D-2グループ
陰キャ配信者は陽キャな後輩から逃げ出したい
「ばんわー。Kooだよー。今日もゲーム配信やってくよー。今夜は今話題の女子高生がガンガンお化けを倒すやーつ。いってみよー」
画面の中で俺が操っている女子高生がガンガン敵を倒していく。
つか、女子高生強いな。いや、俺の学校の女子たちも実はこんな感じだったりして……こえぇ。
『おー、さすがKoo。初見だっつーのにうめぇ』
『ひゃ! また来たっ!』
『狐面キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!』
『コイツやべくね?』
「ヤバヤバじゃん! つか儀式もやっば!」
画面の横を流れていくコメントに適宜返事をしながらゲームを進めていく。
気がつけばストーリーもだいぶ進んで、夜明けが近い時間になっていた。
「おっと、もうこんな時間ー。そろそろ寝る!」
『今から寝るのかよww』
『乙!』
「みんなも寝ろー。んじゃまたなー」
ゲームをセーブして、いつもの挨拶をしてから配信を切る。
イヤホンを外せば長時間さしっぱにしていたせいか、耳の孔に感じる部屋の空気が随分冷たく感じた。
「あー、起きれっかなぁ?」
コントローラーを握りっぱなしだったせいで凝り固まった全身をほぐしながら、スマホで時間を確認する。
登校時間まであと二時間ほど。……起きられる気がしなかった。
「……まぁ、学校行っても、俺がいてもいなくてもなんも変わんねぇしな」
自嘲というか自虐というか……。
さっきまで視聴者と盛り上がっていたゲーム配信者とは思えないほどの弱気な発言だ。
だけど仕方ない。ゲーム配信者の俺と学校の俺はまるで別人なんだから……。
「はー、寝よ寝よ。起きれたらラッキーってことで」
ごそごそと布団に包まれば、あっという間に意識は落ちていく。
なんの夢も見ないまま睡眠を貪れば、起きた頃には家を出る時間が迫っていた。
***
「ふぁぁぁ」
生あくびが止まらない。
寝不足な身体を引き摺ってなんとかたどり着いた教室で、俺はぼんやりと窓の外を眺めていた。
そんな俺を……教室にいるクラスメイトは誰も気にしない。
陰キャ、いるかいないかわからない存在、よくわらかないヤツ。
それが高校での俺、こと
別に好きでこうなったわけじゃ……ないと思う。
ただ高校の入学式前日からインフルエンザに罹って、やっと登校できた時には既に居場所がなかっただけだ。出だしに躓くと後々まで響くもんで。二年生になった今もそれが続いている。
それでも腐らずに通えてるのは……もう一人の俺の存在、ゲーム配信者Kooとして活動できているのが大きいだろう。
学校の教室以外に居場所を求める。少し前だったら不健全だと眉を顰められそうだけど、昨今ではそんな有様も受け入れられる。多様性ってやつだ。
だから俺は今日も今日とて教室の片隅ですみっ○ぐらしをするわけだ。一言も口をきくこともなく。選択制ボッチ万歳。慣れてしまえば、クラスの派閥や同調圧力に晒されることなく快適な学校生活が送れるってものだ。
そよそよと窓から吹き込む風が心地よい。柔らかな日差しと相まって眠気を誘う。
決して怠惰な質ではないと思うのだが……さすがに朝の四時まで起きていた身体にとってその誘惑は強力だった。
気が付けば俺は、机に突っ伏して意識を飛ばしていたのだった。
「……い。……おい。……きろ……」
どこか遠くから声が聞こえる。
だけど頬の下に感じる制服の感触が、気のせいだと告げていた。
だって学校でボッチの俺に声がかけられることなんて……。
「っ! おいっ! 起きろって! ちょっと!」
ぺしりと肩を叩かれて、意識が浮上する。
がばりと身体を起こせば、さっきまでうららかな景色を覗かせていた窓の外は茜色に染まっていた。
「……へぇ?!」
真っ赤に染まる教室を見回せば、俺を起こしたであろう人物が目に入った。
座っているとは言え見上げる程大きな人物、あかがね色に染まる教室に溶け込むような髪色をしたその人物は……。
「
校内の噂に疎い俺でも知ってる相手。バスケ部のエースだとか、高校一年にして校内三大イケメンの一角を担うとか、年上のおねーさまとお付き合いしているとか、色々噂のある人物が俺の顔を覗き込んでいた。
「もうすぐ最終下校時刻っすよ?」
三大イケメンは陰キャにも優しいらしい。自前のバッシュが入っているであろうシューズケースを持っている彼は、恐らく部活終わりの通りがかりに寝こけてる俺を見つけたのだろう。
「んぁ……。いや、助かった。サンキューな」
寝ぼけた目を擦りながらカバンを持つ。
何となく成り行きで昇降口まで一緒に向かうけど、もちろん会話はない。
ついでにそんなことで気まずさを覚えるほど繊細な心は既にすっかり失っていた。
「んあー。とりあえず起こしてくれて助かった。んじゃまたなー」
ひらりと手を振って、佐村から離れようとしたその瞬間。
「……何?」
腕を掴まれた。
そして佐村の口から落ちた言葉は、俺を硬直させるのに十分な破壊力があった。
「なぁ? アンタって……Koo?」
◇ ◇ ◇
ヤバいヤバいヤバい!
