第7話

 最初の実戦投入は、思ったより早く来た。


 数日後の朝、まだ兵舎の空気が冷え切っている時間に、ブザーと共に緊急通達が流れた。


『第七戦術魔女隊および第七随伴護衛班、〇八三〇時。

 地上第十二ブロックへの掃討任務に就く。

 詳細はブリーフィングにて通達』


 短く、それだけ。

 だが、十分だった。


(やっぱり、“試運用”で済むような話じゃなかったか)


 制服に袖を通しながら、ぼんやりとそんなことを考える。

 〈カルマ〉──アヤネを含めた新しい隊形は、すでに“戦力”として織り込まれている。

 訓練で多少の不具合が出ても、それは「慣れ」の問題として処理される。


 ブリーフィングルームに入ると、すでに半分くらい席が埋まっていた。

 前方のスクリーンには、地上の地図が投影されている。かつて商業区画だったらしい場所。ショッピングモールや駅ビルの跡が、薄いグレーの線で描かれている。


 魔女隊三名──いや、今は四名か──が並んで座っていた。

 〈ルミナ〉が緊張で背筋を伸ばしている横で、〈クロガネ〉は無表情に地図を見つめ、〈シロガネ〉は静かに手元の簡易端末を確認している。

 〈カルマ〉だけが、やや退屈そうに椅子の脚を揺らしていた。


「脚、揺らすな。目障りだ」


 小声で注意すると、アヤネは舌を出した。


「緊張ほぐしてるだけですよ。

 ねえ、今日は“本物”なんですよね?」


「模擬じゃないのは確かだ」


 そこで、前方の扉が開いた。

 久我総一郎が入ってくる。

 場の空気が、わずかに固くなる。


「全員揃っているな」


 短い確認のあと、彼は地図に視線を向けた。


「目標は、第十二ブロック駅前広場周辺。

 ネフ反応がここ四十八時間で急増している。小型・中型が主だが、密集度が高い」


 スクリーンに赤い点が現れる。

 駅ビル周辺に、びっしりと。


「本作戦の目的は二つ。

 ひとつは、当該区域のネフ掃討。

 もうひとつは──」


 そこで、一瞬だけ間を置いた。


「高出力魔力の重ね合わせによる、“場”への干渉効果の実測だ」


 訓練で聞かされた話の“本番”だ。

 〈ルミナ〉、〈クロガネ〉、〈シロガネ〉、〈カルマ〉。

 四名の出力を意図的に同期させ、ネフの“根”への影響を測る試み。


「〈カルマ〉は、前衛からやや下がった位置で広域拘束を担当。

 〈ルミナ〉、〈クロガネ〉は殲滅。

 〈シロガネ〉前線より一歩下がった位置で防御と補助」


 久我の視線が、護衛班へと移る。


「随伴護衛班は、これまで通り魔女隊を中心に半円陣形で包囲。

 特に〈カルマ〉周辺のカバーを厚くしろ。

 ……これは念のためだ。拘束解除のタイミングが遅れれば、敵が一気に殺到する」


「了解」


 隊長が代表して答える。

 久我は一瞬だけ、俺の顔も見た。

 そこに余計な感情は読み取れない。ただ、「前に出すぎるな」という、無言の警告だけは感じた。


「本作戦の優先順位は──

 第一に、魔女隊四名の生存。

 第二に、ネフ反応の減少効果の測定。

 第三に、目標区域の制圧だ」


 生存が第一なあたり、一応は現場に配慮しているようにも見える。

 だがその直後に「測定」が来るあたり、この出撃が“実験”でもあることは隠そうともしていない。


「質問は?」


 しばらく沈黙したあと、〈ルミナ〉が恐る恐る手を挙げた。


「……追加投入の可能性は、ありますか。

 その、他の魔女隊とか……」


「現時点ではない」


 久我は即答した。


「この規模で収まると想定している。

 ただし、異常な反応があれば撤退を優先する」


 そうだろうか、と喉まで出かかった疑問を飲み込む。

 異常な反応があったとき、本当に撤退優先の判断が下るのか。

 それとも、“せっかくだからデータを取ろう”と前のめりになるのか。


「以上だ。出撃準備に入れ」


◇ ◇ ◇


 エレベーターの中の空気は、いつもよりわずかに重かった。


 装甲車の中で、魔女隊と護衛兵たちが黙って揺れをやり過ごす。

 振動と共に、天井の警告灯がゆっくりと赤に変わっていく。


「……ねえ」


 静寂を破ったのは、〈カルマ〉だった。


「本番のネフって、やっぱり“声”大きいですかね」


「わからない」


 小さく答える。


「でも、今日は無理はするな。試すのは一回でいい」


「“一回でいい”ってことは、“一回はやる”ってことですよね?」


 にや、と笑う。

 〈ルミナ〉が心配そうな顔でこっちと〈カルマ〉を見比べた。


「アヤネさん、あんまり無茶しないでくださいね……?

