第2話 撮り鉄

「おいトモキ!」


 出口付近で倒れている少年を見つける。友人らしき少年が必死に声をかけているが応答なし。

 朝っぱらから問題発生に億劫になるが直ちに向かう青年。


「どうした? おい」


 彼は倒れている少年トモキの腕を叩くが反応がなし。腕の血管が自我を持っているように動き浮き出ている。すぐに足先をみるが問題はなさそう。目蓋を上げて瞳を確認する。こちらも問題はなかった。しかし、


「……ミッドナイトウイルス」

「ミッドウイルス!?」


 友人らしき少年をチェックする青年。

 ピンクの髪にクリっとした目。グレーのパーカに茶色の短パン。首から立派な一眼レフカメラがある。


 撮り鉄か?


「おい。こいつは何をした?」

「何って、僕とトモキは電車を撮りに――」

「そんなのはどうだっていい! マナー違反をしたんだろ」


 イヤホンを取り出し、彼はすぐにナイトソルジャー管理室へ繋ぐ。


「こちら極水です」

『こちら管理室』

「新宿駅で倒れている少年、ミッドナイトウイルスに感染している恐れあり」

『状況はわかるか?』

「瞳は問題ありません。ただ血管が生きています。足先には到達していません」

『時間の問題だ』


 トモキの名前をずっと叫んでいる少年に極水はもう一度聞く。


「こいつの身に何があった」

「駅で吐きました」

「コンタミ株ってことか」

『コンタミか。すぐに薬を持っていく』

「時間がありませんね。急ぎでお願いします」


 通信は一旦途絶え、極水は何度も倒れているトモキに声をかける。


「トモキはどうなるんですか」

「鎮静剤を打つつもりだがもう無理だろう」

「無理って、死ぬってことですか? 薬じゃ治らない?」

「薬が万能だと思うな。ミッドナイトウイルスに治療薬はない。結局、進行を遅らせるだけ。それでも無理な場合は凶暴化する」


 ナイトソルジャーによっては感染がわかった時点で退治する者もいる。それは殺害行為とみられてもおかしくはない。だからこそ、自分がナイトソルジャーであることは晒されたくない。でも仕方がないことで割り切っている。


「……トモキは駅で吐かなければ、ミッドウイルスに感染しなかったですか?」

「さあな。最近、撮り鉄の感染者が増加しているから絶対とは言えない。だが、撮り鉄の大半は大騒ぎする『ノイズ株』、場所を占有する『シート株』だ。嘔吐系の『コンタミ株』は珍しい」

