【十九話 アクマの森の仔〜黄昏〜⑥】

体の中を殴られるような衝撃に子供意識は強引に戻らされた。

叩き起こされた赤紫の黄昏の瞳の子供はノロノロと目を見開くとそこは見慣れた歪な色に染められた自分の【中】で、身体の上には【中】の奥に逃げ込んだあの女達の【ペット】が覆いかぶさり、否臭いのする涎を滴らせながら赤紫の子供を犯していた。


「(ああ.....またか......)」


何度も心を折られ疲れ切っていた赤紫の子供は目が覚めても驚かず、【ペット】に好き勝手にされていても抵抗も絶望する気力も起きなかった。

なんとなく周りを伺い気付く。もう一人の橙色の暁の瞳の子供がいない。


「(アイツは......?)」


もしかしたらもう一人は【中】の何処か別の所で自分と同じ様に【ペット】の分身に犯されているのかもしれない。ぼんやりと【ペット】犯されながらそう思っていた。

いつもの地獄のような苦しくて痛くて辛い日常が戻ってきてしまった......。

もう何も考えたくもないのに女達の呪いのせいで、心を壊すことが出来ないし、考えることも止めることも出来ないのだが、赤紫の子供はあることを思い出す。そう、子供達があの森で気絶してその間に何者かによって何処か別の場所に連れて行かれたことだ。

数度短い時間だったが意識が現実に戻らされたことがあった。そこで見たものは、見知らぬ薄暗い部屋だったのは覚えている。ただそれだけだ。その後直ぐに【中】に引き戻されてしまったからそれしか分からない。

グルグルと思考が止まらない上、吐き気を催すような快楽と苦痛を与えられる中、急にピタリと気持ち悪い激しい動きをしていた【ペット】の身体が止まった。


「(......?)」


【ペット】が遊ぶのに飽きて止まったのかと最初は思ったが、それにしては急すぎると赤紫の子供は思った瞬間、今度は赤紫の子供と繋がったままの状態で【中】の更に奥へと移動しだした。

その動きと様子は何か恐ろしいモノに見つかってしまい、ソレから逃げるように見えた。

【ペット】が逃げた奥には橙色の子供がいた。橙色の子供も赤紫の子供が思っていた通り、【ペット】の分身に犯されている最中だったらしいが、本体の【ペット】同様に身体が石のように動かなくなっていた。

しかしよく見ると、双方何かに怯えているのかガタガタと音が聞こえるように身体を震わせている。

子供達は今まで見たことない【ペット】の反応を目の当たりにして戸惑った───その時だった。


「すみませーん!誰かいませんかー?」


何とも緊張感のない呑気な子供の声が耳に入ってきたかと思うと、子供達の意識だけがぐんと外へと引っ張られ、あの薄暗い部屋が目に映った。

次から次へと起こることに思考が追いつかなかったが、子供達は何かの本能とある予感して暗くて良く見えないが、おそらく扉があるかと思われる方をじっと凝視した。さっきの声の主が扉の近くにいる誰かと話し、少しして扉が開かれた。




───扉から入ってきたのはキレイな蒼い夜空の【色】の瞳の人間だった。




赤紫の子供はその【蒼】のあまりにもキレイな色に、もっと近くに行ってみたくて身を乗り出したが、鎖に繋がれそれ以上進めない。しかし、幸いなことに【蒼】の方から子供達に近づいてきた。

赤紫の子供がこの世界に誕生して始めて目にした、この世で最もキレイな【色】。

娘達に無理矢理見せられた吐き気を催すような不気味で気持ち悪い極彩色の世界しか知らなかった赤紫の子供にとって、その一色はの【色】は■■と■■に満たされたものであって、それはもう無きたくなる程の歓喜で泣きそうになってしまいそうになるものだった。