 わたしもセラも、レイもいるんですから」


「わかってますって。

 先輩方の邪魔にならないように、がんばります」


 軽口のようでいて、その実、妙な圧がある言い方だった。

 “役に立てなきゃいけない”という焦りが、言葉の端々から滲んでいる。


 〈シロガネ〉は、静かに目を閉じていた。

 結界の展開ルートでもイメージしているのだろう。

 〈クロガネ〉は、いつものように無表情だが、その握っている武器の柄には力が入っている。


 エレベーターが止まり、扉が開いた。

 腐敗した空気と、焦げたような匂いが、一気に流れ込んでくる。


「……やっぱり、嫌な匂い」


 〈ルミナ〉が小さく息を詰める。

 俺は短く「前に集中しろ」とだけ返し、装甲車のハッチを押し開けた。


 駅前広場だった場所は、半ば崩れたコンクリートの盆地になっていた。

 ひしゃげたバス、折れた電柱、看板の残骸。

 上空には濁った雲が垂れ込め、日光の気配はほとんどない。


「ネフ反応、複数。距離、六百から四百。小型二十以上、中型四」


 通信士の声が無線に流れる。


「魔女隊、前へ。

 護衛班、隊形展開!」


 隊長の号令に合わせ、俺たちは広場へと散開していく。

 〈ルミナ〉前衛左、〈クロガネ〉前衛中央、〈シロガネ〉やや後方右、〈カルマ〉そのさらに少し後ろ。

 俺は〈カルマ〉の右斜め後方だ。


 耳鳴りのような低音が、じわじわと強くなってきた。

 視界の端で、小さな黒い塊が地面を這い出してくる。


「来るぞ」


 銃を構え、狙いを定める。

 最初の数体は、護衛兵だけで片がついた。

 弾丸を嫌うように形を歪めながら、ネフの躯体が砕けていく。


「まだだ。

 主目標は、駅ビル側の集中反応だ」


 隊長の声に従い、広場中央を横切るように前進する。

 瓦礫の陰から、別のネフの群れが浮かび上がった。


「〈カルマ〉、準備!」


「はい」


 〈カルマ〉が、静かに息を吸う。

 足元から、鎖の気配が走る。


「《カルマ・チェイン》──!」


 鎖が一斉に跳ねた。

 ネフの群れが、まとめて動きを止める。

 〈ルミナ〉の光が、それを撃ち抜く。

 〈クロガネ〉が、すり抜けた残りを斬っていく。


 ここまでは、訓練と大差ない。

 むしろ、訓練より“うまくいっている”と言っていい。


「ネフ反応、一定範囲で低下。

 ……周辺数百メートルの雑音も一時的に減少」


 後方の管制からの報告が入る。

 久我の声が、重ねて響いた。


『〈カルマ〉、拘束範囲を拡大。

 他三名は出力を二十パーセント上乗せしろ。

 観測データを取りたい』


 予想通り、“測定”の時間が来たらしい。


「……いけますか?」


 〈シロガネ〉が〈カルマ〉に短く問いかける。


「やってみます」


 〈カルマ〉は、こくりと頷いた。

 その声に、不安と期待が同じ比率で混ざっていた。


 鎖が、さらに太くなる。

 地面に“見えない網”がかぶさっていく感覚。

 耳鳴りが、一瞬だけ止まった。


 ──静かだ。


 不自然なほど、静かだった。

