【二十話 アクマの森の仔〜黄昏〜⑦】

マーリンが【生贄竜】の【蒼】に魅せられ再び会いたいと思っている間、扉の向こうで怪しい集団がコソコソ話していた。


「あ、マーリン君、起きていますね」(小声)

「なんと!これはこれは一体どういう事じゃ?人間の方じゃがにしかも、普通に大人しくなっておる」(小声)

「ですね!でも、やっぱり部屋を移してしまったから混乱しているのでしょうか?ベッドから起きた体勢のままずっと動く様子がありませんね」(小声)


扉を少し開けて部屋を覗いてい小声で話しているのは、マーリン世話係第二号に任命された、お掃除用戦闘服メイド服に身を包んだウーサーと、強制的にウーサーと同じ服を着せられたマーリン世話係一号こと自称ブリテンで一番チャーミング&プリチーおじじことエムリスだった。


「ふぅむ...ウーサー様、本当によろしかったのですかの?坊やを拘束せんで。今は大人しくとも、儂等を見た瞬間驚いた拍子に発狂されてしもうたらウーサー様のみに危険が及ぶかもしれませんぞ?」(小声)

「大丈夫ですよ。驚きはするでしょうが、エムリスさん達が言っていた通りには激しく暴れることはありません。───元凶の【ゲテモノ】がもういないので」

「元凶?【ゲテモノ】とな?それは一体何なのですかな?」(小声)

「ふふふ」(小声)

「ウーサー様?」(小声)

「もうそろそろ中に入りましょうか」(小声)

「ウーサー様?」(小声)

「【ゲテモノ】ってのがいてもいなくてもこんな格好の俺達が入ってきたら、あの坊主絶対に驚いてパニクるに決まってると思うんですが」(小声)

「「(うんうん)」」


二人の会話を少し離れた所で聞いてツッコむ三人の男達。

彼等はもしマーリンが発狂した時に直ぐに取り押さえられるようにと、派遣された騎士達なのだが、何故か皆覇気がなく目が死んでいた。


「ベイリンさん、俺達何時までこの格好をしてればいいんでしょうか......?」

「知らん」

「少なくともあの二人が普通の格好に戻るまででしょうね」


彼等の会話で分かったと思うけど、三人共エムリス同様、お掃除用戦闘服メイド服を着せられていた。ウーサーたちの下に着たまでは良かったが、そこでウーサーに地下室の掃除を手伝って欲しいと言われながらあのお掃除用戦闘服メイド服を渡された。

三人の騎士は掃除は手伝うが流石に女物の服は着るのは抵抗があり着る方は断ろうとしたのだが、ニコニコと笑顔のウーサーの圧に負け、黙って服に袖を通した時の騎士達は心を押し殺して無になったのは言うまでもない......。因みにエムリスはもう慣れた。

そんな騎士達の心の有り様に気付かず、ウーサーとエムリスは作戦の最終確認をしていた。


「いいですか?エムリスさんは風を起こして扉と窓をバーンと開けて、少し淀んでしまった空気を外へ追い出し換気を良くします」(小声)

「その後にウーサー様が部屋へ突入し、例の“あれ”を使って坊やを再び眠らせ、掃除した地下室へと移動させるのでしたな」(小声)

「そうです」(小声)


......普通に入って声かければいいのでは?今本人起きてるんだからさって思うじゃん?

でも残念なことに、この二人には普通という当たり前の事を思いつかない思考回路の持ち主だ。

そういう事なので、お馬鹿で幼稚な作戦は容赦なく決行される。


「では入りますよ。3,2,1!」(小声)

「ホイッとな!」


ビュオオオ!


