とある時空のサウダージ
「止まれ!」
期間限定モンブランの入った袋を片手に、とある学校の横を通り過ぎようとした
「止まれと言っているんだ! キャロット・プリンゼリー! 彼女から話は聞かせてもらった!」
声をあげたのは校門前に立ち塞がっている一人の男子生徒だった。登校してきた縦巻き金髪美少女、キャロットを待ち構えていたようで、隣にいた女子生徒の肩を持ちながら大きな声で言い放ったのだ。
「何のことでしょうか?」
「平民出身のサリティア嬢に陰湿な嫌がらせを行っていたとは見損なったぞ! お前との婚約は今すぐに破棄する!」
ボソリと「私たちも平民でしょうが……」とキャロットから聞こえたが、すぐに「お好きになさってください。では失礼します」と彼女は何食わぬ顔でその場から立ち去った。そして優希もしれーっと姿を消した。
“親の顔より見た婚約破棄”
そんな言葉が出来たのはもうかなり昔のことだった。
『今年の“ノーヘル物理学賞”は、異世界の存在を証明し、仕組みを解析することに世界で初めて成功した
秋津教授が発表した研究内容は文字通り
《現在、異世界をテーマとした小説・漫画・アニメが溢れている。そして、最近では既知の物語・異世界への転生・転移をモチーフとした物語も多数確認されている。これらの作品は
つまり、可能性の枝葉が異世界に侵食されているという研究だ。この世界とは異なる並行時空の存在は可能性というものがある限り存在するとされ、異世界はその可能性の向こう側にあるというのがわかったのだ。そしてさらに研究と並行時空での異世界侵食が進み──。
ペキッ。
「っと……やべ」
コンビニでの買い物を済ませて自宅へと戻ってきた優希が玄関のドアに鍵を差し込み回したら中で鍵が折れた。だが動揺はない。すでに二桁の鍵を壊している優希の腰にはスペアキーが 100本以上体を巻くように吊るされているからだ。もちろんトイレは施錠しない。
「ったく、不便な体になってきたな……」
引っ越しも終わり、気分転換に 100kmほど離れたコンビニで買ったモンブランを手にして家の中に入ると、出かける前に机に置いた手紙と小さな一組のイヤリングが目に入った。
[ 拝啓、
貴殿の存在が異世界侵食Lv.3に到達しました。編入手続きは済んでいますので直ちに国立時空大学附属高等学校へお越し願います。協力の対価とし、能力抑制装置を贈りますのでご活用ください。なお、これは国からの命令です。従わない場合は極刑となります。期限は今月末、美園様の登校をもって返答と受けたらせていただきますので、後悔のない選択をよろしくお願いします。
国立時空大学理事長
手紙に書いてある転校先は、先ほど目にした婚約破棄が行われていた学校だ。彼女もきっと悪役令嬢に染まって……と、そこでキャロットと呼ばれた生徒が去り際に何と言ったか思い出した。
「っは、外見が変わるほど侵食されてまだ自分を保ってるヤツがいるのか。おもしれー女だな」
異世界、その認知が創作物によりこの時空を満たしたことで異世界転生・転移することはなくとも人格、身体能力といったものが並行時空と同じ影響を受けるようになっていた。それは優希の馬鹿力とオラついた喋り方のように徐々に侵食されていくもので、だからこそ彼女に興味が沸いたのだ。
「っし! ――
×印のようなイヤリングを両耳に付けると本来の性格である優希に戻ることができた。異世界侵食Lv.10、つまり侵食率 100%になると存在がこの時空からは消滅するらしい。
Aという存在を各時空でA=1、A=2とする。A=1が異世界 αへ行きA=1αとなる。それにより異世界侵食 α が始まりA=1α、A=2αと変化していく。この時空に存在しといたAは異世界のAαと置き換わり、その瞬間にこの時空に存在していた元A=2は
そこで秋津教授は考えた。A=2(α/2+ε/2)のような存在変化を起こせばA≒Aαという別存在として存在を維持できるのではないかと。幸い、侵食してきている異世界は多岐に渡っている。共生の中で相互侵食させるための場が国立時空大学附属というわけだ。
「キャロットさんかー、お友達になりたいなー。あの子と同じクラスになれるといいなー」
一目惚れによりチョロインと化したヒーロー、
◆ ■ ◆
