第16話 漂う匂いと食器の音に空白感
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『琉凪へ 今日も残業で遅くなります。これは温めて食べてね 母より』
食卓の上に置かれたメモとご飯に味噌汁、おかずが丁寧にラップに包まれて置かれた。薄暗い部屋に一人。帰宅して見たものは母が仕事の合間を縫って作ったであろう夕食セット。父は毎日深夜に帰宅するため、存在するかどうかさえも怪しい。父と母の3人暮らしに近所に住む母方の祖母が一人。何かあったら、すぐに祖母のところへ行きなさいと母から言われていたが、高校生もなれば特に何も用事もない。あてがわれたご飯を食べる食欲は今はない。隣の部屋から漂ってくるカレーの匂いが美味しそうに感じた。匂いだけじゃない。ガヤガヤギャーギャーと子供たちと争う親子の声も聞こえてくる。
食卓の上、左腕を枕にして、ラップされた皿を見つめる。
「一人で食べるご飯は味気ないんだって言ってるのに、なんで分かってくれないかな」
母と会話したのはいつだっただろうか。寂しいなんて素直に言える年齢じゃない。高校生という思春期真っ只中にもなれば、悪態だってつく。反抗期ってやつだ。
スマホをスワイプして、 瑛斗の文字をタップした。本当はお腹がものすごく空いているのをあえてスルーして、電話をかける。いつもこの時間は耀汰か琉凪かどっちが出るかで争うこともある。時々、グループラインに変更されて三人で会話することも少なくない。本当は二人で話したいのに素直に言えない琉凪だった。
「ん?」
電話出てそうそうの言葉はそれだけだ。慣れ合いは恐いと感じる。
「あのさ、今日は、どう?」
「あー、週末だったな。いいよ、行く?」
「うーん、ちょっと待って。ポテチ買って来てね」
「ポテチ? ご飯は食べたのか?」
「んー、食べてない」
「夕飯を食べてからならいいぞ……そうだなぁ。あと三十分くらいしたら着く」
「耀汰は連れて来ないでね」
「あー、分かったよ。前はごめんって言ったやん」
「うん。んじゃ、待ってる」
「おぅ。塩レモンポテトチップス買ってくわ」
「え、何それ。マジでいいじゃん」
「だろ? んじゃ、あとでな」
「うん」
電話を終えた琉凪は幾分気持ちがすっきりした。瑛斗の電話の向こうでは、後ろから兄弟の騒がしい声が響いていた。きっと台所のシンクで皿洗いしながらの電話だったんだろう。時々、食器のあたる音が聞こえた。三塚家のリビングはアイライドキッチンで声が家族みんなの声が丸聞こえだ。賑やかな家族で羨ましいなと感じてしまう。
まるで父親に言われるかのごとく、瑛斗のご飯食べなと言う言葉に感化されて母が作った麻婆豆腐としじみの味噌汁に箸をつけた。美味しいのは分かっている。一緒に食べる誰かがいないのはせっかくの美味しいご飯も評価が下がるものだ。
「……美味しい」
そう思いつつも、母の作るご飯は美味しい。複雑な思春期の乙女心だ。琉凪の口角は少しだけ上がった。
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