第9章 真田の真意
【読者の皆さまへ】
お読みいただき、誠にありがとうございます。
【作品について】
・史実を下敷きにしたフィクションであり、一部登場人物や出来事は脚色しています
・本作品は「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」の遠い過去の話です。 https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761
・「私立あかつき学園 絆と再生 The Girl who discovered herself」と交互連載です。
https://kakuyomu.jp/works/16818792437738005380
・この小説はカクヨム様の規約を遵守しておりますが、設定や世界観の関係上「一般向け」の内容ではありません。ご承知おきください。
・今作には[残酷描写][暴力描写]が一部あります。
・短編シリーズ始めました(2025年8月16日より)
https://kakuyomu.jp/works/16818792438682840548
・感想、考察、質問、意見は常に募集中です。ネガティブなものでも大歓迎です。
【本編】
上田城内は緊迫していた。
優雅な大広間。
そこにいるのは、信康、そして亮衛門と京次郎。
それに相対すは、十文字槍を持つ真田幸村。
周囲には武装した家臣たち。
そして、後ろに控えるは、不敵な笑みを浮かべる真田昌幸。
戸惑いの表情を浮かべる、幸村の兄、信之。
そんな中、信康と幸村は対峙し、鋭い視線を送りあっていた。
幸村が楽しそうに笑みを浮かべる。
「派手にやろうぜ?」
槍の穂を軽く弾くと、十字の刃がカランと鳴り、空気が一段張り詰めた。
信康は一歩、爪先から静かに間を詰め、刀を構え直す。
「ならば受けて立つ。――わが師、柳生の剣、受けてみよ」
――ガキィィン!
最初の一撃が炸裂する。
十文字の刃が斜めに落ちる。
(くっ……鋭いな……)
信康は刃筋を外して受け流す。
火花が屏風の金を掠め、木屑が宙に散った。
「ギャハハッ! やっぱ
幸村は畳を蹴り、槍を長く繰り出す。
――突き。
――
――返し
――三拍子。
槍の柄がしなるたび、床板がビリと鳴る。
信康は半歩ずつ“半身”でかわし、受ける。
刃を滑らせては懐へ道を探る。
(槍師を捌くには……足。柄の呼吸と足の刻みを読むのだ……)
一方、亮衛門と京次郎は必死に槍衾を捌いていた。
真田兵たちが二人を整然と取り囲む。
――ホレ!ホレ!かわせるのか!?
――手も出せまい!
槍の穂先が幾度も迫り、二人は汗と血を飛ばしながら打ち払う。
「くそっ!多過ぎるぞ」
「幾分の隙も与えんとは……さすが真田でござるな――」
「殿をお助けせねば!」
助け手は信康には届かない。二人はただ、槍衾を捌き続けた。
信康と幸村の打ち合いは続いていた。
「やんねえのか?なら、こっちから行くぜ!おりゃー!」
幸村は、体を沈めて足を送り出す。
身体が静かに左右に動いた。
柄の手は上で締め、下で送る。
穂先は小さく蛇行して死角を撫でた。
――ギュン!ズガッ!
刺突が閃き、柱の面をえぐった。
(ここは斜め……)
信康は柄に触れずに刃で“面”を作り、角度を殺していなす。
――ザッ!
「殿!」
亮衛門が一歩踏み出しかけ、京次郎が袖を取って止める。
「手出し無用、今は――
「むう……!」
「それより、こちらを何とかせねばいかぬぞ!」
「承知した!」
――ボンッ!
京次郎の煙玉が炸裂する。
大広間はあっという間に煙に包まれる。
だが、槍衾の勢いをおさまらない。
真田兵たちの怒号が響く。
――態勢を崩すな!
――突き続けろ!
信康と幸村は、一対一で向かいあっている。
煙が微かに足元に漂い、二人だけが広間から隔絶されているかのようだった。
信康は刀を構え直す。
「参れ!」
「オラオラオラ!これならどうだ!?」
幸村はくるりと槍を反転させた。
刃を背に回してからの逆薙ぎ。
信康は畳の縁を踏み、すべるように左へ身体を動かす。
袴の裾が風を孕んだ。
微かに煙が舞い上がる。
(柳生殿の“心眼”……)
ふと、信康の耳から音が消えたように感じられた。
幸村の呼吸、足音、刃の震え――それらが一本の糸に束ねられて、
信康の眼前で“遅く”なる。
「見える!」
――その時!
「もらったぁ!」
幸村の突きが一直線に伸びる、その直前――
信康の刃が微かに先回りし、十文字の刃先を“触れるだけ”で止めた。
――キンッ!
軽い音。だが流れは反転する。
信康の手首が返り、刀身はそのまま槍の柄に“滑る”。
擦る、ずらす、潜る――刀は継ぎ目をなぞりながら、懐へ間合いを詰めた。
「懐に――入らん!」
幸村が驚愕する。
「なんだと!嘘だろ!」
咄嗟に槍を横構えした。
そこに信康の上段。
刃筋がまっすぐ落ちる――
――バキィィン!