 ネフの存在そのものが、一時的に“薄くなった”ような。


「……?」


 ぞわり、と背筋を冷たいものが走る。

 俺だけじゃない。

 〈ルミナ〉も、〈クロガネ〉も、わずかに動きを止めて周囲を見回していた。


「ネフ反応、急激に減少。

 範囲内の中型反応、ほぼ消失──」


 管制の声が途切れた。

 ノイズが走る。


『──待て、これは……反応が、“沈んでいる”?』


「沈む?」


 思わず聞き返す。

 その間にも、地面の感触が変わっていく。


 足元のアスファルトが、じわりと波打った。


「全員、跳べ!」


 考えるより先に叫んでいた。

 次の瞬間、広場の中央が崩れ落ちた。


 地下にあったはずの空洞──地下駐車場だろう──が、一気に抜けたのだ。

 さっきまでネフ反応が密集していた場所が、そのまま“落とし穴”になったような光景。


「っ……!」


 間に合わなかった護衛兵が、数名、瓦礫と共に落ちていく。

 〈ルミナ〉がぎりぎりで縁にしがみつき、俺はその腕を掴んだ。


「大丈夫か!」


「だっ、大丈夫……!」


 〈シロガネ〉の結界が、とっさに広がる。

 崩落エリアから飛び上がる瓦礫の雨を、透明な膜が受け止めた。


「ネフ反応、地下方向に移動!

 ……下層構造物内で、高密度集中!」


 管制の声が、ようやく戻ってきた。


(沈んでる、ってそういうことかよ)


 ネフは“消えた”んじゃない。

 地面の下の、別の階層に“潜った”。


「〈カルマ〉!」


 振り返ると、〈カルマ〉は膝をついていた。

 肩で息をしている。

 額から汗が滴り、瞳孔が開きかけている。


「……っ、下、のほう……うるさい……」


 かすれた声でつぶやく。


「“落ちてこい”“もっと深く”“ここに来い”……っ、頭の中で、うるさくて……」


「これ以上の拘束は禁止だ!」


 隊長が怒鳴る。


「〈カルマ〉は一時撤退位置まで下がれ!

 護衛班は周囲を固めろ!」


「でも──」


 〈カルマ〉が顔を上げる。

 その瞳の奥に、「まだやれる」という危険な光が宿っていた。


『〈カルマ〉、聞こえるか』


 無線に、別の声が割り込んだ。

 久我だ。


『いま、君の周囲の“場”の変動を観測している。

 ここで一度、出力を完全に切ってみろ』


「でも、そしたら──」


『命令だ。

 これは、“限界の確認”でもある』


 その言い方には、少なからず興味も混じっていた。

 現場の危険と、データへの好奇心とが拮抗している声。


「……了解」


 〈カルマ〉の肩が、わずかに震えた。

 鎖の気配が、ふっと薄くなる。


 同時に、足元の耳鳴りが戻ってきた。

 ネフの反応が、地上へと再び浮かび上がりつつある。


「くるぞ!」


 崩落した穴の縁から、黒い影が這い上がってきた。

 中型よりわずかに大きい。形が不規則で、表面の殻にはいつもより深い亀裂が走っている。


「ネフ反応、新型の可能性!」


 管制が叫ぶ。

 久我の声がすぐさま重なる。


『魔女隊、配置を維持しろ! データを取る!