「!?」


ウーサーの合図でエムリスが風を魔術で発生させた。魔力で編み出された風は室内に勢い良く入り込み、バンッと扉と窓を開け放ちそのまま外へと通り過ぎていった。


「何だっ!?」


窓と共に閉じていたカーテンも開いたので、其処から部屋全体に陽の光が差し込んでくる。薄暗さに慣れていたマーリンの目はいきなり入ってきた光の眩しさに思わず目を瞑ってしまう。

しかし、目を瞑っても光は難なく薄い目蓋を貫通して容赦なく視界を奪われてしまう。


「クソが!」


いなくなった筈の【ペット】が仕掛けてきたかと思い、つい汚い言葉を発しながらも身を強張らせてしまうマーリン。恐れて構えてしまうのも無理はないこれは【ペット】の常套手段の一つで、地下室のことでもそうだったが、強制的に現実に彼等の意識を現実に引き出し、何が起きたか状況が分かっていない隙に襲ってくるもの。


「(光で目を潰してる隙に来るか!?)」


本当にとことん卑怯で卑劣極まりない【ペット】の行動に吐き気がするマーリンに対し、大変申し訳ないけど今回のコレは【ペット】ではなく思考回路がちょっと飛んでるウーサーとエムリスがやった事なのでマーリンが警戒していることは一切起きることはない。

当たり前だけどそんな事一切知らないマーリンは、風が吹いてきた方と魔力を探査する魔術を使い、魔力が発生した場所を特定して、その方向に身体を向け防御の体勢を取りながら、敵わないと知りながらもいつでも反撃出来るように構えた。

......が、警戒レベルを最大に上げて待ち構えているマーリンに【ペット】が襲いかかってくる気配がない。

それどころか、


「(やつのあの嫌な臭いが全くしないし、気持ち悪い息遣いも聞こえない...?何が起こってるんだ??)」


マーリンの目が徐々に光に慣れ始めてきて、もう開けても大丈夫な程回復はしたのだが、目蓋を開けようとはしない。目を開けて映した景色がもし、またあの名状し難い不気味な【色の世界】だったら......と思うと怖くて開けられないのだ。

目を開けて状況を確かめたいが怖くて開けたくない、マーリンの中で見たい見たくないと心の中での葛藤が、更にマーリンを焦らせ苛立たせてしまう。

マーリンが迷っている間に部屋に二つの気配が入ってきたのに気付き、マーリンに緊張が走った───


「おはようございます、マーリン君!今日はとても良いお掃除日和ですね!」

「は?」


最初にマーリンの耳に入ってきたのは、何処かで聞いたことあるような子供の声。この声は確かあの地下室で聞いた、マーリン達に優しく掛けてくれたものだ。何て言っていたのか、内容は殆ど覚えていないが最後だけ「───あっ、しま」だけは何故かハッキリ覚えていた。

それだけではない。この声の主に他にも心当たりがあった。あの瞳の色。

声は違かったが瞳の色は、【蒼】は黒い空間で視た【灰色の竜】と同じ瞳の色だった。


「(だったら、この声の主は【灰色の竜】本人、もしくは【竜】に関係あるもので間違いない!)」


そう思い至ったマーリンはやっと閉じていた目を開ける決断をし、ゆっくりと恐る恐る目蓋を開け────




「─────誰だテメェはぁぁ!!?」




思わず腹の底から叫んでしまう。マーリンが驚きウーサー達に向かってそう叫んでしまうのも無理はない......。忘れているかもしれないが、彼等の今の格好は上から黒の三角巾を頭と口に巻き、目にはゴツいゴーグルみたいなメガネを装着。両手足には騎士用の厚手頑丈な手袋とブーツ。

極めつけはフリルの付いた黒いエプロンとメイド服......不審者待った無しの姿の人間が最初に目に映りゃ、流石の私でも彼と同じセリフを吐く。

因みに女物の服を着ている五人だが、マーリンが発狂しなかったのは最初に嗅いだ匂いで男だと分かったからで、あと、エムリスの方は三角巾からフサフサの髭が見えてるし、ウーサーとエムリス以外の三人の騎士達のメイド服姿はサイズが少し小さかったのか、パツパツだった(特に胸の辺り)......。これを視たおかげでマーリンは発狂せずに済んだのでした......別の意味で発狂しそうだけれど。