今まで感じたことがなかった感情が溢れる中、【蒼】が子供達の目の前まで来て彼等を視た。

赤紫の子供は歓喜と興奮状態になっており、もっと【蒼】の奥まで視たくて。知らずの内に眼に力を込めてしまった時───




「あっ、しまっ」



と【蒼】の声がした。

その瞬間、子供達の魂がふわりと浮かぶ感覚がしたかと思ったら、次に何か強い力に引きずり込まれた。

引きずり込まれる感覚は数瞬で、気が付くと子供達と【ペット】はでまた知らない黒一色で塗りつぶされた空間にいた。

別の場所に自分達の魂が移されてしまった事に気付いた時、赤紫の子供のさっきまで込み上げていた感情達がサアァーっと一気に引き、それと入れ替わるように漠然とした不安が心を支配した。

今までもこういう事は何度もあった。娘達と【ペット】が急に知らない場所に移動してはまた別の遊びを始めて子供達を甚振って新しい反応を見るのを愉しみ嗤っていたのを......。

それを思い出し、赤紫の子供は身体を無意識に強張らせた。いつの間にか隣りにいた橙色の子供は自分よりも次に何をされるかの恐怖に怯えカタカタと震える気配がした。

だが次の瞬間、子供達のその予想は大きく外れることになるのだった。




──────ザシュッ......




子供達の耳に入ったのは何かを切る音。そして、


{■■◼◼◼◼!?■■■■◼◼◼◼◼◼◼◼!!!!}


聞き馴染んでしまった【ペット】の聞いたことのない悍ましく汚らしい断末魔だった。

断末魔が止まらない中、子供達の身体から【ペット】がズルル.....と身体の中から引き抜かれていく不愉快で嫌な感覚がした。おそらく【ペット】を切った何者かに引き離されたのだろう。

そして、切られまだ痛みと恐怖で悲鳴を上げている【ペット】はズルズル.....と何者かに黒い空間の更に奥へと引きずられていって連れて行かれてしまった......。

身体は【ペット】から解放されたが、何が起きているのか分からず呆然とする赤紫の子供だったが、突然ドンッと自分の腕に何かが抱きついてきた重い衝撃がして、吃驚してみると正体は橙色の子供だった。

橙色の子供は何かを見つけてしまったようでさっきよりもガタガタと体を震わせ【ペット】が引きづられていった方をコレでもかと大きく目を見開きそちらを凝視している。

その様子はまるで目を逸らしてしまったらその場で殺されてしまうとでも言うような気迫を感じるほどだった。橙色の子供のただならぬ様子が伝わり、赤紫の子供も恐る恐るそちらの方に目を向けた。


「!?」


赤紫の子供の目線の先にあったのは、一つの巨大な檻だった。


「(何でこんな所に檻が?)」


と思ったが、その中にいるモノを眼にした時、その疑問は一気に消し飛んだ。




───檻の中には一体の【灰色の竜】がいた。




檻の中の【竜】は眠っているのか目を閉じ、じっとして動く気配はない。


「(鎖に繋がれているのか。それに、何だあの管?)」


赤紫の子供が気付いたように【竜】の両手足には大きな手枷が嵌められ、そこには大きな鎖で繋がれて囚われていた。それに加え【竜】の身体の至る所に何か管のようなモノが挿し込まれていて、そこから何かを吸い上げている。吸い上げられている何かは透明な蒼い光を放ちながら緩やかに管の中を流れ何処かに送っていた。

赤紫の子供はなんとなくだが、あの【竜】が吸い上げられて送られているモノは、【竜】の生命力ではないかと思った。

そんな大事なものを吸い上げられているのに【竜】は一切抵抗もせず動こうともしない。


「(コイツも俺達のように諦めたんだろうな......)」


と、最初はそう思った赤紫の子供だったが、良く観察してみてみると【竜】には自分達と同じ様に絶望している気配が無かった。それどころか、何か獲物を待つように堂々と構えているように見え、そして何時でもこんな檻から出れるんだぞとでも言っているように余裕すら見せているような気配がした。

