Broken Chain ~ 忘れられない恋を上書きするから覚悟してね ~
待月 みなも
第1話 秋林鈴織と月岡紫乃と笹原さん
学友達が卒業して企業勤めを始めたであろう4月、あーしは新しい学年、大学5年生に進学した。
今年から大学院での修士課程へ進んだのだった。
駅前のカフェでエプロンを付けて、今日もアルバイトで食い扶持を稼ぐ。
親からの仕送りも奨学金もあるので、別に今時点で困窮している訳ではないけれど、流石にこの先のことを考えるとなにかと入り用が混みいっている。
今のうちに海外での論発に向けて資金を貯めて置かないとならない。
今日はバイト先のカフェに大人しくて背の高い女子が入ってきた。
あーしはその教育を任された。
「
「あーしの名前は
「あ、はい。名前もはい、大丈夫です、リオ先輩。よろしくお願いします」
「うん、おけ。じゃあ紫乃、早速教えていくけど、まずはここに一通りのマニュアルがあるってことは覚えておいて。困った時に役立てて、それでも分からなければあーし達みたいな先輩に聞けば教えてくれるから安心して。ねー先輩たち? 紫乃のことちゃんとサポートするんだよ?」
「ういー」「おけー」「はいはーい、紫乃ちゃんよろー」
「よ、よろしくお願いします」
幸いこの店舗は人手だけはある方でまだ余裕がある。
似たような年代も多いから雰囲気も良くて新人研修にもいい環境だと思う。
客が多いことを除けば。
――
紫乃は教えたことはメモを取り真面目に仕事をこなすけど、どうも本人の愛想がないからか、初めのうちはバイト先での紫乃の評判はそれほどいいものではなかった。
それでも紫乃の真面目さは他のスタッフの間でもすぐに浸透し、徐々にスタッフ間でも受け入れられていった。
うんうん、あーしから見てもあの子はよくやれていると思う。
一通りのレクチャーを終えて少したった頃、あーしは修士課程の海外講演準備で大学に詰めることが多くなり、バイトに出られない日が増えつつあった。
あーしの穴埋めにはよく紫乃が入ってくれていたらしい。
それからは紫乃とあーしは交互に入ることが多くなったけど、たまにシフトが重なって顔を合わせると、お互いにリカバリーし合えるくらいには信頼できる仲になったと思う。
――
夏、論発から帰ってきてバイト先に顔を見せると、紫乃がよく話している友達が来ていた。
紫乃は「笹原さん」といっていたその子は、店に来ると紫乃のことをずっと目で追っていた。
傍から見てその熱心な視線は、紫乃に気があるように見えた。
はじめはあーしの勘違いかとも思った。
「あー、また来てるー。してやっぱ見てるー」
「リオリオどしたん? なんの話?」
「いやー、気にしないでー独り言ー」
何度も同じような日が続いて、それが一月二月と続くと、さすがに疑いようもなくなってきた。
紫乃とのシフトが重なった日に、あーしは何気なく笹原さんのことを本人に聞いてみた。
「紫乃、笹原さん?っているじゃん。また来てるね」
「ああ、笹原さんならだいたいいつも来てます、けど?」
いやいや、あんたがシフト入ってる時しかあの子来てないってば。
「もしかしてあんた、あの子と付き合ってるくない?」
「へ? いえ、付き合うって、なんでですか? 笹原さんは普通に友達ですよ?」
「あー……ね? あはは、変なこと聞いてごめん。仲良しすぎん?と思ってさー。でも、単なる冗談だから、べつに気にせんくていいよ。はははは」
「リオ先輩、そんな冗談言ってないで3番のフィルターをお願いできますか? 裏にいって補充とってきたいので」
紫乃は冗談だと思ったかー。そっかー。
残念だけど伝わってないみたいね、笹原って子の気持ち。
ま、あーしには関係なんいだけどね。
「おけ、やっとく。補充よろー」
「はーい、いってきます」
――
寒くなってきた11月。
「紫乃、ちょっとい?」
「なんですかリオ先輩?」
「ちびっと寒いと思わん? あれ」
視線の先には笹原という紫乃の友達が通路に面した座席で小刻みに震えていた。
実はあの席、風通しがよく冷気が人の往来でやってきてしまうので、かなり冷える。
かといって、新作が出たてのこの日は席が埋まっていて、他の席に移ってもらう事もできない。
「あー……寒そうかもです」
「ほら、これ持って。あんたから渡してあげな。あーしは他の席回るから、あんたの友達はあんたに任せるよ」
ブランケットを紫乃に手渡して、あーしは残りの数枚を抱える。
「ウチも回りますよ、半分ください」
「いや、あんたそろそろ休憩時間でしょ。席まわるのはあーしに任して。友達のとこ行ってきな」
「もうそんな時間でした? ほんとだ、今日忙しくて忘れそうでした。ありがとうございます、リオ先輩」
「早くいってやんな。笹原だっけ?震えてるよ」
「はいっ! 先輩、休憩失礼します」
「あいよ」
紫乃と笹原とかいう友達がいい雰囲気で話してる姿を横目に、あーしは気持ちよく席を回れた。
ちょっとお節介だったかなー。
まあ、嬉しそうだし、ちょっとくらいエール送るのは許されるよね?
