『星降るよるに』

 夏の暑さが和らぎ、朝夕が少し肌寒い。


 約束までは一時間も早い。

 だけど私はそれでよかった。この待ち時間、彼のことを想ってあれこれ考えるのが、たまらなく楽しいのだ。


 今日はどんな格好をして来るのだろう?

 一言目は何だろう? また「遅れてもごめん」とか言いながら、頭を掻いて、軽く照れ笑いしながら、小走りでやってくるのだろうか?

 そのあと、どこへ連れて行ってくれるのだろう? もう時間も遅いから、レイトショーの映画でも観て、ディナーでも食べるのだろうか。

 映画の話をしながら、とりとめもない時間を過ごして、お店を出たら、少しはにかんだ顔をして、私の手をひいて、繁華街の外へゆくのだろうか。


 私はひとり妄想に耽り、彼を待つ。


 あと十分。


 いつも通り、彼は現れない。

 それでも私はサプライズ的に早く来るかも知れないと、期待を膨らませる。


 あと五分。


 この時点で時間通りに来ることは諦めた。きっと今日も寝坊して、ボサボサの頭のままやってくるのだろう、とほくそ笑む。


 約束の時間。


 予定通り、彼は現れない。私はいつものように苦笑いをして、腕時計を眺めた。今日は何分遅れかな? なんて。


 五分が過ぎた。


 いつも通り、彼はこんな早くに現れない。三十分、一時間は当たり前の人だから。それでも早く来てくるれる事を期待する私。


 十分が過ぎた。


 ほらね? 少なくとも三十分を過ぎなければ彼は来ない。私は少し歩いて、気を紛らした。


 三十分が過ぎた。


 壁にもたれる。同じように待っていた人は皆居なくなって、別の人がまた誰かを待つ。


 一時間が過ぎた。


 罰が必要ね? 私はため息をついて、彼が来るであろう方角を見た。


 二時間が過ぎた。


 もうレイトショーはない。ディナーに行けたら良いと、割り切った。


 三時間が過ぎた。


 辺りには人はいない。ディナーにも間に合わない。


 これはもう、ダメ⋯⋯かな?


 目の前に見上げほどに大きな木。

 甘い香り、金木犀だ。

 その向こうの空は曇天で、今の私のように雨が降り出しそうだ。


 金色の小さな花がたくさん咲いている。

 パラパラと降り注ぐ、花。


 見ると、星のような形をしていて、何より香りが優しい。


 パラパラ。

 パラパラ。


 星屑が降り注ぐ。

 馥郁とした香りが私をなだめるように。


 ハラハラ。

 ハラハラ。


 涙がこぼれた。


 わかってる。

 あの人はもう現れることはない。


 現実を受け入れる事が出来ない私が、ここにいる。


「ごめん、待たせたね?」


 星降るよるに

 なつかしい

 あなたの香りがした。

 

 



        了





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