第5話 スキル【ハイポーション】

 「改めて言おう、私のスキル名は【ハイポーション】だ」


 そう告げた萌黄は、黒い手袋をはめた後、その人差し指をペットボトルに突っ込む。


 萌黄がスキル発動を宣言すると、指先に茶色の水球が発生し、ペットボトルへと液体が注がれていく。


 それは吐瀉物のような臭いを放っており、かなりの生理的嫌悪感を抱くものであった。


 「ッ......付いてきてくれ」


 萌黄は通路を突き進み、孤立していたゴブリンを見つけるや否や、手に持ったペットボトルを振りかざし、とろみのある液体をゴブリンに掛ける。


 「gggyaaaaaaa!?」


 液体はゴブリンの粘膜に接触し、その瞬間ゴブリンが悶え始め、その場でのたうち回る。


 ゴブリンは身体全体からありとあらゆる液体を垂れ流しており、辛うじて息はあるものの、見るも無惨な姿になっていた。


 「借りるぞ」


 「あっはい」


 俺の手から金属バットを受け取った萌黄は、先端をビニールで覆った後、容赦なくゴブリンを叩きつけて塵に変える。


 「ご覧の通り、これはハイポーションという名の劇物を生成するスキルだ」


 「......てっきり回復スキルだと思ってましたが、まさか攻撃系だとは思いませんでした」


 「あぁ、管理局の方々もそう考えていたようでな、好奇心旺盛な局員の一人が一気飲みで気絶してしまった」


 「大丈夫なんですか?その人」


 「東矢さんという方なのだが......」


 心配して損したじゃねぇかよ。



 「そういえば、萌黄さんはどうしてダンジョン攻略を?」


 「......」


 ひとまずパーティを組むことになった俺達は、ゴブリンを狩る道すがら、互いの事情について話していた。


 俺の質問に対し、萌黄は一呼吸置いた後に答えた。


 「別に大した理由はない」

 「ただ、スキルという特殊な力に興味を持っただけに過ぎない」


 そう口にする萌黄はどこか恥じらいのある顔をしているが、踏み込んではならない領域だと感じた俺は追求することができなかった。



 その後、俺と萌黄は第一階層でゴブリンを狩り続け、第二階層へ続く階段へ辿り着く頃には、その数が二十体を超えた。


 接敵してすぐに俺が【壁尻】を発動し、相手がメスならそのまま拘束して撃破。


 相手がオスなら俺が一撃を入れて怯んだ隙に、萌黄の【ハイポーション】でトドメを刺すというやり方が思いの外上手くいき、両者共に無傷で戦い抜くことができている。


 一方で、金属バットは凹み、疲労も溜まってきており、第二階層へ行くのは危険だろう。


 時間的にも潮時だ。


 「もうそろそろ地上へ戻りましょうか」


 そう俺が言いかけた時。


 「きゃぁぁぁあああああああ!!」


 真下から響く悲鳴に一瞬立ちすくむ俺だったが、対する萌黄は一目散に階段を駆け降りていく。


 見ると既にスキルを発動してペットボトルを満タンにしており、戦闘準備を整えていた。


 こうしちゃいられない、俺も急いで萌黄の後追った。



 階段を降りた先には第一階層と似た迷路が広がっていたが、その場では二体の異様なものが一人の探索者を襲っていた。


 ゴブリンとは比較にならないほどの巨体をもつそれらは、本来第六階層以降で出現するオークというモンスターであった。


 探索者の顔は見えないが、その身体は確かに震えており、恐怖に怯えた彼を救い出さなければと決意する。


 「萌黄さん!【壁尻】を使います!あの探索者を奴らから離してください!」


 「了解!」


 オークの片方に近づいた萌黄は、醜悪な顔面に向かってハイポーションをぶち撒ける。


 目に激痛が走ったオークは両手で顔を覆い、もう片方のオークがそれを庇うように前に出る。


 その一瞬の隙に萌黄は探索者を救助しようとするが、彼の姿は既に消えていた。


 「萌黄さん離れてください!」


 周囲を見回す萌黄だったが、俺の叫び声が聞こえると華麗な身のこなしでオーク達から距離を取る。


 「【壁尻】発動!」


 萌黄を視界から外した俺は、二体のオークとその背後にある壁を見つめながらスキルを発動する。


 右手から放たれたオーラは前に出ていた方のオークに命中し、その巨躯をダンジョンの壁に引き摺り込む。


 「よしっ!まずは一体!」


 続け様にもう一度【壁尻】を使うが不発してしまう。


 先ほどの様子から見ても、この二体のオークはつがいと判断して間違いないだろう。


 「萌黄さん!壁に埋まったオークを盾にしてください!」


 俺の読み通り、縦横無尽に動き回る萌黄に対し、残ったオークは壁尻オークを傷つけないように慎重な立ち回りを見せている。


 そして萌黄による【ハイポーション】のダメージも蓄積しており、次第に動きが鈍くなっていく。


 俺が金属バットで何度も足を叩き続けたこともあり、遂にオークは前方へ倒れ込み、総攻撃の結果塵と化した。


 「後は、壁尻中のオークだけか」


 拘束したとは言っても、抵抗する手段を完全に奪ったわけではない。


 オークは必死に足をジタバタさせており、迂闊に近寄れば命はないだろう。


 俺は何とかして動きを止めようとバットを振り回し、多少足を落ち着かせるもバットが完全に折れてしまった。


 「......白壁君、ここは私に任せてくれないか?」

 「私がこの手で、抵抗する間もなく一撃で奴を倒してみせる」


 「萌黄さん!?」


 そう言い放った萌黄は、俺の制止を振り切ってオークへ近寄る。


 既にペットボトルが空になっていたため、その場に置いた萌黄は、両手を組んで人差し指を真っ直ぐオークへ向けて伸ばし、高らかに宣言する。


 「スキル【ハイポーション】発動ォッ!!」


 オークに盛大なカンチョーをお見舞いした萌黄は、そのままの勢いでハイポーションをオークの体内へ流し込む。


 瞬く間に全身を巡った猛毒はオークの命をあっさりと奪い、跡には塵と少し大きめな魔石だけが残った。


 「......ッ」


 「萌黄さん大丈夫ですか!?」


 「......お、」


 慌てて萌黄の様子を確認しようと近づく俺。


 すると......


 「オーホッホッホッ!!たった二体のオークなど屁でもありませんことよ!!!」


 萌黄は妙なテンションで笑い始め、握りしめた拳からハイポーションを垂れ流している。


 周囲からは大声に釣られた数体のゴブリンがやってくるが、萌黄はものともせずにゴブリンを打ち負かしていく。


 「このまま第二階層のモンスター共を殲滅してやりますわー!!!!!!」


 そして俺が呆気に取られる間もなく、萌黄は変わり果てたテンションのまま、ダンジョンの奥へと駆けていった。

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