「良かった、マーリン君お加減良さそうですね!」

「そうですなウーサー様。それよりも、そろそろこれ三角巾とゴーグルを外しませぬか?マーリン坊やの面白い顔を見るのも良いですが、これでは顔が隠れて誰が誰だか分かってもらえませぬぞ」

「あ、そうですね。マーリン君、ちょっと待ってくださいね」

「(何が待ってくださいだ!?あと俺は何を見せられてんだ??)」


と、少し落ち着いたがそれでも彼等の登場とその姿のインパクトが強すぎて、混乱から脱せないマーリンだった。一応マーリンは大人しく、しかし警戒は解かず、ウーサー達が三角巾とゴーグルもどきを外すのを待つ。ウーサーが最初に頭の三角巾を外すとそこから灰色の髪がスルリとこぼれ落ちた。それを見たマーリンは瞠目する。


「(灰色!?いや、まさかっ!こんな巫山戯た格好の変態があの【灰色の竜】と同一か関係者なんて......)」


マーリンがそうこう思っている内に、ウーサーは口を覆っていた三角巾を外し終え、次にゴーグルもどきを外そうと手を伸ばしているところだった。それをマーリンは食い入るように見る。

ウーサーがゴーグルもどきに手をかけ、外した時マーリンが一番気にしているモノが顕になった。


「はじめまして!私はウーサーと申します。マーリン君のお世話係その②です!精一杯貴方達のお世話をしますのでこれからよろしくお願いしますね!」

「儂はエムリスじゃ。お主達の世話係その①で、師匠となる者じゃ。あと、お前さん達を此処につれてきて、名付け親になったのも儂じゃ。宜しくの」

「...........................」


二人の軽い自己紹介は残念ながら今のマーリンの耳には入らなかった。何故なら彼の心の中は今、眼の前にいるウーサーに、彼の瞳の【色】に釘付けになっているからだ。

それともう一つ、


「(嘘だ...。こんなヤバい格好した変態が、あの【竜】本人?関係ある者だと?......嘘に決まってる。そうだ嘘だ......嘘、だよな??)」


あの格好のウーサーを【灰色の竜】本人又は関係者と認めたくなくて、何度もマーリンは心のなかで否定していた。しかし悲しいかなウーサーの髪と瞳の色はあの【竜】と全く同じ色だ。

マーリンの中で黒い空間で視た【灰色の竜】は厳かで神秘的なイメージを壊しくたくない一心で、目の前にいる存在ウーサーを何度も否定しようと試みるも、彼の持つ【色】がそうさせてくれない。


「...........................」

「む?何故かは知らんがマーリン坊や、ウーサー様をガン見したまま動きませんのう。これはを使うチャンスでは?」

「ハッ!そうですね、では早速───」


と、ウーサーはエプロンに入れていた白い筒を手に取り、中の物を取り出して、まだウーサーを否定し続け固まっているマーリンの顔の前に取り出したものを突きつけた......のだが、


