F-2グループ

Global Warfare

2022年2月21日

イエメン沖 アラビア海


 深夜の洋上を2機の『MH-60S』多用途ヘリが低空で飛行している。同海域に展開するアメリカ海軍の強襲揚陸艦『アメリカ』より発艦した機体だ。

 目標は大量破壊兵器を積んでいるとの情報があるタンザニア船籍の中型貨物船。NSA(国家安全保障局)がハッキングで船のシステムを掌握し、航行不能にして救援要請も偽の管制センターにしか繋がらないよう細工、救助隊と称して特殊部隊を送り込む作戦だった。


「船まで後5分だ! 任務の最終確認をするぞ!」

「了解、ボス!」

「ヘリから降下後、甲板を制圧! 目標のコンテナの中身を確認し、積荷の大量破壊兵器を回収部隊の到着まで確保することだ!」


 一方のヘリのキャビンでは特殊部隊Navy SEALsのチーム6所属で、今回の作戦で部隊を率いるウォーカー大尉が身振りも交え、エンジンやメインローターの出す騒音に負けないよう大声で3人の部下達と話し合っていた。

 大尉を含めた全員が中東仕様のデジタルパターン迷彩服とボディアーマーを身に着け、予備弾倉や手榴弾を収めたポーチ類を身体の前後に幾つも装着して強化樹脂製のヘルメットを被っていた。

 また、手にはバイカーが使うようなナイロン製グローブをはめ、肘や膝には強化樹脂製のプロテクターを装着し、足元はジャングルブーツで統一されている。

 利き手側の太腿には『Mk24』ハンドガンを収めたホルスター、腰には鞘に収めたタクティカルナイフを装備し、黒のフェイスペイントで素顔を隠してからNVG(暗視装置)を装着。


「あと1分! 降下用意!」


 この言葉で緊張感が一気に高まり、隊員達がそれぞれのメイン武器を降下に備えてスリングで身体に密着させて固定した。

 部下の1人が『Mk46 Mod1』軽機関銃を持ち、他は『HK416』カービンで両銃ともホロサイト・低倍率スコープ・赤外線レーザーサイト・フォアグリップが装着されている。

 ただし、『HK416』カービンのうち1丁はフォアグリップの代わりに『M26』アンダーバレル式ショットガンを装着していた。


「目標到達!」


 貨物船の船首側に大尉たちの搭乗する機体、船尾側に副部隊長の率いるチームの搭乗する機体が進入して高度40ftでホバリングすると同時に機長が叫ぶ。次の瞬間、ヘリの乗員が既に開け放たれていた機体両側のキャビンドアから船に向かって太いロープを1本ずつ垂らす。


「Go,Go,Go!」


 命令を出す大尉を先頭にSEALs隊員達は、すかさずロープを両手で掴むと短い間隔で機外へ飛び出し、手の握力だけで降下速度をコントロールするファストロープ降下で一気に甲板まで降りていく。


「全員、私に続け!」

「了解!」


 彼らは着地と同時に銃を構えて歩き出し、視線と銃口を一致させる動きで周囲を警戒しつつ素早く移動していく。そして隊列を組み、死角ができないよう互いにカバーしながら甲板に固定してあるコンテナや建設機械などの雑多な貨物の間を船尾方向へ進んだ。

 彼らを送り出したヘリはロープを切り離して高度を上げると超低速飛行に切り替え、ドアガンとして機体側面の両側に装備した『GAU-17/A』ガトリングガンによる援護射撃の態勢を整えた。


「敵だ。始末する」


 大尉は上空のヘリに気を取られ、周囲への警戒が疎かになっているアサルトライフルで武装した2人の戦闘員を物陰から覗いた際に発見する。すると、そこを飛び出して射線を確保しつつ流れるように銃口を動かし、それぞれの標的に重なった瞬間にだけ短い連射を浴びせて射殺した。


「2名制圧!」


 その直後、ヘリの機長から通信が入った。


「敵の増援を確認した。こちらで対処する」


 続いてガトリングガン特有の射撃音が辺りに響き渡る。3000発/分の発射速度を誇るガトリングガンの前に、7~8人いた敵集団が5秒とかからず全滅する。


「制圧完了」

「援護に感謝する」


 こうして移動を再開した彼らは、大尉の射殺した敵の死体が転がる脇を警戒しつつ通過し、さらに船尾側へと進んでいくと、いきなり銃撃を受けた。


「下がれ、敵だ!」


 咄嗟に大尉が遮蔽物に身を隠しながら命令する。そして、覗き込むようにして敵の数と位置を確認した。


「側面へ回り込む。援護しろ」

「了解」


 軽機関銃の射手を含む2人の隊員に援護を命じ、大尉は隊員の1人を連れて走り出す。2人の隊員が断続的な射撃で敵を牽制する中、大尉達は素早く移動して射線を確保。建設機械の間に隠れて銃撃を凌いでいた敵を射殺した。