「トモキは酒を飲んだんです」

「はあ!?」


 極水の口から大きなため息が出る。明らかに少年二人は未成年だとわかる。


「マナー違反に法律違反か。お前ら未成年だろ」

「今日は深夜だけ運行する車体のお披露目だったんです。トモキが祝い酒って……」

「何が祝い酒だ、バカかお前らは。こうなったのも自業自得だな」


 トモキは時間が経つにつれて酷くなっていく。トモキの胸に手を当てると大きく心臓が波打っている。

 ミッドナイトウイルスに感染すると、生物がニョロニョロと動くように血流が浮き出てわかる。それはもう足先まで到達する。


「限界だ。離れろ!」


 極水は少年の腕を引っ張ってトモキから離れる。とうとう凶暴化してしまい、胃に溜まっていたブツを勢いよくすべて吐き出す。


「あれ、強力な酸で皮膚が溶けるから気をつけろ」

「トモキはどうなるんです!」

「残念だが――退治する」


 管理室に繋ぎ、極水は凶暴化した感染者の退治へと入る。

 ナイトソルジャーの基本武器である刀型「サージカルブレード」を勢いよく振り下ろす。瞬時に正体をみせた刀身に腰が抜ける少年。


「どうせSNSで知ってんだろ。今さら恐れるか?」

「あれはトモキなんです! 助ける方法はないんですか!」

「ねぇよ!! 恨むなよ。恨むなら自分を恨め――マナー違反の上に、法律違反した自分を」


 凶暴化したトモキは姿を変え、全体的に大きくなり、とくにその腹は巨大化している。これはコンタミ株の感染者にみられる特徴だ。

 極水はさっきまで人間だった感染者を斬っていく。何もできないまま、少年は座り込んでいる。凶暴化したコンタミ株感染者の吐き出す胃液は服を溶かす。

 極水は躊躇なく奴を倒してその場に座る少年に目を向ける。静かに涙を流す少年はカメラを強く握りしめる。


「くそぉ!!」


 苦しんでいたトモキを救えなかった自分へ怒りをぶつける少年。そのタイミングで頼んでいたバイク便がやってくる。


「ナイトランナーの金真ですが……」


 急いで駆けつけた女性ナイトランナーの金真は通信で聞いており、物資が必要のないことは知っている。


「申し訳ありません。それは不要になりました」

「了解です。間に合うことができず、すみませんでした」

「いえ、鉄道が24時間運行になったことで逆に自動車の交通量が増えたように思います」

「MNV-24の影響ですね」


 そういって金真はバイクに跨る。


「わたしはこれで。次回は間に合うように全力を尽くしますので」


 本来は業務時間外であるナイトランナーの金真はその場を去っていく。

 未だ座り込んでいる少年の前に立つ極水。


「おいお前」

「日桃鉄雪です」

「じゃあ日桃。もう帰れ」


 その場を去って極水が向かった場所はコンビニである。深夜の仕事終わりは必ずコンビニスイーツを食べる。

 スイーツコーナーには種類豊富なスイーツが揃ってあり、どれを選ぶか迷う。新作にも手を出したいところだが、美味しいとわかっているお気に入りのものを無難に選んでしまう。

 極水が今日選んだスイーツは外側ザクザク生地のチョコシュークリームである。イートインコーナーで食べるのはすぐに摂取したいのと、ゴミを家に持ち帰りたくないからだ。

 袋を開け、食べようとしたときだった。


「お前、つけてきたのか」


 背後から視線を感じて振り返ると日桃がそこいた。


「のんきにスイーツタイムですか」

「何か問題でもあんのかよ。ナイトソルジャーは想像以上に体力消費すんだよ」


 ナイトソルジャーの仕事を終え、早朝のコンビニでスイーツ食べることが一番の至福時間である極水。不機嫌ではあるが、日桃は友を失った悲しみをぶつける。


「言ったろ。あれはあいつの自業自得だ」


 ようやくザクザクチョコシュークリームを口にした極水。だが今日はいつもより美味しくない。それは日桃に邪魔されたからだ。


「たしかに。未成年なのにお酒を飲んだトモキが悪いです」

「わかってんならこれ以上、俺に何を求める。謝罪か? だとして、なぜ俺が謝らないといけない」

「ミッドウイルスは一体、なんなんですか」


 溢れるチョコクリームを口の中に流し込み、ザクザクと噛む極水。なかなか答えない彼のとなりに座る日桃。


「もう帰れよ」

「ミッドウイルスの正体を知るまで帰りません」

「そんなの知るか。専門家も解明できていないのに一般人の俺がわかるはずがないだろ」

「あなたは一般人ですか? ナイトソルジャーとして前線で戦っている。無関係ではないと思います」


 食べ終わったシュークリームの袋をまとめてゴミ箱に捨てる極水。面倒くさいと思いつつも日桃のとなりに戻ってくる。


「MNV-24――ミッドナイトウイルスが初めて確認されたのは日本東京。そして国内にしか発症がみられていない。感染した人間は深夜帯の鉄道で凶暴化する」


 初期症状はなく、感染した者は迷惑行為マナー違反を行うと気絶する。息が荒くなり、血管が浮き出て蠢く、瞳の色が変化し、蠢く血流が足先まで到達すると凶暴化する。又、人によって症状は違ってくる。

 新たな変異株が次々と現れ、命を落とすナイトソルジャーがいる。


「日桃、これで満足か?」


 沈黙する日桃。早く睡眠を取りたいがために極水は放ってコンビニを出た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る