第24話 恋と答え

 愛華のためになにをすればいいんだろう。

 お風呂の中で、わたしはそう考えていた。

 愛華にわたしの気持ちを伝えて、そして二人で幸せになりたい。


 だって愛華はわたしのことを好きだと言ってくれた。

 それならわたしたちは二人で幸せになれる可能性はあるはず。

 具体的には……。


 まずわたしが愛華を傷つけてしまったことへの謝罪。

 それから愛華の苦しみを取り除くこと。

 これらをするべきだって思う。


 でもどうやって?

 頭を湯船の縁に預けて湯気の集まる天井を見上げる。

 一つ目に関しては、これはもう誠心誠意謝る他に選択肢はない。


 問題は二つ目。

 愛華が抱えるトラウマを払拭する方が難しい。

 愛華の言葉は全部正しかったから。


 それはもうわたしなんかじゃあ反論できないほどに正しかった。

 恋愛は誰かを傷つけるもの。

 そこに果たして間違いはあるんだろうか。


 恋愛は誰もが幸せになれるほど優しくはできていないって思う。

 愛華が言ったみたいに恋愛で傷つく人はたくさんいる。

 告白に失敗した人、好きな人に選ばれなかった人、別れた人。


 みんな恋愛に傷つけられる。

 でもそれは逆に言えば傷つけるってことでもある。

 告白されて振った人、別の誰かを選んだ人、別れ話を切り出した人。


 みんな誰かを傷つけている。

 恋愛は傷つけ傷つく。

 恋愛ってそういうものなんだと思う。


 恋愛は結局のところ最終的に一人しか選べない。

 どちらかを選べばどちらかは選ばれない。

 そして好きな人が自分を好きになってくれるとは限らない。


 だからわたしは苦しんだし、愛華も双葉ちゃんもわたしが傷つけてしまった。

 それだけじゃない。

 恋愛は恋人になれたとしても傷つけ傷つくことがある。


 すれ違いなんていうのは恋愛においていつだって起こり得ることなんだ。

 だから愛華の言葉を否定することなんてできない。

 もちろん誰も傷つかない恋愛もどこかにはあるんだと思う。


 でも恋愛が誰かを傷つけるものだってことは否定できないんだ。

 そんなことはないって、ホントは否定したい。

 否定できればどれだけよかったか。


 わたしは愛華の幸せを願いたいって思っている。

 そのためには愛華の論を否定する必要がある。

 でもその方法がわからない。


 わたしはどうしたらいいんだろう。

 ……恋愛が傷を生むものっていうことを否定できないのなら。

 どうしたら、愛華に幸せの道を示せるんだろう。


 どうしたら愛華を過去の悲しみから救えるんだろう。

 こういうとき、漫画の主人公ならどうしていたっけ?


 今までいくつもの漫画を読んできた。

 その中でいろんな方法を見てきたはずだ。

 愛華を救える方法はきっと思いつけるはずなんだ。


「愛華がほしい言葉、行動? 愛華のトラウマを払拭するようななにか……」


 なにか、そういうものが見つかればいい。

 見つかれば……。

 でも……、いつまで経ってもなにも見つからない。


 ……こんなふうでわたしに愛華を救うなんてこと、できるのかな。

 お湯に映る自分を見つめる。

 迷子みたいな情けない顔が、そこにはあった。

 


   ○


 

