第7話 混浴
ぜぇぜぇとえずく私の背をさすりながら、ランがルドとマーシュを叱っている。
生首をぶら下げ、しかも返り血に染まっているルドの後ろから、赤黒い粘液に包まれたどろどろの何かを持ったマーシュがのこのこと入ってきて、私はそのグロさに立て続けに3度も嘔吐したのだ。
着ているネグリジェも手も顔もすっかり汚れた。ランの着ている白いシャツにも胃液をぶちまけてしまった。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
通じないのは分かっていてもつい日本語で謝る私に、ランは苦笑していた。それから男どもに説教を始めたのだ。
お風呂入りたい……あと洗濯……
と私がボンヤリ考えている間にも、ランの説教は続いており、その中に時々私の名が挙がる。
何か言い返してはランに怒られてしょんぼりするルドと、全然
ぶつりと途絶えたあの獣の叫び声。
まさか生きたままの獣の首を落としたのだろうか。
私からしたら年端もいかない少年が、そんな残酷なことを?
それにルドは、まるで戦利品かのように意気揚々と切り落とした首を見せにきた。
あれは、明らかに、褒められることを期待していた。
いくら、自分の身が危ういとしても。
私みたいに逃げて身を守るのではなくて、相手を殺すことで危険を取り除くのが、この二人にとっては……いや、武器を手にしていた以上、ランにとっても、当たり前なのか。
この世界で生き抜くには、そのぐらいのこと、平然とやれなければいけないのだろうか。
色々な推測に目眩がする。
「モカ?」
ランがそっと私の顔を窺う。
そして私を横抱きに持ち上げた。
……皆、揃って力持ちすぎないか。
ランはさほど背が高くないうえ、ルドよりも華奢な見た目をしているのに。
悲しくも中肉中背、太ってはいないが決して痩せてもいない私を苦も無く運べるなんて。
着いた先はお風呂だった。
ランは、浴室の物入れから石炭らしき黒い大きな石をいくつかと紫色の球体の何かを取り出すと、浴槽に貼り付けられた青い箱に入れた。
その箱の表面の模様に手をかざす。
そこが熱源らしく、やがて、浴槽に張った水から湯気が立ち昇りはじめる。
「モカ」
手で湯加減をみたランに、お風呂に入るよう身振りで促されたけれど、
なんでこの世界の男たちは女性の入浴に立ち会おうとするんだろう……。
できるならセクハラで訴えてやりたい。
性的なことに対しての配慮というか倫理観も、私のいた日本とは違うようだ。
とんでもない国に来てしまった……。
せっかくの温かい風呂を前にして入浴を渋る私に何を思ったのか、ランが豪快に服を脱ぎだした。
シャツとズボンをぽいぽいと其の辺に打っちゃって、下に着ていた胸甲も、更にその下に巻いてる晒も取り払っていく。
やだ、男の人と一緒に入るなんて絶対に……!
ん?
んん??
んんん???
「ラン、女の子なの……?」
第二次性徴を如実にあらわすそのこんもりふっくらした胸部をつい凝視してしまった。
あ、ごめん。いくら同性でもあまりじろじろ見ていいもんじゃない。
慌てて目を逸らす私をよそに、ランは全く躊躇いもせずに下着も脱いでしまった。
そして手桶にお湯を汲んで体と髪にかけて、さっさと浴槽に入ってしまう。
こんなに潔く脱がれたら私もそれに倣うしかないか……。
ランのおかげで変に腹の決まった私は、
自分の吐瀉物で汚れたネグリジェを脱いで裸になると、ざぶんとお風呂に入った。
温かいお湯に身も心も解けていく。
昨日は冷水風呂で、寒かったなぁ……。
ランは衣服こそ全て脱いでいるけれど、小刀を首から下げたままだ。
背中といわず脚といわず、全身に肌よりも白く傷痕がのこっている。
……この世界で生き抜くには、戦うしかないのだと、若い娘の身体が物語っている。
「ラン……」
肩にある引き攣れた傷痕に思わず手が伸びかけた。
その途端、ランの右手が、その胸元に揺れる小刀を引っ掴んだ。
ランはこちらを見もせず
「モカ」
低い声。
はっきりと制止された。
私は
「ごめんなさい」
詫びて頭を下げると、ランはようやく小刀から手を離した。
そしてランは無言のまま浴槽から出ると、物入れからタオルを勝手に引っ張りだして身を拭い、下着とズボンを穿いて、上半身は晒と胸甲を着ただけで立ち去った。
身体が充分温まったところで、私もお風呂から上がった。ランを真似てタオルを拝借する。
替えの服、借りられるかな……。
タオルで身を包んで、私が考えていると、突然浴室のドアが開いた。
「ひゃぁ!?」
私は驚いて悲鳴を上げてしまった。
入ってきたのは金髪のマーシュだ。しかも上半身裸のまま。
血のついたタオルを肩に引っ掛けている。
……これは偶発的な事故だ、私のお風呂を覗にきたわけではない。と思うことにする。
「マーシュ!∆¶×№©®£‘;)(\/{{}==<}≫!!!」
あ、後ろから来たランがめっちゃ怒ってる。
それに対してマーシュは、
へいへい、すみませんでした。とでも言ってそうな様子と口調で肩を竦めて何か言い、私に軽く会釈をして出ていった。
ランは服を一式持ってきてくれていた。
衣類をその場に置くと、ランがまず、工の字型の布を手に取って穿く真似をする。
ふむふむ、縦の布がいわばクロッチなのね。
それで、お腹とおしりの布を、紐を通して、結ぶ、と。
私もそのとおりに自分の身につける。
肩紐のついた帯状の布はブラジャーなのか。で、これは背中で一回交差させて前に持ってきて、端っこの紐を結んでとめるのね。
ランは身振り手振りで着方を私に教えてくれた。
言葉のわからない私が理解できるように。
その気遣いがありがたくて
「教えてくれてありがとう、ラン」
でも私の言葉に、ランは首を傾げるだけだった。
あぁ、私を転移させた神さま。
どうして異世界語のスキルというものを授けてくれなかったんですか。
お礼も伝えられないのは、少し悲しいです。
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