第2章 その3

 何か夢をみていた気がする。小学生の頃だろうか、あの公園の秘密基地で遊んでいた夢。

 昨夜はオーバードーズなしで≪幽体離脱≫しようとして、結局上手くいかずに寝てしまったようだ。


 オーバードーズしても良かったのだが、薬の耐性が出来てしまうので禁薬ということで、シラフであの時かけていたアルバート・アイラーを聴きながら頑張ってみた。


 結果は失敗。

 もっともあまり期待はしていなかったかというのもある。

 過去、≪幽体離脱≫の練習は幾度となくしたが、成功経験は勿論ない。

 一度経験してしまえば、簡単に出来るようになるという話もそこそこ聞いたものだが。


 ベッドから這い出てトイレを済ますと、トーストを焼きながらヨーグルトを頬張る。


 食べながらLINEやSNSの通知をチェック。

 青ちゅ〜さんから返事が来てるな。≪幽体離脱≫について聞けるだろうか。

 そう思って青ちゅ〜さんのLINEをタップしようとした時だった。


『石渡総理意識不明――』


 LINEニュースが目に飛び込んできた。


「マジか」


 持病か何かだろうか。ストレスは半端なさそうな仕事だ。

 とはいえ俺はあまり政治に興味がないので適当に流した。


『青ちゅ〜さん、メジコンで幽体離脱みたいになったんだけど、経験あります?』


『幽体離脱? 離人感とか第三者視点みたいなのはあるけど、幽体離脱はないかな。普通に寝てて金縛りからしそうになったけど駄目だったかな。どんなだった?』


 残念。

 メジコンは≪幽体離脱≫のトリガーの一つであるように考えていたのだが。


『マジで魂だけで世界を散策する感じでしたよ』


 すぐにヨシ!連打のスタンプが飛んでくる。そうだ、青ちゅ〜さんは現場猫(仕事猫)大好きなのだ。


『すごいね。何かした? 現実に干渉するみたいな?』


 前にそんな話をしたのを覚えていてくれたのだろう、話が早い。


『しましたよ! もしかしたら幽体離脱は実在するかもしれません』


『マジか!! あ、今度遊びに行くからヨシなにー。その時聞かせてよ。メメ子さんも聞きたがると思う』


『わかりました! 色々実験しときますよ!』


 再び飛んでくる現場猫スタンプ。本当に好きだなあ。

 さて今日も作業所だ。内職の仕事をしながらまた考えよう。



■■■


「うん……ニュースで確認してる」


 闇の中青白く浮かぶ、頬に傷のある青年の顔。パソコン画面には『石渡総理意識不明』のニュースが流れている。


「やはり会見中に『しなくて』正解だね。もししてたらデスノートだと騒がれたかもね……えっ? 出歯亀? ああ……あれからコンタクトはなしだよ。今いる気配はないね」


 青年がデスクに置かれた古い紙の束を手に取る。ボロボロというほどではないが、ところどころ破れているし、黄色いシミと日焼けあとが目立つ。


 そこにはこう書かれていた。



 ――≪予言の書 黒の断章≫。



「さよなら石渡総理――よい終末を」

 


 

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