「1名制圧!」


 その後、合流して少し進んだ所で目標のコンテナを発見した彼らは周囲の安全を確かめ、扉の前に集合してコンテナ内への突入態勢を取る。


「よし、やれ!」


 隊員の1人がショットガンで鍵を破壊し、別の隊員が扉を開け、大尉が警戒しつつ中を確認すると空だった。同時に作戦本部からの耳を疑う通信が聞こえてくる。


「全員、聞け! 作戦中止だ。テルアビブが消滅した」

「まさか……」

「大尉、それって……」


 あまりの衝撃に隊員達にも動揺が広がっていた。


「落ち着け。本部からの命令だ。艦に戻るぞ」


 隊長として冷静さを装った大尉は、それだけ言うと帰還の準備に取り掛かった。


   ◆


アメリカ合衆国 ワシントンDC ホワイトハウス


 イスラエル有数の大都市テルアビブが核爆発で消滅してから2日間、ほぼ不眠不休で事態の収拾にあたっていた合衆国大統領は疲れを隠せなくなっていた。


「こっちに来てくれ」


 それでもイスラエル首相との電話会談を終えた大統領は、隣の部屋で待機させていた閣僚や補佐官達を内線で執務室に呼び寄せる。


「イランへの報復攻撃は20時間後に行うそうだ」


 彼らが椅子に座ると、大統領は結論のみ伝えた。


「攻撃は通常兵器のみですか? それとも……」

「彼曰く、”あらゆる手段を用いて行う”とのことだ」


 国防長官の質問に大統領が答え、それが場の空気をより一層重たいものにする。イスラエルは公式には認めていないが、核保有国だとする指摘は昔からあり、ここにいる者達は事実を知っていた。

 つまり、イスラエルは核攻撃を受けたのだから核兵器で反撃するのは当然の権利だと主張しているのだ。さらに核攻撃を受けた事でイスラエルの世論も報復一辺倒になり、アメリカによる自制の呼びかけにも応じる気配がない。


「EU(ヨーロッパ連合)や他の国々の反応は?」

「国務省によると、どこもイスラエルの行動を容認するらしい。自国民に犠牲が出ているからな」

「そうですか……」


 半ば、あきらめたように国防長官が呟いた。イスラエルはエルサレムを首都と定めているが、アメリカを含む少数の例外を除いて大多数の国はパレスチナ問題を理由に大使館をテルアビブに置いている。自国の大使館を攻撃されて黙っている国はないだろう。


「それでイランが攻撃したという確証は得られたのか?」


 今度は大統領が諜報機関を束ねる国家情報長官に尋ねた。


「イラン国内の港からアフリカ経由で運ばれた核弾頭が攻撃に使われたのは確かです。ただ、そこから先の情報が存在しないのです」

「どういう事だ?」

「分からないとしか……」


 国家情報長官の説明を受けた大統領は少し考えを巡らせてから発言する。


「なら、イスラエルはどうやってイランの仕業だと判断した? なにか我々の知らない情報を持っているのか?」

「その可能性はあります。しかし、両国の関係性を考えると状況証拠だけで充分なのかもしれません。いずれにしても、今となっては確かめる術はありませんが……」

「大統領、テルアビブには国防軍本部やモサド(対外諜報機関)の本部があったのですが、どちらも先の攻撃で壊滅しています」


 すかさず、大統領首席補佐官が国家情報長官の説明を補足した。


「他にも気になる情報があります」

「聞かせてくれ」

「ロシアがウクライナ国境一帯に、中国が台湾周辺に部隊を集結させています。それに伴って軍需物資の集積や軍事情報の増加もみられます」


 ロシアと中国の不穏な動きを国家情報長官から聞かされた大統領は、余計な問題が増えた事に顔をしかめるのだった。


   ◆


2022年2月24日

ベルギー ブリュッセル NATO本部


 核攻撃という未曽有の危機を受け、本来なら多くの関係者で騒然としているはずの場所は現在、不気味なまでの静寂に支配されていた。空調や電源は正常に稼働していて施設にも損傷はないが、人の活動する気配だけが感じられない。


「ここだ。手早く済ませるぞ」

「了解」


 否、ガスマスクと防護服で全身を覆い、サプレッサー付きの『AK-204』カービンで武装したロシア語を話す4人の集団が活動していた。

 空調システムにVX神経剤、いわゆる化学兵器を流して施設内の人員を無力化した彼らは、まだ動ける人に遭遇すると容赦なく射殺しながら目的の場所へ向かった。その無駄のない動きは明らかに高度な訓練を受けた人間のそれである。


「間違いない。この男だ」


 武装した男の1人は意識を失って床に倒れている人物、アメリカ国務長官の顔を確認すると、生死に関係なく頭に2発の銃弾を撃ち込んで確実に殺した。


「報告します。事務総長も始末したとのことです」

「よし、撤収するぞ」

「了解」


 別班がNATO事務総長を殺した報告を受けた男は、撤収命令を下すのと同時に歩き出す。そして、誰にも聞こえないぐらいの小さな声で呟いた。


「まずは、東ヨーロッパの支配を取り戻す。これは、そのための軍事侵攻の第一歩に過ぎない。世界の覇権を握るのは我々ロシアだ」


 ガスマスクのせいで外から表情は窺えないが、男の顔には狂気に満ちた笑みが広がっていた。

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