逢魔が時の薄闇に包まれた街中を全力疾走しながら、俺の頭の中には「ヤバい」の文字で溢れ返っていた。
ブリーチだろうに痛みを感じさせない金髪を沈んでく夕陽の色に染めたイケメンから告げられた言葉に、俺は返事をすることもなくくるりと踵を返した。そしてそのまま全力疾走だ。
普段使ってない肺が軋むような悲鳴を上げているが、とりあえず
僅かに夕陽の紅を残した紺碧のグラデーションが滲む空の下、やっとたどり着いた小さな公園で俺は大きく喘いでいた。
「こ、ここまでくれば……」
ぜぇはぁと息を吐きながら、ひざに手を付く。情けないほどに両ひざもふくらはぎも震えていた。
陰キャ舐めんな。運動なんて授業以外でまともにしちゃいないんだからな。
「……センパイ意外と足早いっすね」
「うっひぃぃぃ?!」
ポンと肩を叩かれ、情けない悲鳴を上げる。
飛びずさってから後ろを見れば、息一つ乱していない佐村が立っていた。マジか。これがバスケ部の実力か。入学早々レギュラーに選ばれ重要なポジションについたって噂は伊達じゃなかったか……。
「い、や、なん?! なんで追いかけてくんの?!」
「答え聞かせてもらってないんで。つか、逃げたってことは、アンタがKooで確定ですね?」
にやりと口角を上げるイケメン。顔が良いとそんな表情も似合うんだなぁって思考が現実逃避する。
じゃなくて。
「……だからなんだよ」
そう。それだ。
不貞腐れたガキのような口調になってしまったが仕方がない。
だいたい仮に俺がKooだったとしても、コイツになんの関係があるってんだ。
学校で吹聴でもするってか? 大半の人間は誰それ? で終わるだろうし、残り半分はだから何? で終わるだろう。
だから、コイツが何をもってここまで追いかけてきたかが分からない。
「いえ、別に……。ただアンタがKooだったら嬉しいなって思っただけで……」
……イケメンがそこではにかむなよ! 思わずキュンとしちまったじゃねーか! じゃなくてだなっ!
「……んで、俺がKooだったら嬉しいんだよ」
意味わかんね。
そう呟くと、イケメンは首痛いポーズをして微笑んだ。マジか……。ホントにそのポーズするヤツいるんだ……。
「いや俺、Kooの配信のファンなんですよ。ゲームのテクもすごいし、トークも軽妙で面白いし……それに……」
べた褒めだった。
引くほどべた褒めされた。
むしろ物理的に一歩引いた。
「それに……なんだよ」
「声が……好きなんですよねぇ」
恍惚という言葉がぴったりな
イケメンにそんな表情をさせるなんて罪づくりだなぁ俺ってば……なんて花畑思考を持っていたら選択制ボッチなんて極めていないんだよっ!
何考えているかわからない、得体の知れないイケメンなんて陰キャにとって恐怖の対象でしかない。
「そ、そうか……。いつも配信聞いてくれてんだ。ありがとな。じゃまたな!」
>陰キャボッチは戦略的撤退を選んだ。
「えぇ、次の配信も楽しみにしてますね。Kooさん。いやセンパイ? ところでセンパイのお名前は?」
>だが、まわりこまれてしまった!
再び逃げ出そうとした俺の腕を、バスケ部らしい華麗な動体視力を駆使して捕まえる佐村。
えぇ、名前言わなきゃダメか?
痛くはないががっちり握り締められた自分の腕と、女子がキャーキャー言ってる佐村のご尊顔を交互に見て、俺は諦めた。
佐村の黒い瞳は、何があろうと答えを聞くまで離さないと無言の圧を放っていた。
「松雪だよ」
「名前がですか?」
「名字だよ」
「お名前は?」
グイグイ来る佐村。つか怖えよ。コイツこんなにガンガンぐいぐい来るキャラだったっけ?
噂ではもっとこう……チャラくて人当たりも良いが去る者は追わず来る者は拒まずみたいなヤツって聞いてたんだが?
だけど、現実問題掴まれた腕は解放される気配がない。ヤツが望んでる
「……光輝」
見せつけるように深々とため息を吐いてから、名前を告げる。
何が嬉しいのかイマイチわかんねぇが、めちゃくちゃ笑顔になった。……え、こわっ。
「光輝センパイですね?」
あぁ、だからKooなんだ……。
やっと点いた公園の街灯に照らされて、心底嬉しそうに笑う佐村。それがとても意外で……。その笑顔が何故か俺の脳裏に焼き付いた。
それが……一つ年下の後輩、佐村
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