「...........................」

「あれ?反応がありませんね」

「ウーサー様、少しそれを振ってみてはいかがかの?」

「はい」


マーリンの目の近くでそれをフリフリと小さく振ったり、大きく振ったりもしてみた。しかし、マーリンは何の反応も見せない。

一方、その様子を部屋の外で見守っていた三人の騎士達はヒソヒソと、


「......あのベイリン隊長。ウーサー様の持ってるってもしかしなくても、あの植物ですよね?」

「ああ、あの草で間違いないな」

「ですね。自分もよく道端で生えているのを摘んでは近所にいた猫達と遊んでましたよ。


─────アレと同じネコジャラシで」


ネコジャラシ───猫のおもちゃみたいな形状の植物で、実際それで猫と遊ぶことも出来る何処にでも生えてる普通の草。

ウーサーが持っているのは正にそれで、黄緑色の細い茎の先には10cm位の立派なフサフサの花穂をマーリンの目の近くでフリフリ振っていた。

.........ああそうだね、分かっているよ。【キミ】が言いたいことは。

「何でそこでネコジャラシが出てくるんだ!?」って言いたいんでしょ?これには一応ちゃんとした理由があるから説明させて欲しい。

まず、思い出して欲しい。ウーサーとマーリン達があの地下室で始めて対面する前にエムリスが言った言葉の一部を。彼はこう言ったよね。


「───森で拾ったが......」


ここね。言ったよね。このジジイ、マーリン達のこと「子猫」って言ってたの。

ジジイのこれを聞いたこの瞬間からウーサーの脳内ではマーリン達は子猫の性質を持った子供だと認定されてしまった。

そして、ウーサーが世話係に任命された後、マーリン子猫達の為に早速その次の朝早くに中庭に生えていた新鮮で上質なネコジャラシを摘んできて今に至るのさ。

因みにその上質なネコジャラシを摘んできた時のウーサーの台詞は、


「このネコジャラシなら、絶対にマーリン君を満足させられるはずです!」


だったわ。何に対して満足するのか分からんけど、自信満々に言ってたね。そして、今───


「にゃーにゃーにゃー♪子猫のマーリン君。怖くにゃいですよーおいでーです」


と、ネコジャラシを楽しそうにフリフリ振りながら優しい声を掛けて見せるウーサーの姿が其処にあった......。


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


一方、情報処理が落ち着いてきたマーリンの意識がやっと少しずつ現実に向かって行く途中、何か不愉快なことを言われた気がして一気に覚醒したら、あのウーサーと名乗った奴が自分の近くにまで来て、何か緑色の植物っぽいものを顔の前で振って見せているのが目に入った。


「......(は?何してんだコイツ?それにコイツは......)」


マーリンは目の前でフリフリ動く植物のことを思い出そうとした。


「(......コイツは『森』にいた頃教えてもらった......確か、そう、ネコジャラシって植物だったはず。何でこんなもん俺の目の前で振るってんだ?)」


と、どういう状況なのかも分からず軽く混乱しているマーリンに聞き捨てならない言葉が耳に入ってきた。


「にゃー♪のマーリン君、ネコジャラシですよー♪」

「..................は?(今、何つった?、だと?)」


マーリンの脳内:子猫→小さい→背が小さい→チビ


ブチィッ!!!!


「誰がチビだぁ!!ぶっ■すぞテメェェェ!!!」


怒声を上げたマーリンはネコジャラシをフリフリするウーサーに飛びかかった。


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


「しゃべった!?今まで奇声しか上げてなかった奴が始めてまともに喋った!」

「ああ、普通の人語だったな」

「そうですね。ですが、初めて言った言葉が「ぶっ■すぞテメェェェ!!!」は如何なものかと......」

「ほっほっほっ♪いや~言葉のチョイスは何であれ、これで首の皮一枚繋がったのじゃ。あ~本当、良かった良かったのぅ」

「いや、良かったって言ってる場合じゃないですよ!喋ったとはいえ、今あの小僧ウーサー様に飛びかかってるんですよ!早く押さえないとっ!」


三人の騎士の中で一番まともそうなブルーノが、暴れるマーリンを抑えようと一歩足を踏み入れようとしたが、エムリスに止められた。


「エムリス様!?何で止めるんスか?!」

「ウーサー様は大丈夫じゃ。ほれ、よう見てみよ」


ブルーノに二人をよく見よと言われて、再度二人のいる方を見た。彼の目に映った光景は壮絶(?)な二人の攻防戦戯れだった。


「ふふふ♪そーれ!です」

「フシャッ!」


ネコジャラシを軽やかにそして巧みに振り回すウーサー。何故かネコジャラシにばかり怒りの矛先を向け攻撃猫パンチを繰り出すマーリン。


「やはり、これにネコジャラシに、反応しましたね!エムリスさんの言った通りヤンチャな子猫さんですねっ!」

「シャァァァーーッ!!」


(ウーサーだけが)とても楽しそうな光景だっただった。


「あー......猫だ」

「猫だな」

「猫じゃろ?」

「怒り狂った猫ですけどね。と言うか、せっかくさっき人語喋ったのに人外語(猫)に戻ってしまいましたね」


マーリンが猫扱いされてしまっていたので、どう見ても子供ウーサーマーリンがじゃれ合っているようにしか見えなくなったブルーノは、大人しく彼等の攻防戦戯れを見守ることにした。