あんな状態なのに、何処にそんな自信があるんだと少しだけ呆れてしまった赤紫の子供。その時ふと少しだけある好奇心が芽生えた。


「(あの【竜】の瞳の色を見てみたい)」


そう思ったら居ても立ってもいられなくなり、赤紫の子供は【竜】のいる檻の方へと歩いていった。


「!待って!何処に行くの!?止めようよ!危ないよ!!」


【竜】の方へ行こうとしたことに気付いた橙色の子供が止めようと声を上げるが、一度火がついた好奇心を消せるはずもなく、赤紫の子供はどんどん進んでいってしまう。

そして、腕に橙色の子供を引っ付けたまま檻の前まで着いてしまった。赤紫の子供は恐る恐る、大きな檻の隙間に手を入れ【竜】の口に触れようとした時だ。




─────これ以上は駄目ですよ。さぁ、元の体に戻りなさい─────




子供達の頭の中に優しい言葉のような音が流れてきたと感じた次に、視界が【蒼】に染まり、さっきと同じ様に魂がふわりと浮かび黒い空間から弾き出される感覚がした後にはそのまま子供達は気絶してしまった。


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


【竜】によって魂を元の体に戻された子供達。三度目に目が覚めて映ったものは白くて高い石造りの天井だった。

驚いてベッドから飛び起きた赤紫の子供は、キョロキョロと周りを見渡す。白い石造りの部屋にあるのは自分が寝かされている清潔なベッドとカーテンに閉められた大きな一つの窓。小さな机と椅子と大きな本棚、扉一つの殆白一色の家具で構成された簡素な部屋だった。

少しだけ不思議な気配がしたが、【アヴァロン】にいた頃、に感じた大嫌いで嫌な気配はしなかった。

そして今気づいたが、子供達の【中】に居座っていた【ペット】の気配も完全に消えていた。

最初は信じられなくて暫くの間、周りに警戒して身構えていたが、何時まで立っても【ペット】や娘達が来る様子はなく、少しだけ力を抜くと身体のあちこちが痛いことに、傷ついている箇所が白い包帯が巻かれ手当されていることを知る。あまり当てにはならないが、本能的に此処は少しだけ大丈夫なところだと判断することにして、赤紫の子供はそのままドサリとベッドに倒れ込むのだった。


「(ここは何処だ?森は?皆は?何で俺は普通にに出られたんだ?)」


様々な疑問が赤紫の子供の頭の中で生まれるが、結局答えが得られずただグルグルと疑問だけが頭の中を回るだけだった。

始めて娘達と【ペット】から引き離された上、落ち着ける場所と時間を得られたが、それが更に赤紫の子供を混乱させてしまう。なんとか落ち着こうとしようとしてもどれも失敗してしまい、頭を抱えてしまう。

一方でもう一人の橙色の子供はまだ気絶している様だ。

それに少し安堵した赤紫の子供は、あの黒い空間での事を思い出した。

今まで生きていた中で一番強烈かつ鮮明に記憶に残ったあの【灰色の竜】。

黒い空間から追い出される前に見た、あのとてもキレイな蒼い瞳────。


「───もう一度、あの【蒼】を見たいな.........」


【灰色の竜】の【蒼】に魅せられた赤紫の色の黄昏の瞳の子供はもう一度、あのキレイな【蒼】を視たいと願った......。


◆◇◆ ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇


【蒼】に焦がれる赤紫の子供の様子をある場所から視ていたモノがいた。

その存在はその子供を視て憐れむように呟く。


「嗚呼…これはいけないね。あの子、【生贄竜】君の【蒼】を魂の底からと感じてしまったようだ。【私】の様な存在はいいとして、ただの【世界】の子が彼の【蒼】に完全に魅入られてしまったらあの子の運命はもう......」


と、最後まで言わず、代わりに諦めたように深い溜め息を吐くだけで留めた。

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