 護衛班は接近を許すな!』


 いつも以上に、「測定」を優先した指示だった。

 目の前で蠢く影は、“実験体”扱いされているのがありありと分かる。


(ふざけるな)


 本音が喉元まで上がった。

 だが、叫ぶ暇もなく、ネフが飛びかかってきた。


 俺たちは一斉に射撃を開始した。

 弾丸が殻を削り、欠片が飛び散る。

 だがそいつは、今までのネフと違っていた。


 弾丸が当たった箇所から、“なにか”が煙のように立ち上がる。

 それが宙に拡散し、再び殻に吸い込まれていく。

 まるで“自己修復”をしているかのようだった。


「なんだ、これ──」


 誰かの声が漏れる。


「〈ルミナ〉、狙え!」


「はいっ、《光矢》!」


 〈ルミナ〉の矢が、ネフの頭部と思しき部分を貫いた。

 内部から白い光が弾け、躯体が大きく揺らぐ。


 しかし、完全には崩れない。

 半分ほど崩れ落ちた部分から、また新たな黒い塊が生え出してくる。


「しつこ……!」


 〈クロガネ〉が、そこへ斬撃を叩き込んだ。

 ようやく、ネフの躯体が地面に沈む。


 だが、崩落した穴の奥からは、まだいくつもの影が蠢いていた。


「このまま、ここで応戦し続けるのは危険です!」


 〈シロガネ〉が、珍しく声を荒げる。


「地盤が不安定です。二次崩落が起きたら──」


『撤退だ』


 久我の声が遮った。

 判断は早かった。


『これ以上はリスクが高い。

 現時点のデータで十分だ。

 第七戦術魔女隊および随伴護衛班は、後退ルートへ移行。

 崩落エリアには近づくな』


 あっさりとした声。

 さっきまでの「測定への執着」が、嘘のように引いていく。


(……データが取れたから、か)


 そんな勘ぐりをしながらも、命令に従うしかない。

 俺たちは、崩落した穴を大きく迂回するルートで後退を始めた。


 その途中で、ふと視界の端に何かが映った。

 崩落エリアの縁に、黒い“塊”のようなものが引っかかっている。


 ネフの残骸──ではない。

 半ば焼けただれた軍服だった。


「……隊長」


 呼びかける。


「さっき落ちた連中のひとりかもしれません。

 確認を──」


「駄目だ、篠原。近づくな」


 隊長が即座に制した。


「崩落エリア周辺への立ち入りは禁じられている。

 救助は別ルートから専門部隊が入る。

 俺たちの任務は、魔女隊四名を無事に地下へ帰すことだ」


 正しい判断だ。

 それは分かっている。

 だが、あの半端に引っかかった軍服を見捨てていくことに、胃のあたりがぐっと重くなる。


「……了解」


 短く答えたところで、背後からかすかな声がした。


「……“こっちに来い”って、言ってます」


 〈ルミナ〉だった。

 まだ肩で息をしながら、崩落エリアのほうを見ている。


「誰が」


「分かんないです。

 ネフかもしれないし、人かもしれない。

 でも、“こっちに来い”“一緒に落ちろ”って……」


 その言葉に、背筋が冷たくなった。


「〈ルミナ〉、見るな」


 〈シロガネ〉が、彼女の肩を掴む。


「今は自分の足だけ見て。」


「……はい」


 アヤネは目をぎゅっと閉じ、そのまま歩き出した。

 俺はもう一度だけ崩落エリアをちらりと見やり、それから視線を強引に切った。


(守る対象を間違えるな)