 今日の夜ご飯はわたしと明日香の二人きりだった。

 明日香の作る料理はどれも美味しくて、わたしはそれを食べるのが好きだった。

 でも今日はその料理に集中できなかった。


 頭の中ではずっと愛華のことばかり考えている。

 ずっと答えが見つからないままなんだ。

 わたしはきっと誰かを救うことに向いていないんだって思う。


 そんなわたし自身にわたしは嫌気がさす。

 そんなことの繰り返しだった。

 ……ホントに、わたしは無力だな。


 好きな人を救う方法すら見つけることができない。

 愛華のことがすごく好きなはずなのに、わたしの気持ちはその程度かって思ってしまう。

 そんなはずないのに……。


「はぁ……」


 わたしは思わずため息を吐き出してしまった。


「なに、どうしたの?」


 対面に座っていた明日香が訝しげな目でじっと見つめてくる。

 そこでわたしは我に返る。


「あ、いやちょっとね……」


 そうやって誤魔化そうとして、そこでふと思う。

 わたしはこういうところがダメだったのかもしれない。

 自分じゃあどうしようもない悩みを誰にも相談できずに一人で抱え込んでしまう。


 双葉ちゃんに聞いてもらえたから、わたしはその状況から抜け出せた。

 状況が変わらなければ、わたしは歪んだままだった。

 一人で解決できないままで前にも後にも進めなくて途方に暮れる。


 だったら一度誰かに話してみたほうがいいのかもしれない。

 そうすれば前に進むことができる。

 もちろん頼りすぎはよくない。


 だから今度はその人の力に自分がなればいい。

 そう思い直す。

 だから明日香に相談してみようと思った。


「……実はすごく悩んでらことかあって」

「悩み?」

「それで、相談に乗ってもらえないかな? わたし一人じゃどうしていいのかわからなくて……」

「そういうことならいいよ。……その代わり今度アイス奢ってよ」

「うんっ。ありがとっ」

「それで、悩みって?」

「……明日香はその、好きな人いる?」

「え? 今はいないけど」

「ていうことはいたことあるんだ」

「そりゃあ……、まあ人並みには」

「好きな人のそばにはいたいものじゃん?」

「できることなら」

「でもその人はわたしと一緒にいるのがつらいって言うんだ」

「……それはどういう理由で?」

「好きな人を傷つけるのが怖いんだって」

「なるほど、ね……」

「でもわたしはそばにいたい。でもその人の気持ちもわかるんだよ。……わたし、どうしていいかわからなくて」

「んー……」


 明日香は少し視線を上に向けて、なにかを考えているようだった。

 やがて明日香はわたしに視線を戻して、それから口を開く。


「結局さ、お姉がどうしたいかじゃないの? そうすれば自ずと行動できるんじゃないかな」

「それがわからないから考え込んじゃってるんだよ」

「なんで? もう答え出てるじゃん」

「え?」

「その人のことどう思ってるの? それはどれくらい強い気持ちなの? どれくらい一緒にいたいと思ってるの?」

「どう、思っているか……」

「それがお姉の求めてる答えだと思うよ」


 そう、明日香は言った。

 


   ○


 

 夜ご飯を終えて、自分の部屋に戻ってきたわたしは机の引き出しを開けた。

 いつか捨てようと思って捨てられなかった願望ノートを取り出す。

 ベッドに座って改めて読み直す。


 今度はゆっくりと、自分の足跡を辿るみたいに読む。

 失いそうなものを手元に引き戻すみたいに、自分の想いを再確認していく。

 明日香は聞いてきた。


 わたしが愛華のことをどれほどの強さでどう思っているのか。

 愛華とどれくらい一瞬にいたいと思っているのか。

 その答えはこの中に全部込められている。


 秘めた想いを、願いをずっとここに描いてきた。

 わたしは世界で一番愛華が大好きで、世界で一番一緒にいたい相手だ。

 ……そうだ、わたしは。


 

 ――愛華が好きなんだ。


 

 可愛くて小さくて。

 頭も良くて料理もできて。

 わたしの不器用さに呆れはするけどバカにはしなくて。


 わたしを救ってくれた人で。

 一緒にいて傷ついたりもしたけど愛華がいれば、隣にいてくれれば……。

 それだけでやっぱり嬉しくて。


 手を繋ぎたいし、抱きしめたいし、ホントはキスだってしたい。

 なのに、このままじゃ絶対に叶わなくなる。

 そんなの、嫌だ。


 好きなのに。

 愛華だって好きだと言ってくれたのに。

 こんなふうに離ればなれになるなんて。


 そんなの、――堪えられるわけがないよ。

 わたしは愛華のそばにいたい。

 ……愛華を救う方法は見つからない。

 わからない。


 きっとわたしは漫画の主人公みたいにはなれない。

 彼らみたいに綺麗に解決なんてできない。

 でも。それでも愛華のそばにいたいから。


 だったらもう方法は一つしかない。

 ――このままわたしの気持ちをぶつけるしかない。

 たとえ綺麗じゃなくても、何度だって話をし続けるんだ。


 わかってもらえるまで何度だって。

 それが、わたしの答えだ。

 

 

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