」

「そういうもんだ。そもそも、さっきも言ったが、基本的に天上界とこの地上とは断絶されてんだよ。この地上の状況を探るのにだって、高位存在が準備期間と莫大ばくだいな力を行使してのみ可能なんだ。それを今無理して繋げてるんだ。そのしわ寄せが、いずれどこかに発現するのを覚悟でな。分かるか? 普通にヤバイんだよ」

「つまり、お二人が今ここにいる事もヤバイって事……?」

「そうでもない」

「へ?」

「あたしら程度の下位存在なら、この現世に実体を持ち得てもそう厄介な事態にはならない。力が弱い分、影響力も弱いのさ」

「あー、そういう感じですか」

「ともかく、贅沢ぜいたく言ってんな。お前が意識を保ったままエバーフィールド行き来してる時点でとんでもない例外中の例外なんだぞ」

「エバーフィールドとは?」

「現世と天上界をへだてる不可侵にして無限の領域。通常、意識も記憶も全て曖昧あいまいになるまで溶け合った状態の魂でなければこれを抜けれない」

「なんか釈然としないけど、まあ、大体は把握しました」

「よし――じゃあ今日はここまで」

「あ、もう行っちゃうんですか」

「忙しいんだよ、色々な。ほらファナ、帰るぞこのボケナス」

「――あだっ!」

 今一度、その頭をべちこんとやって、アティは寝ぼけまなこの相方を引っ掴んだ。

 そしてそのまま小さな羽根を広げて中空へ昇り、一定の距離で滞空する。

「あとそうだ、その女、さっさとここから移動させろ」

「どういう事ですか?」

「ここの瘴気しょうきは人間には毒なんだよ。お前は平気だろうけどな」

 そう言われて気づいたが、遠くをけぶっていた薄紫のもやが次第と辺りにも立ち込め始めている。

 この土地の特殊な性質か、裂け目のような崖下がいかから際限なく漂ってくる。

「この人、捨て身の覚悟でこんな場所に……」

「それもあるが――あれだ、鎧を見てみろ、発する燐光がだいぶ弱まってきてるだろ。さっきも言ったがそいつ正統な継承者じゃない、鎧の機能が不完全なのさ。魔石の使用によるダメージもあるしな」

 確かにさっき見た時よりも輝きが弱まっている。

 気を失っている事も相まって色々と危うい状態らしい。

「じゃーねー勇者ハセベ、ばいばーい」

 まだ寝ぼけているらしいファナは、それでもアティに首根っこを掴まれながら両手をこちらに振った。

 すると二人の天使の姿が矢庭やにわに輝き、その光度が最大に達した瞬間にぱっと光の粒子と化した。

 そして淡く残滓ざんしを散らしながらその光がハセベの元に降りてくる。

 掌を受け皿にそれをすくうと、そこには麻の人形が二つだ。

 これが彼女達が現世に顕現するための拠りしろであるという。

 残されたハセベはその愛らしい人形を失くさぬよう大事にふところにしまって――

 しかし、やる方なくまだ空を眺めていた。

「とんでもない事になっちゃったなあ」

 これが夢であるなどと、そういう現実逃避も出来ないレベル。

 再度、自分のその身体をあらためてみる。

 いかついフォルムの装甲鎧に、まるで獅子の如きたてがみが飾りつけられた大兜。

 胸には未だ細やかな紋様が刻まれた剣が突き刺さっている。

 ちょっとした興味からそれを無造作に引き抜く。鈍い手応えと共に機械質の部品が弾け跳び、火花が散る。けれど痛みは感じない。

 自身はもう血も通っていない鋼鉄のオブジェへと成り下がってしまったらしい。

 意識してみても心音など聞こえず、代わりに機械がその歯車によって稼動するような無機質な音が響いていた。

「ともかく、あの人を安全な場所に運ばなきゃ」

 そうぼやき、ハセベは剣を放り落として銀髪の女性の元へと向かった。

 近くで見れば見るほどにその人は綺麗な面立ちをしていた。これまでのハセベの人生で出会った事もない部類。

 だと言うのに、異性と手すら握った事のない童貞であるはずの彼はその事にときめきもしない。

 身体だけでなく心も機械質になってしまった様だ。

「失礼しまーす」

 意識のない相手にそう声をかけてから、その身をかつぎ上げて背負うのだった。

 

 クレーターから這い上がってはみたものの、どちらの方へ向かえばいいのやら。

 この場所にある唯一の人工物――黒煉瓦レンガの城のその残骸が見えた。

 ヴァルグエヌのお手製人形劇では臨場感りんじょうかんに欠けたが、実際の場面はこうも凄まじいようだ。

 余波だけで城一つを倒壊とうかいさせている。

 地形を変えてしまうほどのエネルギー、現代兵器に照らし合わせると戦術核レベルの威力に値するかもしれない。

 ともかく、ハセベはこの地から離れなければならない。

 目星をつけて歩を進めた。 

 だが直進していると行き当たるのは切り立った崖や底知れぬ大穴など。

 どうやらここの地形は相当に厄介なものであるらしい。

 これでは、この地を抜け切るのにどれだけ時間が掛かるか知れたものではない。

「なんだよこれ……こっちも空とか気軽に飛べたらな」

 その自身が漏らした独り事に、ハセベはふと妙な感覚が生まれる。

 有り体に言ってそれは錯覚と呼べるもの。

 自身は空を飛べなくともそれに限りなく近い事が可能であったという思い過ごし。

 ――いや、それはまさに肉体の記憶とでも言い改めるべきだった。

 奇妙な既知感――それに囚われてハセベが何気なく足を動かそうとした時、自身の足がいきなり変形を果たしたのだから驚かないはずがない。

 ガシャガシャンという変形音を発して、自分のふくはぎの辺りが本当にそういう機構が備わっていたらしく組み変わった。

 そして次の瞬間、その両足から炎を吐いてハセベの身体が推進力を得た。

 この身体にはジェットエンジン的なものが搭載でもされているのか。

 気流を自ら生み出し、その反作用によってハセベは滑空する。――所謂いわゆる、ホバークラフトの原理。

「やっぱりモビルスーツだこれ‼」

 ゴォォォォッというジェットエンジンのうなりを引きつれ、ハセベは風と一つになってもやを切り裂き進むのだった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る