第22話 恋と落とし物
双葉ちゃんとの初デートの翌日。
わたしは家に引きこもっていた。
外に出る気にはなれなかった。
なんだかずっと無気力なんだ。
なにもやる気が起きない。
だから今日の部活もずる休みしちゃった。
今は自分を繕うことができそうにないから。
心配してくれた双葉ちゃんがSNSでメッセージをくれて。
それが心苦しかった。
わたしを好きでいてくれる双葉ちゃんに嘘をついていて、また自分のことが嫌いになる。
昨日からずっと罪悪感が消えてくれない。
でもそれ以上に愛華への想いが心の中を占めていた。
気を紛らわすためになにかしようとも思ったけど無理だった。
なにも手につかない。
好きなものにも触れられない。
っていうか触れたくない。
だからベッドの上で横になって、ただ天井を見つめていた。
いっそのこと眠ってしまえばその間だけはなにも考えずにいられるのに……。
でも眠気は一向に訪れない。
辛いことばかりがずっと頭の中を駆け回る。
そうしてベッドの上で横向きになったときだった。
ふとローテーブルに置かれたノートが目に留まった。
そのノートはあのとき、――愛華と仲違いしたとき、愛華が落としていったノートだった。
そのままになんてできるわけなくて、拾って持ち帰ってきてしまったんだ。
……あのノートにはなにかが書かれているんだろうか。
そんなことを思った。
今日まで中は見ていなかった。
わたしはベッドから起き上がって、愛華のノートを手に取った。
きっと勝手に覗くなんて間違っているんだろう。
それでも愛華のなにかを感じたくて、わたしはそのノートをそっと開く。
愛華のノートには漫画が描いてあった。
それは愛華の過去に関するもので、わたしの知らない事情が描かれていたんだ。
愛華がこれを描いた理由も、なんであの場にこれを持ってきていたのかもわからない。
わたしがこれを読んでいいのかさえもわからない。
それでもわたしはその漫画を読むことにした。
今更だって思わなくもなかったけど、愛華のことが少しでもわかればいいなって。
……そう、思ったんだ。
○
愛華の漫画を読み終えたわたしは、そのノートをゆっくりと閉じた。
……知らなかった。
愛華が恋愛を嫌っている理由なんて一つも知らなかった。
愛華には恋愛に対して嫌な思い出がある。
そんなものを抱えていたなんて、わたしは知らなかった。
……わたしと同じだ。
恋愛で辛い目にあったんだ。
……わたしは愛華に酷いことをしていたのかな。
恋愛が苦手な愛華を恋人ごっごなんてものに誘って、苦手なのに手を繋がせたりして。
それだけじゃなくて、愛華に勘違いさせて傷つけた。
双葉ちゃんの告白に対してのわたしの煮え切らない態度があの中庭の状況を作り出した。
今思えばそんな気がするんだ。
そういうことをした自分が嫌だって思った。
でもそんなレベルの話だけじゃなかったのかもしれない。
愛華はもっと強い心の痛みを抱えていた。
辛い思いをしていたんだ。
漫画の締めくくりに愛華はあるメッセージみたいな言葉を書いていた。
『だから誰かの愛を受け入れることはできない』
『だからあたしは誰にも恋はしない』
でも……、あのとき愛華はわたしのことが好きだって言った。
それってつまり、わたしと同じだってことなのかもしれない。
辛い記憶のせいで恋愛に対して立ち止まってしまう。
つまりそういうことなんじゃないのかな。
……それならわかる。
それがどれだけ辛いことか、わたしは知っている。
だからこそ思うんだ。
わたしのしたことはとんでもなく罪の重いことなんじゃないかって……。
愛華に償わないといけないんじゃないかって、そう思う。
……でも、どうやって?
愛華はもうわたしから離れていった。
償いたいと思ったところでそんな機会はもう失われている。
どうしたって手遅れってことはあるんだ。
後悔だけが残るんだ。
わたしはこの罪から逃れられないし、許されることだってないんだ。
せめて愛華を辛さから救うことができればいいのに……。
愛華と離れていたっていい。
せめて遠くからでもそれができたら、まだよかったのに。
この先、愛華がわたし以外の人を好きになったとき。
その見つけた恋を愛華が手に入れられるように、愛華の痛みを消せれたら……。
そんな方法なんてあるわけないのに。
少なくともわたしにはなにもできない。
……でも、そう思っているのに。
嫌なわたしはこうも思うんだ。
このままでもいいんじゃないかって。
愛華は恋愛に向き合うのが怖いと言った。
それはつまり誰とも恋人になれないっていうこと。
そしてそれはわたしにとって都合がいい。
わたしは愛華が他のだれかと恋人になる姿を想像したくない。
考えるだけで胸がざわついて、心の傷が痛みを訴える。
嫌なんだ、愛華に恋人ができるのが……。
愛華に恋人なんて作ってほしくない。
わたしは愛華の傍にもういられないし、恋人になれる可能性なんてちょっとだってない。
だったら……、愛華がわたしのものにならないなら……。
愛華は誰のものにもなってほしくない。
ずっと一人でいてほしい。
そうしたら――。
――愛華への恋はわたしだけのものになる。永遠に、ずっと。
……そんなふうに、思ってしまっている。
わたしには愛華を苦しめた罪があるのに、まだこれ以上罪を犯そうとしている。
この醜い願いは絶対に許されない。
そう、わかっているのに。
……止められないんだ。
たとえこの先、愛華が苦しみ続けるとわかっていても……。
……わたし、ホントに最低だ。
自分勝手すぎるよ。
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