ナイトソルジャー ―凶暴化したマナー違反者を斬ることが、彼の夜の仕事だ―
もなか翔
第1話 ナイトソルジャー
「東京都知事を乗せた公用車が深夜の交差点で建物に衝突し、知事が死亡した事故から一年半が経ちました。原因は、信号を無視した電動キックボードの若者を避けたためとされています。
この事故を契機に、東京都は『夜間の移動手段を保障することが若者の命を守る』として、鉄道の24時間運行を正式に決定しました。
しかし、専門家の間からは『深夜帯の都市環境が健康や安全に新たなリスクをもたらす』との指摘も相次いでいます。
東京都は依然として運行の中止を検討しておらず、都知事の死が生んだ“改革”は、今も進行中です」
深夜帯に稼働する車内は静かと思いきや、黒い装備に身を包む青年の駆け抜ける姿があった。彼は先頭車両にいる
先頭車両に例のモンスターがいた。見慣れている彼に恐怖感などは一切ない。しかしその姿は人間の姿をしておらず、赤い瞳に骨を失ったようにクネクネとしている。
「発見しました。奴がミッドナイトウイルスの感染者ですね。おそらくノイズ株でしょうか?」
『大方そのとおりだろう。車内のカメラ映像を確認したところ、酔っぱらいの五十代男性。身元はまだ判明していない』
彼のイヤホンから渋い男性の声が届いてくる。すかさず青年は返答する。
「ウイルスが凶暴化した感染者は二度と人間には戻れない。いつも通りに対処いたします」
『頼んだ。ナイトソルジャー』
感染者の赤い瞳がこちらに向く。
右手に持つ物を力強く振り下ろすと刀身がスッと飛び出してくる。自分を脅かす敵だと認識したのか、感染者が彼に襲いかかる。ナイトソルジャーと呼ばれる彼は一瞬で感染者の大きな腕を斬り落とす。
「恨むなら自分を恨め――マナー違反者」
彼は感染者にサイドから真っ二つに斬るようにとどめを刺した。感染者を退治した今、緊急停車し、乗客は我先と構内へと飛び出していく。
『たった今、駅構内でミッドナイトウイルスの凶暴化が発生。直ちに乗客を車内へ誘導』
「それは無理ですよ。乗客は外へ逃げたがってます」
『新宿駅は間もなく封鎖される。駅構内にいる人たちを車内へ誘導し、東新宿駅へ搬送する』
「俺は凶暴化した感染者の退治へ行きます。情報をお願いします」
MNV-24《ミッドナイトウイルス》は突如として現れた新型ウイルスであり、日本国内でしか発症はみられていない。それも限定的で東京都内の深夜帯の駅と車内。ミッドナイトウイルスの解明には至っておらず、陰謀論が騒がられている中、多くの専門家は「24時間鉄道運行の廃止」を提言している。
彼の役職「ナイトソルジャー」は東京都が設立した機関であり、ミッドナイトウイルス感染者の凶暴化した者を退治する仕事である。
『いま確認した。スピーカーを引っ張って大音量で音楽を流していたようだ。改札口方面へ向かっていたところ、凶暴化』
「例のヤツですか……となるとまたノイズ株?」
『おそらく。スピーカーを武器としているため、音量に注意』
「こういう時のために耳栓を用意しているので。しばらく連絡途絶えます」
『了解した』
イヤホンを外した代わりに耳栓を両耳につける。改札口方面へと向かうと人がこっちに戻ってくる。
「次はこれかよ」
すぐそこに凶暴化した巨大な感染者を発見する。振り回す大型スピーカーはカラフルに発光して駅構内の壁を傷つける。
「これまた世間からのバッシング受けるな」
ホームへと引き返す利用者の中にはスマホをこっちへ向けている者もいる。
「……こいつら」
彼はまず感染者のそのスピーカーを破壊しに行く。ミッドナイトウイルスはマナー違反行為で体内に広まっていく。
滑り込んで感染者の足元へつく青年。頭上に現れるスピーカーが彼の視界を埋め尽くす。刹那、振り下ろされたスピーカーを避けて首元に蹴りを入れる。感染者の手からスピーカーが離れる。
「重量結構あんな」
たとえるなら小型冷蔵庫だろうか。耳栓をしていても音は伝わってくる。電源をオフにすると陽気に光っていたライトも消えた。
あとは感染者を退治するだけ。しかし人前では刀を使いたくない彼は悩む。戦場において一瞬の迷いは命取りとなる。襲ってくる感染者に彼は刀を使うことを決める。
仕方ない、と諦めた青年は感染者の退治を終える。
一部始終を撮っていた彼らはどこかしらに動画をアップする。でなければ、撮る必要がない。注意したとて、それさえもどこかで晒される。ナイトソルジャーとなった彼は受け入れているつもりだが、できるのなら晒されたくはない。
イヤホンをつけ直す。
『よくやった。これ以上感染者の凶暴化は確認されていない』
「それはよかったです。でもまたバッシング受けますよ。駅構内の破損、車内の損傷」
『仕方ない。これも都民の命を守るためだ』
「都民の命を守る……ですか。原因わかってても東京都はやめるつもりはないんですよね――この24時間運行を」
封鎖されていた新宿駅が開放される。出口近くには警備ロボットが彼を待っていたかのようにいた。
「ご苦労さまです、ナイトソルジャー」
「お前もな、警備ロボット」
軽く頭に触れる青年。液晶画面に映る目が青い丸から黄色の星に変化する。
「わたしは自分の仕事を全うしているだけです」
「同じくだ」
早朝の明かりに吸い込まれるように彼は駅から出ていく。
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