第15話 本当は漫画本以外の本を読むのが苦手で、それでも読んでおきたかった本だった

 窓から差し込む午後の柔らかい日差しに珠瑠は読んでいた本の間にしおりを挟んで、左腕を伸ばした。ちょんと頭を腕に乗せて、窓の外に映る水色の空を眺めた。今日は白い雲が見えない。爽やかな空が綺麗だった。放課後の図書室はいつも以上に静かだった。


「藤堂さん!」


 カウンターに座っていた司書の先生が手招きして呼んでいた。


「すいません、今、行きます!」


 本を片付けて、バッグの中に忍ばせた。慌てて立ち上がると椅子がぎーっと鳴った。周りで勉強しながら本を読んでいた生徒がいる中で恥ずかしいなと冷や汗をかきながら、そっと椅子を片付けた。小声で謝りながら、そぉっと移動する。


「ごめんね。ゆっくりしていたのに、呼んじゃったね」

「いえ、大丈夫ですよ。委員会の仕事あるんですから、気軽に呼んでください」

「そう? これから職員室に行ってくるからわね。進路相談の書類まとめを頼まれていたの忘れてたのよ」

「あーそうですよね。三年生も進路をそろそろ決めないといけない時期ですもんね」

「そうそう。大学入学願書、小論文の書き方講習とか、就職組は履歴書の書き方講習とかね。私の仕事も多いのよ」

「三嶋先生も大変だぁ。お疲れ様です」

「そ、そうなのよ。というわけで、藤堂さんにはここからの時間の貸し出し受付頼んでいいかしら?」


 司書の三嶋先生はデスクファイルボックスを抱えて、笑顔で珠瑠が見つめる。


「気にせずに行って来てください」

「頼もしいわ。ありがとうね」


 ご機嫌に三嶋先生はファイルボックスを二つ抱えて、急ぎ足で図書室を後にした。出入り口では次々と中に入る生徒たちで混み合っていた。


「返却はこちらへどうぞー」


 藤堂 珠瑠みつりは、早速図書委員の仕事だと張り切って、バーコードを読み取り作業を開始した。作業に夢中になって、誰が来たかはわからないままだった。最後に手に取ったものは『恋愛の告白は、いつでしょ?』と書かれたバイブル本だった。こんな本が図書室にあったかなぁと疑問符を浮かべながら返却処理をして営業スマイルで対応した。


「……ありがと」


 蚊が通ったかどうかの音くらいの小さな声で発したのは耀汰だった。珠瑠はクラスメイトとの関わりもあって、何も言わずにスルーをした。同じクラスであることは重々知っているが誰が見ているかわからない。吹き出しそうな顔をぐっとおさえて後ろを振り返る。


 後頭部をぼりぼりとかいてきっと照れているんだと勘違いする耀汰だった。立ち去り際にはカウンターに小さな折り鶴を置いていった。珠瑠は忘れ物かと思ったが、いつかのキャラメルの紙だったことを思い出し、お返しだと察した。


「可愛い……」


 耀汰がいなくなった図書室はとても平和で静かな空間だった。

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