第8話
夢の告白
その夜も、俺と少年は路地裏を並んで歩いていた。
二年という時間の中で、夜の散歩はもう習慣ではなく、俺たちの「生き方」になっていた。
少年のスケッチブックは、もう何冊目かわからない。
ページをめくれば、そこにあるのはすべて俺の姿だ。
路地に佇む影、屋根の上で月を仰ぐ横顔、しっぽを誇らしげに掲げた瞬間。
紙の上には、確かに俺という存在が刻まれていた。
鉛筆の跡が幾重にも重なり、スケッチブックはまるで俺で埋め尽くされていた。
「ホーリーナイト……君は、僕の一部なんだ。」
少年は小さく呟き、また新しいページに線を走らせた。
俺はそばでしっぽを揺らしながら、その手の動きをじっと見守った。
◇
やがて筆を止めた少年は、夜空を見上げるようにして口を開いた。
「僕には恋人がいるんだ。」
不意の言葉に、俺は耳をぴくりと立てる。
「……恋人?」
「もう長い間、離れ離れなんだ。でも約束したんだよ。必ず夢を叶えて、あの人の家に帰るって。」
その声は震えていなかった。けれど、その目の奥には切なさが滲んでいた。
「僕は描き続ける。自分のために。そして恋人のために。……それに」
少年はスケッチブックを閉じ、俺の方を見て笑った。
「……親友のお前のためにも。」
親友。
その言葉が、胸の奥に鋭く響いた。
誰からも忌み嫌われ、黒猫と罵られてきた俺に、そんな呼び方をする人間がいるなんて思いもしなかった。
◇
気づけば、俺は少年の足元に身を寄せていた。
甘えるなんて俺の柄じゃない。だが、その瞬間だけは素直になれた。
しっぽを軽く足に絡ませると、少年は驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう……ホーリーナイト。」
その声は、冷たい夜風の中でも不思議とあたたかかった。
◇
あの日から、俺は少年に少しずつ甘えるようになった。
隣を歩くだけでなく、時に肩に飛び乗り、時に膝の上で眠る。
孤独が当たり前だった夜に、寄り添う温もりがある――それを俺は初めて知った。
そして胸の奥で、密かに誓った。
「こいつの夢が叶うなら……俺はどんなことだってする。俺とお前は親友だ、少年」
しっぽは夜空に高く掲げられ、誇らしげに揺れていた。
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