十文字槍の柄が、継ぎ目から裂けて弾け飛んだ。刃は床に転がる。
幸村の両手がわずかに空をつかみ、硬直する。
信康は、そのまま切っ先を幸村の喉元に止めた。
「我の――勝ちだ」
(……違う。柄だけを、狙っていたわけではない。なぜ、止めた――?)
信康の胸裏に、ひやりとした戸惑いが走る。
幸村は一拍置いて、腹の底から笑い声をあげた。
折れ柄を放り、信康の肩をドンと叩く。
「ハハハ!やっぱ面白ぇ奴だ!兄者と違って、信康殿は楽しませてくれるぜ!」
「……それが柳生の“活殺”ってやつか? 斬られるより、なんか面白ぇ気分だ」
幸村の言葉に思わずつぶやきが漏れる。
「活殺……」
――意外な結果に、家臣たちの動きが止まった。
――そして、大広間を包んでいた白煙が晴れていった……。
「何をしている!刀を抜かんか!」
信之が憤然と叫ぶ。
「うるせえよ、兄者!」
幸村が笑い返す。
昌幸は顎に手を当てながらニヤリと笑った。
「これは……面白い……」
すると、一人の侍が息を切らせて駆け込んできた。
「殿!城門で服部半蔵と
信康は納刀しながら、目を見開いた。
「半蔵が?!」
亮衛門も驚いて言う。
「柳生殿まで?!」
京次郎が冷静な表情でつぶやきを漏らす。
「家康公も……いよいよ」
城内がざわめきに包まれる。
幸村が笑いながら言う。
「信康殿のお師匠まで、ご登場ってか?ハハッ!」
信之がたしなめの声を上げる。
「幸村!ふざけている場合ではないぞ!天下一の剣法、柳生新陰流を甘く見るな!」
昌幸はしばし沈黙し、やがて口を開いた。
「……すまぬが……手は貸せぬな……」
亮衛門が大声で抗議する。
「なんですと!それでは約束が!」
京次郎が亮衛門の肩に左手を置く。
「待て。確かに約束はしておらんぞ」
信康は目を閉じてつぶやく。
「父上の手がここまで……」
(最早これまでか……)
信之が慌てふためきながら昌幸に告げる。
「父上!今、匿っていると知れれば、我が真田家は潰されますぞ!」
幸村の言葉が豪快に重なる。
「知れた事!大喧嘩だぜ!」
「バカモノ!徳川の使者と一戦交えれば、織田が黙っておらんぞ!」
家臣たちもざわめき始めた。
城内が不穏な空気に包まれる。
そして、しばらくして、昌幸が再び口を開く。
「だが……徳川の若殿がどこまで生きられるか、見たくなった。——逃がしてやれ。見物といこう」
――城内に一瞬の静寂……。
信康は意外な言葉に驚愕した。
「真田殿!」
「父上!」
信之が驚きの声をあげる。
幸村はにやりと笑って言った。
「……東の佐竹まで行きなよ。そっちならまだ手が及んでないかもしれねえぞ?」
昌幸が頷きながら応じる。
「今は織田の兵力は、羽柴秀吉を中心に西に偏っておる。まともに追えるのは、家康殿の配下ぐらいだろう」
信之が驚きを大きくして叫ぶ。
「確かに信長公の兵は……毛利攻めで西に……東には柴田勝家を始めとした小規模な軍だけですが……」
幸村は変わらず笑って言う。
「派手に暴れてぇーよ!」
「黙れ!幸村!」
「うるせーよ!兄者は!」
京次郎が小声でつぶやく。
「だが……かなり遠いぞ?
亮衛門も苦笑する。
「富士を越えるのも一苦労だったのに……」
昌幸は大きく笑った。
「ハハハハハ!」
信之がまた慌てふためく。
「父上!」
すると、昌幸の表情が引き締まる。
「信之よ、狼狽するでない。確かに今ここで徳川の使者と対面すれば、あらぬ誤解を受ける可能性が高い――それはお前の言う通りじゃ」
「父上――では?」
昌幸はうなづく。
そして、顎に手を置いて、信康に視線を向ける。
「だが……あの太刀筋は――」
昌幸の射抜く様な視線。
信康は戸惑いの表情を浮かべた。
(……真田殿――)
そして、昌幸は幸村へ視線を向けた。
「幸村!よい!馬を与えてやれ!」
すると幸村が笑って答えた。
「親父!合点承知!」
亮衛門と京次郎は納刀し、一礼した。
「かたじけない」
「恩義は忘れませぬ」
信康も深く一礼する。
そして、昌幸に問いかけた。
「試したのは……風魔殿の入れ知恵でござるか?」
昌幸が静かに告げた。
「旧友でな……海の向こうまでも見透かせる……」
「なるほど……」
信康の目はなぜか笑っていた。
そして納刀し――もう一度深く一礼した。
「かたじけない、真田殿。――この恩、忘れませぬ。」
数日後――。
信康たちは真田の城を後にし、馬を駆った。
――常陸・佐竹義重のもとへ……。
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