夜空を見上げれば蛙星が煌めき、オタマジャクシが群れを成して泳ぐ。地上に目をやればチンアナゴが揺れる草原が広がり、点々と生えているウツボの木が時折りとぐろを巻く。
「――ふぅ。ユウキ、お疲れ様」
「っあ? 疲れてねーし! ノゾミ、てめーと一緒にすんな」
ボーイッシュな恰好をした少女、ノゾミが日課のランニングを終えたようで、先に同じ距離を走り終え、暇つぶしに腕立て伏せをしていた俺に声をかけてきた。
「僕だって疲れてないし! ねえアイ、ユウキがひどいんだよ!」
「はいはい、ユウキが悪いユウキが悪い。そうだ〜! ノゾミちゃん、モトミヤさんからモンブランをいただいたの〜。あとで一緒に食べましょうね~」
この俺、美園優希はヒーローである。それはこの異世界に招かれたことで生まれた
――モンブラン、その単語を耳にして他時空の記憶が流れ込んできた。
「っち、また寄り道かよ」
秋津教授とやらが提唱したように全ての時空の俺は繋がっている。異世界転生なんていう事象によりユウキという別の存在になりかけているが、俺は美園優希だ。そしてあいつも――。
「……っおい、アイ。少し俺の体を頼む」
「あの〜? ユウキさん? また女ですか〜?」
「っち、そうだよ。俺の影響だからな」
ノゾミにアイ、それに家で待つマリーンたちも元の存在とは既に別人だろう。もちろん俺もそうだ。美園優希であろうとはしていても異世界転移している時点で定義としてはそうなのだ。認めたくはないけどな。
「今日は僕の番! ほらユウキ! 膝枕してあげる」
「ノゾミちゃんはこう言ってるけどどうする〜?」
ノゾミが
「ったく、足が悲鳴をあげても俺を落とすんじゃねーぞ」
「やったー!」
「それじゃあ始めましょうか〜」
ノゾミに膝枕してもらうとアイが横に座り俺の頭に手を乗せた。3人で体を密着させた状態で目を閉じる。しばらくすると厳かな門が見えてきた。何度か通った
「っおい! アイ! ノゾミ!」
「は〜い」
「いるよー!」
姿は見えなくてもあいつらの声が聞こえる。俺を支えてくれるあいつらの声が。
「っよし! マッスルプリンス、ヒーローアップだ!」
「っし、成功だな」
目を開くと感覚共有した時空の俺、美園優希が見ていたアパートの自室にいた。まずは体が馴染むまで筋トレをする。元の時空に俺はいない。だからどこかの時空の俺と成り替わる。
侵食率を混ぜて100%にしない選択肢は存在を維持する手段としては悪くない。だが、異世界αとβ、比率が7:3となったところで元の俺は残っていると言えるのか? だから俺たちは同じ異世界から侵食を受けている人たちから侵食率を肩代わりして自ら異世界転移することにしたのだ。
「っへ、はえーこと済ませないとな」
俺たちの普段の侵食率配分は95%、四捨五入により約100%、Lv10の完全侵食状態を維持している。それを二人から3%ずつ交換し、元の世界での存在率を10%以上にすることでこれが可能になる。
「っま、悪役令嬢を助けるなら悪役に仕立てている奴らを消せばいいか」
時刻は夕刻、空からカエルの鳴き声は聞こえない。そのかわりにカラスが鳴く。楽しそうな子どもたちの声が聞こえる。そんな当たり前だった世界の音が、こうして時空を越える度に懐かしいと思える。
「っち、……美園優希が惚れるのは一人でいいんだよ」
いつかまた逢いましょうと、どこかの異世界に攫われたあいつと再び会うために――美園優希のちょろい一目惚れはあいつのことを世界が忘れさせるためのものだ。だからその興味を消す為に俺は動く。
「っよ、ちょっとツラかせや」
「きゃっ!」
「うわーっ!」
下校してきた二人組に声をかけ、両脇に抱えて校舎裏へと移動する。
「なんなんですかあなた!?」
「僕たちは王子と聖女なんだぞ!」
「っへ、なら良かった。すぐに異世界送りしても問題ないよ、っな!」
その夜、二人の生徒が異世界へと消えた。アイと繋がっている俺は能力も使えるのでキャロット嬢から侵食率を意識を失っているやつらに移したのだ。
「あの、あなたは?」
「っあ? 美園優希、ヒーローさ」
もうあいつもこの黒髪の元キャロット嬢な興味はないだろう。報酬として彼女の異世界侵食率を少しだけ受け取り、俺は自宅へと戻り眠りにつく。
夢の中で再び再配分し、目を覚ますと
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