――
それからは再度フォーラムでの発表のために海外を飛び回ったり、修士論文を書いたりしているうちに、いつの間にか翌年の春になっていた。
4月。
久々に紫乃とシフトが重なったら、開口一番。
「先輩、ウチ笹原さんと付き合うことになりました」
「あー。そか、それは良かった良かった。あーしの言うことでもないけど、仲良くやりなよ?」
春だねー。
「はい、ありがとうございます。ところで、やっぱりリオ先輩は驚かないんですね。女同士で付き合うとか。たしか前に先輩、ウチと笹原さんが付き合ってるのかって言ってましたよね? あれってどうしてだったんですか?」
「んー〜……、ごめ。覚えてないわ〜……。ここ最近論文忙しすぎて記憶ないかも、ごめごめ。それにあーしの知り合いにも女同士とか、男同士とかいるから全然気にならないわ。あははは」
海外で知り合った人達の中には、そういうマイノリティの人たちも普通にいた。
日本ほど少なくは無いんだなと感想はそのくらいで特段それがおかしいと思うこともない。
自分は完全男の方がいいと思ってるけど、人それぞれでいいと思う。
「そうですか。海外とか行ってるとそんな感じなんですね。それで話は変わりますけど、先輩は今年も忙しいんですか?」
「前半は修論あるからね〜……就活もある。絶賛忙しい。後半はもう発表も終わってるし就活も終わってるといいかなと思ってるから、それほどかな〜。企業インターンとかあるかもだけど。あ、紫乃、さてはあーしに会えなくて寂しいとか? 可愛い後輩だ〜ね〜、うりうり〜」
「ちょっ、先輩やめてください。いえ、でもリオ先輩がいると安定感がありますから、先輩のシフトが減るとちょっときつめなんですよね。新人の子も2人入ってきましたし」
「そかそか。そういう理由ね〜。でも紫乃ならもう全部任せても平気っしょ。塩見店長も紫乃のこと信頼してるみたいだしね。新人の面倒もあんたなら大丈夫だよね?」
「恐縮です。大丈夫かは、少し自信ないですけど頑張ります」
「は〜真面目〜いいね〜そういうとこ好きだよ紫乃〜」
「先輩、言う相手間違ってます。彼氏さんに言ってあげてください。ウチは彼女持ちなのでそういうのはちょっと……」
「う〜わ。ほんと真面目〜」
彼氏とか修論忙しすぎてとっくに別れたって、そういや言ってなかったなー。
ま、今は修了の方が確実に大事だし、特に気にしてないんだけど。
――
9月。バイト先で事件が起きた。
「ちょっとあなた……何しに来たの?」
カウンターごしに見知った客がやってきて、あーしは思わずそう言ってしまった。
「何って……コーヒーを、飲みに……」
その目は明らかに泳いでいて、探し人を見つけようときょろきょろとしていた。
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