第8話

夢の告白


その夜も、俺と少年は路地裏を並んで歩いていた。

二年という時間の中で、夜の散歩はもう習慣ではなく、俺たちの「生き方」になっていた。


少年のスケッチブックは、もう何冊目かわからない。

ページをめくれば、そこにあるのはすべて俺の姿だ。

路地に佇む影、屋根の上で月を仰ぐ横顔、しっぽを誇らしげに掲げた瞬間。

紙の上には、確かに俺という存在が刻まれていた。

鉛筆の跡が幾重にも重なり、スケッチブックはまるで俺で埋め尽くされていた。


「ホーリーナイト……君は、僕の一部なんだ。」


少年は小さく呟き、また新しいページに線を走らせた。

俺はそばでしっぽを揺らしながら、その手の動きをじっと見守った。



やがて筆を止めた少年は、夜空を見上げるようにして口を開いた。


「僕には恋人がいるんだ。」


不意の言葉に、俺は耳をぴくりと立てる。

「……恋人?」


「もう長い間、離れ離れなんだ。でも約束したんだよ。必ず夢を叶えて、あの人の家に帰るって。」


その声は震えていなかった。けれど、その目の奥には切なさが滲んでいた。

「僕は描き続ける。自分のために。そして恋人のために。……それに」

少年はスケッチブックを閉じ、俺の方を見て笑った。

「……親友のお前のためにも。」


親友。

その言葉が、胸の奥に鋭く響いた。

誰からも忌み嫌われ、黒猫と罵られてきた俺に、そんな呼び方をする人間がいるなんて思いもしなかった。



気づけば、俺は少年の足元に身を寄せていた。

甘えるなんて俺の柄じゃない。だが、その瞬間だけは素直になれた。

しっぽを軽く足に絡ませると、少年は驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうに微笑んだ。


「ありがとう……ホーリーナイト。」


その声は、冷たい夜風の中でも不思議とあたたかかった。



あの日から、俺は少年に少しずつ甘えるようになった。

隣を歩くだけでなく、時に肩に飛び乗り、時に膝の上で眠る。

孤独が当たり前だった夜に、寄り添う温もりがある――それを俺は初めて知った。


そして胸の奥で、密かに誓った。

「こいつの夢が叶うなら……俺はどんなことだってする。俺とお前は親友だ、少年」


しっぽは夜空に高く掲げられ、誇らしげに揺れていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る