ウーサーとマーリンの戦い(?)が始まって十数分経過した頃。

先に変化があったのはマーリンの方だった。

最初はシャーシャー!と元気良くネコジャラシに攻撃猫パンチしていたが、時間が経つに連れ段々動きが鈍くなりパンチのキレも無くなっていった。怒りで爛々としていた赤紫の黄昏の瞳も徐々に虚ろになって目蓋が閉じたり開いたりしている。


「何かあの子猫、フラフラしてきてませんか?」

「目の焦点も合ってないな」

「時折頭がカックン、カックン上下に動いてますね。しかもあの状態でまだネコジャラシにパンチしようとしてますよ」

「ふむ、どうやらウーサー様のが効いてきたようじゃな」

「仕掛けっスか?」

「それは後で説明しよう。それにしてもマーリン坊やのあのネコジャラシ相当気に入ったのかのぅ?あの状態でまだ執念じみたものを向けておるぞぃ」


四人が喋っている内に、マーリンは力が抜けきってしまったのかとうとうカクン、と膝をついて座り込んでしまった。


「ゔぅ゛〜〜......っ」


座り込んでしまっても、目が閉じそうになっても、手はまだなんとか動いていてネコジャラシに当てようと宙をさまよっていた。

対してまだまだ動けるウーサーは、マーリンの体力が底をつきかけているのを待っていた!とばかりに華麗に振り回していたネコジャラシを一度自分の方に引っ込めて、


「そろそろ決めましょうか!これでっ!終わりです!」


引いたネコジャラシをシュッとマーリンの顔に突き出し───


ピトッ!


鼻の下に花穂が当たる。


「こしょこしょこしょこしょ、です」


茎を小刻みに動かし、マーリンの鼻下に当てた花穂でこしょこしょし始めた。そうすると次に起きることはもう予想できるよね?


「ハッ!ハァッ─────ペクチッ!」


可愛らしいくしゃみで最後にマーリンはその場でパタリと倒れ、そのままスヤスヤと眠ってしまった事で短い戦いは終わった......。


「「「「............」」」」


あまりにもあっけない、ちょっと間抜けな終わりに四人は言葉を失う。ただ一人を除いては......。


「ふぅ......。激しい戦いでした......」


厳しい戦いの末、大勝利を収めた戦士のように感慨深い事を言いながら、満足そうに汗を拭うウーサー。そんなウーサーの台詞にいち早く反応したのは、やはりツッコミ上手なこの男。


「いや、ウーサー様!これ戦いじゃなくて只のじゃれ合いでしょ!?何で「存分に戦った!」感出してるんですか!?それとっ!子猫!お前トドメの刺され方がネコジャラシの鼻こしょって滅茶苦茶ダサいやられ方すんなよ!!」

「こしょこしょに負けて「ペクチッ!」で終わったか......可哀想な最後だったな」

「■んではいませんよ。くしゃみの反動で辛うじて残ってた気力体力が霧散してしてしまったようですね。間抜けな負け方ですが」

「ぷぷぷっ...!ゴホン!いやぁ、面白いものを見せてもろうた上、マーリン坊やもちゃんとに出られていたのを確認できて、今日は本当に良い日じゃった」


各それぞれ二人の戦いぶりの感想を言う中、ウーサーは眠るマーリンに近づき、よいしょ、と彼を自分の背に載せようとしていたので、それを見た常に冷静にツッコミとボケを使い分けてコメントしていた騎士のディナンが慌てて駆け寄って来た。


「ウーサー様、私が背負いますよ」

「お心遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。私はマーリン君の世話係なので、これくらい出来なくては」

