第二話 同居生活開始

「じゃ、今日からよろしくね」

「……は?」


気づけば俺の隣にその少女が歩いていた。

いや、さっきまで神社にいたよな?何で自然に横に並んでんの?


「ちょっと!無視しないでよ〜せっかく“信者第一号”をゲットしたんだから!」

「誰が信者だ!ていうか勝手についてくんな!」


俺は必死に振り払おうとしたけど、通行人は誰も彼女に気づかない。

まるで俺がひとりで空気に向かって怒鳴ってるみたいだ。

……やべぇ、完全に不審者だ。


「だってぇ、君しか見えないんだもん。君の家、お風呂ある?」

「なんで風呂!?」

「神様だって疲れるんだよ。お祓いの代わりに入浴!ね!」


そう言って笑う彼女の瞳は、またぞわっと背筋を刺すくらい澄みきっている。

光を反射しすぎて、人間の目じゃないみたいに。


俺は足早に歩く。

振り切ろうと何度も角を曲がっても、振り返れば必ず数歩後ろを歩いている。

笑顔のまま、影のように。


「……ついてくんな」

「え?信仰心を育てるにはまず同居からだよ? ほら、神様といえば氏子との共同生活!」

「聞いたことねぇよ!」


そうして、気づけば俺の家の玄関前。

俺が鍵を差し込むより先に、彼女はすっと引き戸を開けて中に入っていった。


……俺、鍵閉め忘れてたか?

それとも——そもそも鍵なんて最初から意味なかったのか。


「おじゃましまーす! あ、ここが私の部屋でしょ?」

「勝手に決めんな!そこ俺の部屋だ!」


夕飯の匂いが漂ういつもの家なのに、どこか薄暗く見える。

そして気づく。

——影が一つ、多い。

このときの俺は、対して気にせずに部屋に入ってしまった。


「ねぇねぇ、この冷蔵庫の中身、なんか質素じゃない?」

勝手に俺の家に居座った“神様”は、冷蔵庫を覗き込みながら頬を膨らませた。


「質素って……一人暮らしの男子高生なんてこんなもんだろ」

「はぁ〜、神に供える気持ちゼロ! せめてプリンくらい買ってきてよ。私はカスタード派ね」

「要求が庶民的すぎるんだよ!」


俺は頭を抱えた。

この女、本当に神様なのか?

ただのずうずうしい怪異じゃないのか?


そう思っていた、そのとき。


——カタ、カタカタ……。


台所の隅、流しの下から小さな手が這い出してきた。

灰色で細長い、人間のものじゃない手だ。

冷たい爪が床をカリカリと引っかく音に、俺の背筋は凍りつく。


「……っ!」

思わず後ずさる俺を横目に、彼女はプリンを食べたいだの言っていた顔を一瞬で引き締めた。


「出ておいで、ちっちゃいの」


声が、低い。

澄んだ瞳がさらに深い闇を映し出し、ただそこにいるだけで空気が変わった。


バンッ!

影のような腕が伸びきった瞬間、彼女は軽く指を鳴らした。


灰色の手は一瞬で霧散し、台所には何事もなかったかのような静けさが戻る。


「はい、解決〜!」

ぱちん、と手を払って振り返る彼女は、いつもの笑顔に戻っていた。

「さ、プリン買いに行こっか!」


俺は言葉を失った。

今のは確かに怪異だった。

そして彼女は、それを軽く祓った。


「……お前、怪異を、祓えるのか...?」

「当然でしょ?神様なんだからさ〜」

笑いながら、彼女は俺の肩に手を置いた。

その手が冷たいのか温かいのか、最後まで分からなかった。

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