第9話 想い と 覚悟

少年が体調を崩したのは、冬の冷たい雪が舞う夜だった。

その日は偶然、ホーリーナイトが三歳の誕生日を迎えた日でもあった。

特別なはずの夜に、最愛の友が苦しむ姿を見なければならないなんて、黒猫には理解できない理不尽さだった。


最初は小さな咳だった。やがて熱は上がり、息は浅く、指先まで青ざめていく。

布団の中で身動きもままならず、食事も喉を通らなくなった少年。

ホーリーナイトは寄り添い、ただその姿を見守るしかなかった。


それでも少年は、最後の力を振り絞ってスケッチブックを開く。

震える指で鉛筆を握り、かすれる息を整えながらページをめくる。

描かれるのは、決まって黒猫――ホーリーナイトの姿だった。

やがて、最後の一冊もすべて黒猫で埋め尽くされた。


「……これで、もう描くページはないや」

弱々しく微笑む少年は、目の前の友達を見つめ、掠れた声で告げた。


「君は……黒き幸、ホーリーナイトだ。

 僕にとっての騎士であり、幸せをくれた友達。

 その名を、ずっと忘れないでほしい」


黒猫の胸が熱く震える。

ただ「黒猫」と呼ばれてきた自分に、唯一与えられた誇りの名。

孤独だった夜に、初めて差し込んだ灯火のように感じた。


少年は布団の中で力なく横たわり、震える手で机の上の封筒をつかみ、黒猫に差し出した。


「……走って……これを届けてくれ……」

声は途切れ途切れだった。


「夢を見て飛び出した……僕の帰りを待つ恋人への手紙だ」


黒猫は迷わず封筒を牙でくわえた。

その重みは胸に刻まれる最後の使命だった。

少年は安堵の微笑みを浮かべ、そっと瞼を閉じていった。


「ありがとう……君がいてくれて、よかった」


その言葉は雪に溶けるように消え、二度と返ってこなかった。

ホーリーナイトはその夜、朝が来るまで少年の傍を離れなかった。

ただ静かに寄り添い、声を上げることもなく、鼓動の消えた温もりを見守り続けた。


やがて夜明けが訪れる。

白い光が窓から差し込み、冷たい朝が街を包む。

黒猫は少年に最後の別れを告げ、机の上の封筒に歩み寄った。

一度前足で触れ、決意を確かめるように間を置き、きゅっと牙でくわえた。


――こうして黒き幸ホーリーナイトは、少年の願いを胸に、その場を後にした。

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