「分かりました。ですが、体力が無くなりそうになったら行って下さい。その時は私がウーサー様と一緒に彼も背負いますから」

「はい」


やんわり断るウーサーにディナンはあっさり引き下がった。本当は危険人物を王家の者に背負わせるなんて事させてはいけないのだが、その王家の者が自分が運ぶから大丈夫と言われてしまえば、それに従うしかない。あと、これは騎士達の勘なのだが、ウーサーだったら例えマーリンが飛び起きて暴れ出してもあっさり制圧してしまうかもしれないと、謎な信頼があったからこそディナンは引き下がったのだ。


「それでは、地下室の方にマーリン君を移しに行きましょうか」

「はい。あの、少し質問宜しいですか?」

「はい、何でしょうか?」


地下に移動しようとしたウーサーにディナンは声を掛けた。声を掛けられたウーサーは一歩進もうとするのを止め、くるりとディナンの方を振り返る。


「申し訳ありません。どうしても気になったので、ウーサー様はその只のネコジャラシを使ってどうやってこの子猫を眠らせたのですか?失礼ですが、エムリス様や他の魔術師、妖精達でさえも魔術で眠らせることが出来なかったのに......」


ディナンの言う通り、ウーサーと出会う前の発狂し暴れるマーリンを静める為、エムリス達が魔術や香を使って眠らせようとした事があったが、が眠らせることを妨害するように、無効化されてしまっていた。しかし、今回はウーサーが持ってきた何の変哲もない只のネコジャラシ一本、マーリンの鼻にこしょこしょしただけで眠らせてしまったのだ。これが気にならないわけがない。


因みに、ウーサーはちょっと前にも話したけど魔術は使えないよ。あー......いや、一応使えるっちゃ使えるけど......あれはねぇ.........。

ゴホン!まぁ、それは追々話すとして、どうやってウーサーがマーリンをネコジャラシ一本で眠らせたかだね。答えは彼等の会話から知ろうね。


「別に特殊な事はしていませんよ。ただ、一つだけ仕掛けをしただけです。ネコジャラシの花穂に私が作った睡眠薬をまぶしました。そして、それをマーリン君に嗅がせたのですよ」

「えっ?それだけですか?」

「はい、それだけです」

「ほぅ...」

「マジっすか!?」

「マジ、じゃ。此処に来る前ネコジャラシを確認したんじゃが、ウーサー様の言う通り只のネコジャラシに少し前の授業で儂が作り方を教えた睡眠薬がまぶしてあっただけじゃった。勿論無害なものじゃよ」

「はぁ......」


説明を聞いても騎士達はあまり信じていないようだ。それもそうだろう、今まで三人がかりで苦労して暴れ狂うマーリンを押さえ、それをエムリスが様々な魔術や道具を使っても大人しくさせるどころか、眠らせることすら出来なかったのだから。

なのに、まだ十歳になったばかりの子供のウーサーがそれをいとも簡単に、自作の睡眠薬をまぶしたネコジャラシ一本で暴れて襲ってくるマーリンを制してしまった。信じるのには少し抵抗があるのもしょうがない。


「ほっほっほっ、ウーサー様、どうやら彼等はこの衝撃の事実を信じられていないようですぞ。かく言う儂もまだ半信半疑じゃが、坊やは本当に薬が効いてポックリ眠っていますのかな?もしかしたら寝たフリをしてウーサー様達が油断した隙にガーッと襲うかもしれませんぞ」

「ポックリって■んだみたいに言わんで下さい、エムリス様」

「そうですよ。「ペクチッ!」っで眠ったんです」

「ベイリン隊長、それ気に入ったんですか?」


エムリスの問いに後ろでツッコミを入れたり、ボケたりする騎士達にウーサーは少しだけクスリと笑い、


「私が地下室に来る前のマーリン君の暴れっぷりの話は聞いていますよ。ですが、あれはマーリン君達ではなく【ゲテモノ】がマーリン君の身体に取り憑いていたせいでそうなってしまったんですよ。エムリスさんが使用した魔術と道具などが効かなかったのはその【ゲテモノ】が妨害していたからでしょう。

