スティーブのこと

ようすけ

第1話



 スティーブという男は役立たずだ。わたしも職場の同僚たちから役立たずと言われることがありはしたが、わたしはスティーブがピクルスを食べているのを見た。

 職場では、わたしとスティーブとの下位決定戦が行われている。

 わたしは別に最下位でも良かったのだが、誰もがわたしに一票を投じようとしている最中に、本当の役立たずはスティーブだと認識して欲しかった。

 スティーブは簡単なバーガーの作り方さえ覚えていずに、自分の夢であるドラムの練習を、パティを掴むトングでしているのだった。

「その音うるさいんだけど……」とスティーブが職場の中でも発言力のある美咲という女性に注意をされるのだったが、注意を受けたスティーブはわたしを一瞥し、それから美咲を見る。そうして最後にはやはりわたしに視線を送るのだった。

 わたしはスティーブのこうした一連の目配せに対して、一体全体、何を感じ取ればいいのか分からなかった。だからわたしは皆から邪険にされるのだと自分を責めたとしても、本当に一体全体に何を感じ取らなければいけないのかが分からなかったのだ。

「スティーブ、仕事中にトングをカチャカチャ鳴らすのを止めてくれない?」と美咲が今度ははっきりとした言葉でスティーブに注意をする。

 スティーブはといえば、注意されたのが不本意だとばかりに、やはりわたしに一瞥を送るのだった。わたしは正直な話を言えば、この美咲という女が怖かった。発言力が多大にあるのは認めるし、その発言の殆どが的を得ずに理不尽極まりないものだったとしても、誰もがこの美咲を恐れて敷かれたレールを走るような仕草や言動、発言しか許されていなかったのだ。

 わたしはスティーブがわたしを見る視線から逃れ、注文を受けたサラダを作り始めた。

 大根を切る。大根は細切りだ。次に薄く切った玉ねぎ、髪の毛の細さしかないような人参、最後には枝豆を剥いた。

「よお、公明!」とスティーブがわたしに話し掛けるのだったが、こんな状況でスティーブの話に耳を傾けようものなら、美咲を筆頭に、わたしは仲間外れにされるのに決まっていた。無視を頑張る。それでもスティーブの視線はわたしに向けられていた。

「よお、公明ったら!」

 わたしはハッとしたような演技で包丁を掴む手を休め、スティーブを見た。

 スティーブの方向を見る傍ら、横目では美咲の動向も気になっていた。

「どうしたの、スティーブ」

「公明、この女がうるさいんだけど」

「この女?」とわたしはトボけた。

 なおもスティーブが続ける。「公明、こんな女は殺した方がいいと思うんだ」

「こんな女って誰なの?」

「知っているくせに……」とスティーブの声が聞こえた。

 わたしはサラダを作り終え、それを提供棚の上に流した。

 やれやれ、という感じで包丁を洗い始める。

 するとどうだ。「おえええ」という声が聞こえた。次にキッチンのシンクを何かが転げ回るような音が聞こえる。そこではスティーブが美咲を殺している所だった。手に持ったトングでまずは美咲の顔を刺し、痛がる美咲の腹に、美咲の顔を刺して血で汚れてしまったトングを刺す。「次はどこだ、このアマア!」とスティーブの荒れ狂う声が聞こえた。

「痛い、痛い、痛い、こいつは頭がオカシイ!」と美咲がスティーブから逃げようとするのだったが、今や美咲は手負いだった。しかもトングで顔を刺されたので、きっと目も見えていないはずだ。逃げようとする美咲がわたしの眼の前を通ろうとしたので、勢いで右足を差し出して美咲を転ばせてしまった。

「ぎゃあ、公明、公明! あんたの仕業ね」

「違うよ、公明は何もしていないよ」とスティーブがわたしを庇った。

「訴えてやる、あんたら二人を訴えてやる!」

 騒ぎはキッチンだけにとどまらずに、客たちが食事をしているホールにまで響き渡っていた。だが、美咲を助けようとする者はいなかった。どうしてなのか理由は分からなかったが、凄い騒ぎだというのに、キッチンへと美咲の加勢に訪れる従業員も客もいなかったのだ。これをいいことに、スティーブがなおも美咲を痛めつけた。

「おれはお前が嫌いなんだ、大嫌いなんだ」

 わたしは床を転げ回る美咲の顔を、思い切り踏み潰した。

 これはとても面白かった。変な音も聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

スティーブのこと ようすけ @taiyou0209

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る