勇者が負けて人類滅亡が確定した世界で「おまえと家族だけは助けてやる」と言われました
川野遥
勇者の死と魔王からの使者・1
灼熱……は大袈裟だが、強烈な日光が降り注いでいる。
多くの人間は仕事を休んで休憩している。美味しそうに水やお茶を飲みほしている。
そんな環境でも、俺達奴隷には遠慮はない。
「おーい、エデン。そっちの石をここまで運んだら昼休みだ!」
「はーい!」
気軽に言うなよなぁ。
石じゃねえよ、岩だよ。「どれだけ大きな岩でも石だと思えば、何とか運べるものだ(キリッ)」とウチの監督なんかは言ってくるけれど、そんなわけねぇだろ。
とは言っても、運ばないことには本当に昼休憩がない。うまいこと丸太の上に乗せて運ぶしかないわけだが……
俺はエデン・ミラーシュ、17歳。
現在、カイネクス王国で勇者ユークスの銅像造りに駆り出されている奴隷だ。
勇者ユークスは、この国で……いや人間界最強と称されている男で、悪魔やモンスターの率いるデモンズ帝国と戦う人類にとっての希望。そのユークスのために、王国は至れり尽くせりで屋敷を作ったり、銅像を作ったりしているというわけだ。
はぁ、羨ましいよなぁ。
俺なんて、こんな重い岩を運んで、ようやくおにぎり一個と具のないスープがもらえるだけだからな。
しかも、「それでもまだマシだ」なんて言う奴もいるくらい、奴隷は扱いが酷い。
「ふぅ……疲れた……」
どうにか、こうにか、岩を運び終えて、木陰に入って人心地つく。
通りを歩く女たちが俺達を見て、ヒソヒソと何か言っている姿が見えた。真っ黒に日焼けしすぎているとか見た目がボロいとか臭いそうだとか、まあ、ロクなことは言っていないんだろう。
まあ、奴隷なんだから、彼女も恋人もできるわけがないから、一々気にしていても仕方ないんだけどな。
30分の休憩時間がそろそろ終わりそうになった。
やれやれ、これから夕方まで働いて、夜は勇者様の別荘の掃除だ。
別荘だから、来る保証も全然ないって状態なんだけどな。
よろよろと仲間達と立ち上がり、仕事に向かおうとしたところで、大通りを走っている奴が見えた。
『号外だ! 号外だよ! 勇者ユークス様とその仲間達が、デモンズ帝国に倒されて死んでしまった! もう人類は終わりだ!』
……は?
勇者、死んだの?
ということは、この銅像は作らなくていいってことか?
いや、記念としてやっぱり作るのか?
周りを見たら、みんなガタガタと震えている。
「うん? どうした?」
俺が尋ねると、奴隷仲間達が泣きそうな顔で叫ぶ。
「勇者様が死んだんだぞ! もう人類はおしまいだ! 俺達も殺されてしまうんだ!」
そう言って、みんなオイオイと泣き始めてしまった。
……あぁ、そうか。
勇者が死んだということは、この国も、人類も終わりということだ。
俺も死んでしまうということか。
でも、別にそれでもいいんじゃないか?
俺は死ぬまで奴隷だし、仮に勇者が勝ったとしても、この生活は変わらないだろうしな。
自分から死にたいとまでは思わないが、殺されたとしても、まあ、そんなに酷いものでもないんじゃないか?
俺はそう思ったが、皆は生きたいようだ。「死ぬのは嫌だ」とか「希望はないのか」と叫んでいる。
とはいえ、勇者が本当に死んだのなら、もうどうしようも無いんじゃないか。
工事監督がやってきた。こちらもガッカリと落胆している。
「……午後はいい。今日は終わりだ」
監督の言葉で「あぁ、本当にヤバいんだな」と分かった。
他の連中も落ち込むどころではない。
午後が休みと知れば普通は大喜びだが、今回ばかりは皆が泣いている。
もちろん、泣いているのは俺達ばかりじゃない。先ほど、俺達を馬鹿にしていた(んだろうと思う)女たちも顔を真っ青にして泣いている。会う者、会う者全てが、だ。
夜になると、一部でどんちゃん騒ぎが始まった。
どうせ死ぬのなら、それまでにバカ騒ぎがしたいということのようだ。
俺達は仕事がなくなったが、ただ、仕事がないということはおにぎりすら食えないことになる。
下手すると、国がなくなるより先に俺達が飢え死にするんじゃないだろうか。
そんなことを考えていると、突然、『愚かな人間ども、外に出るでち!』という甲高い声が響いた。
「何だ?」
と、みんなで外に出て行く。
『空を見るでち!』
と言うので、見上げると鎌をもった棒切れみたいな子供が浮いている。
見た目は人間と同じだ。肌はちょっと濃い目で耳が長い。
おそらくダークエルフとか何とかいう種族なんだろう。
ただ、顔はどう見ても幼女だ。5歳か6歳くらいだ。
『あたちはメリオンプりゅ……』
この後、一体、何を言うつもりなのか。
俺も周りも固唾を飲んで見守る。
『いててて! 舌を噛んだでち!』
自分の名前を言おうとして舌を噛んでしまったようだ。
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