でも、もう【ゲテモノ】はマーリン君達からいなくなったので、私の作った薬とマーリン君が疲れていたのもあってすんなり聞いたのだと思いますよ」

「ほう......【ゲテモノ】のせいですか」

「はい、【ゲテモノ】のせいですよ」

「その【ゲテモノ】とは一体何なのですかのぅ?」


エムリスが問うと。ウーサーは今度はにこりと笑みを深くして言った。


「【ゲテモノ】は【ゲテモノ】です。それ以外の何物でもありません。あと、言いましたがマーリン君達から離れたので二度とアレは出てくることはありません。だから、次からはエムリスさんの魔術も効くと思いますよ」


ウーサーの答えを聞いたエムリスは「ほほぅ......」とだけ言って、それ以上は追求しなかった......否、出来なかった。理由はウーサーの笑顔の黒い圧。あれは「これ以上聞かないで下さい。口が腐りそうになりますから」言っていた。


「(あれほどお怒りになっているということは......その【ゲテモノ】とやら、とんでもなく外道の類じゃったのじゃろうて。うむ、これ以上聞いてしまうと今度はウーサー様が《ブラックモード》になって暴れかねんかもしれんから聞かんでおこう......)ふむ、そこまで言うならウーサー様の言う事を信じましょう」

「ありがとうございます。それと会話もできますので、警戒レベルもある程度下げても良いと思いますよ」

「そうですな」


ウーサーとエムリスが世話計画の話をしている後ろでちょっと忘れられた例の三人の騎士達はまたヒソヒソと、


「いや、人語は最初だけで後は全部猫語だったよな」

「そうですね。猫語でしたね」

「おそらくウーサー様は猫の言葉が分かる方なのだろう。悪霊と悪魔と普通に会話していたという噂があるくらいなのだからそういう事も出来ていても可怪しくはないだろう」

「悪霊と会話?(あれは肉体言語での会話だったぞ)」

「悪魔と会話、ですか?(それは肉体言語での会話でしたよ)」


ベイリン以外の二人の騎士は不幸なことに、ウーサーが参加した最初のあの訓練に居合わせ、夜中の見回りに偶然ウーサーが悪魔を洗濯板でタコ殴りにしていたのを目撃してしまっていた......。

あれを思い出してしまい、二人はサーッと顔色が青くなっていくのだった。

そんな三人を他所にウーサーとエムリスの会話はそろそろ終わりそうな段階までいっていたが、ふとウーサーが思い出したように、


「あ!ですが、女性の方はまだ駄目ですよ。暴れませんがパニック状態になって倒れてしまう可能性がありますからね」

「分かりました。儂から王や王城で働く侍女達や他の女性達に通達しておきましょう」

「お願いします。では、そろそろお話は終了して、マーリン君を地下室に移しましょうか」

「あのっ!ウーサー様!」


よいしょっと、ウーサーがマーリンをおぶり直して部屋を出ると、入口に待機していたブルーノが慌ててウーサーを引き止めた。


「はい、なんでしょうかブルーノさん?」

「あ、ハイ。その、俺達いつまでこの格好をしてればいいんでしょうか?」


完全に忘れていたが、今現在、五人の格好は未だ例の不審者メイドのまま。もう騎士達は一刻でも早くこの格好からおさらばしたい気持ちで一杯だった。しかし、返ってきた言葉は残酷だった......。


「まだこの部屋をお掃除していないのでもう暫くはこのままですね」

「え?「この部屋」?」


と、三人の騎士達はそーっと部屋の中を見た。そして、それを見た彼等は、絶望しガクリと膝をつく。

部屋の中は、ウーサーとマーリンが激しく戦ったじゃれ合ったせいで家具がところどころひっくり返ってあるのもあれば、小物もあちこちに床に落ちて散乱して、見るも無惨な光景となっていた。


「これが終わったら着替えていいですよ」


と、いつもと変わらないのんびりとした笑顔で言うウーサーなのだった。

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