 久我の顔が浮かぶ。

 隊長の判断も、理解はできる。

 でも、心のほうは、理解に追いついてこない。


 俺たちは、ネフとの小競り合いをいくつかやり過ごしながら、なんとかエレベーターまで辿り着いた。


◇ ◇ ◇


 地下へ戻るエレベーターの中は、異様に静かだった。


 誰も口を開かない。

 〈ルミナ〉は膝の上で拳を握りしめたまま俯いている。

 〈シロガネ〉は目を閉じたまま、息を整えている。

 〈クロガネ〉は壁にもたれ、天井の一点を睨んでいた。

 〈カルマ〉だけが、ときどきかすかに震える指先を見つめていた。


「……さっきの、何だったんでしょうね」


 ようやく、小さな声が落ちた。

 〈ルミナ〉だ。


「ネフが、下に“潜った”みたいな」


「分からん」


 答える。


「ただひとつ言えるのは──

 俺たちの知らない“地形”で、向こうは平気で動けるってことだ」


「あんまり、考えたくないですね」


 リナ・サクマが、苦笑に似た顔をした。


「“見えないところ”まで敵だらけって思うと、立つ場所なくなりそうで」


「立つ場所がなくなったら、俺たちの仕事もなくなる」


 軽口のつもりで言ったが、自分でも笑えなかった。


 〈カルマ〉が、ぽつりと呟いた。


「……でも、きっと、あの下にも人がいるんですよね」


 全員が一瞬黙る。


「前に、聞いたことあります。

 崩落したビルの地下に、逃げ遅れた人たちが閉じ込められたままって話。

 そこにネフが巣を作って、ずっと……」


「〈ルミナ〉」


 〈クロガネ〉が低く名前を呼んだ。


「それ以上考えるの、今はやめなさい」


「はい」


 アヤネは素直に口を閉じた。

 だが、その目はまだ、どこか遠くを見ていた。


 エレベーターが地下に到着し、扉が開く。

 白い光と、きれいすぎる空気が流れ込んでくる。


 帰還報告を済ませ、検疫区画をくぐり、簡単な診察を受ける。

 三島が、いつものようにカルテをめくりながらため息をついた。


「……また、厄介そうなのを連れてきたわね」


「新型のネフの話ですか?」


 俺が問うと、三島は首を振った。


「それもそうだけど、今言ってるのは別の話。

 カルマちゃんの脳波、ちょっと見せてもらったのよ。

 拘束出力中のピーク値、あれ、ぎりぎりアウト寄りのグレーゾーンよ」


「アウト寄り……?」


「あれ以上上げさせたら、本格的に“戻ってこられなくなる”タイプ。

 だから、今日撤退させたのは結果的に正解」


 そう言って、ちらりと天井を見上げる。


「誰の判断だったかは知らないけどね」


 久我か、管制か、現場か。

 おそらく全部だ。


「篠原くん」


 三島が、カルテを閉じてこちらを見る。


「あなたも、そろそろ自分のメンタルチェックの欄、全部“なし”で埋めるのやめない?」


「支障、出してるように見えますか」


「いまは、ギリギリで出してない。

 でも、“守る対象”が増え続けたら、そのうち破綻するわよ」


 図星だった。

 魔女隊四名、市民の友人、仕事仲間。

 守りたいものは増え続けているのに、俺の身体はひとつしかない。


「壊れる前にちゃんと申告して。

 壊れたあとに運ばれてくるのは、医者からしたら一番迷惑なんだから」


「善処します」


「善処じゃなくて行動でお願い」


 軽口を叩き合う余裕は、まだあった。

 それだけが、いまのところの救いだ。


◇ ◇ ◇


 その日の夜、眠りは浅かった。


 崩落エリアの縁に引っかかった軍服。

 “こっちに来い”と囁く何か。

 新型のネフの歪んだ影。


 それらが、何度も夢の中で形を変えて現れた。


 目を覚ましたとき、部屋の天井はいつもの灰色だった。

 まだ起床時間には早い。

 時計を見る気にもなれず、しばらくぼんやりと天井を見つめる。


(守りたいもの、か)


 魔女たちを、“魔女じゃなくてもいい世界”へ。

 自分で口にしたその目標は、今日の出撃でさらに輪郭を増していた。


 地上を奪還しない限り、彼女たちは降ろされない。

 だが、その地上は、思っていた以上に“敵の領分”になっていた。

 目に見える範囲だけじゃない。地面の下、構造物の奥、“場”そのもの。


 久我たちが描いているのは、「その敵領域を力づくで上書きする」シナリオ。

 俺がぼんやりと描き始めているのは、「その前に、こっち側を守り切る」シナリオ。


 両方を同時に成立させるのは、おそらく不可能だ。


(どこかで、選ばなきゃならない)


 いつか、“線”を越える日。

 そのとき、自分が何を守ると言い切れるのか。


 まだ答えは見えない。

 ただ一つだけ確かなのは──


 今日、崩落エリアの縁で見捨てた顔見知りのはずの“誰か”のことを、俺はきっと、一生忘れられないだろうということだった。


---------------------

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。★やフォロー、ひとこと感想などいただけると、続き執筆の大きな力になります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る